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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
閑話

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妖精との後日譚12

 


 一番親しかった妖精の花飾りが落ちているのを見つけてしまったソフィアは、思わず泣いてしまっていた。


 なのに、その悲しい涙が一瞬で引っ込んでしまう程に、不思議な事が今おこっている。

 


 ――――混乱している真っ最中のソフィアは、呆然と呟いた。


「……ここ、どこなの? え?」


 とつぜん周囲が光った眩しさに目をつむって、次に開いたら、何故かだだっ広い花畑に立っていたのだ。


 視界一面、建物も樹木もない。

 本当に、ひたすらに色鮮やかな花が咲き誇っているばかりの場所だ。


 空を見上げると、ずいぶんと大きな満月が昇っている。

 それを囲む星々も無数にきらめいていて、ランプの明かりも無いのに視界はずいぶん開けていた。

 どこか現実感の無い、不思議なところ。

 なんだか足下もふわふわしているように感じる。

 知らない場所なのに、何故か怖くはなかった。


「ずっと眺めていたいくらい素敵な景色。だけど……でも、本当に私はどうしてここにいるのかしら」


 怖くはないけれど、やはりこの状況は困るので家に帰りたい。


「やみくもに歩いても、これはさらに迷子になるだけだろうし……」


 困って眉を下げて突っ立つしかない。

 そんなソフィアの目の前に、ふいに何かがよぎった。


「ソフィアさん。いらっしゃーぁい」

「……妖精?」


 間延びした子供っぽい声の主は、ちょうどソフィアの視線より少し高い位置で止まった。

 羽の生えた小さな生き物……妖精だ。


(あら? 今まで、見たことがない容姿の子だわ)


 それはいつも家にいる下級妖精達よりも、少しだけ成長した姿の子だった。

 人間の二、三歳くらいの子供に羽が生えているみたいな感じだ。

 上級妖精のリリーより幼い見た目で、下級のキーやシロより大人な見た目。

 これはおそらく、その間の中級妖精なのだろうと当たりがついた。

 薄い桃色の髪に黄色い瞳をした女の子の姿のその中級妖精は、フリルたっぷりの可愛いワンピースを着ている。


「あ、それそれ。さがしてたのです」

「これ?」

「うっかりね、おとしたのです」


 妖精がそう言って指したのは、ソフィアの手の中にあるままの花のコサージュだ。

 中央には黄色いビーズが付いている、キーが付けていたもの。

 これを、落としたのだと彼女は今言った。

 その言葉を理解するにつれ、ソフィアはエメラルドグリーンの瞳を見開いていく。

 まさかそんなはず無い、と思いながら。

 でももしかすると、と期待しながら、おそるおそる口を開いた。


「貴方……キー、なの」

「はい? そーですけども」

「え、え? ほんとに!?」

「ほんとですとも!」

「せっ、成長してる!?」

「えっへんです。おおきくなりましたのですっ」


 腰に手を当てて胸を反らすキーらしい妖精は、うっかり後ろへのけ反り過ぎてバランスを崩した。


「おおっ、とと」

「あっ」


 そのまま飛ぶ体勢も保てず落ちていきそうになった彼女を、ソフィアはとっさに手で受けとめた。

 手の中に落ちてきたキーは、仰向けに転がった体制のまま、手を伸ばして花のコサージュを小さな手で掴んだ。


「ソフィアさん! これ!」


 両手で持ち直し、寝ころんだままコサージュを引っ張って言う。


「これこれ、つけてくださーい!」

「え、う、うん……えぇ? ほんとに、キー? 生きてたの……?」


 てっきりキーは死んでしまったのだと思っていた。

 だから悲しくて、今の今まで一人で泣いていたのに。

 とつぜん成長して現れて、今、能天気な声で話していて、元気に手の中でころころ転がっている。

 コサージュに付いているリボンが絡まって、こんがらがって大変な状況だ。


「あーれー」

「……」


 まだ事態は呑み込めない。

 だって下級から中級の妖精になれるのなんて奇跡ほどの確率だとマークスに聞いてたのだ。

 こんなに簡単にあっさり、中級になって現れていいものなのか。

 

 おろおろしっぱなしのソフィアにじれたのか、キーはキリッと眉を上げた。

 両手で自らの頭上に掲げる花のコサージュを揺らし、主張しだした。


「ソフィアさん! ソフィアさん! これ! とって! それで、はやくつけてくださいー! おはな、かわいいのしたいのですっ」

「……可愛いのしたいとか、ちょっとおませさんになってるわね。あとお喋りも上手になってるような?」

「えっへん!」


 お洒落なんて考えは、下級妖精の頃にはなかったものだ。

 下級の頃は、人間が妖精の為に作ったのが珍しいからという理由だった。

 そしてたどたどしい舌ったらずな話し方なままだが、話す速さや量が格段に進化している。


(これは、まずキーの要求通りにしないと話が進まないわね)


 そう察して、キーに急かされるままソフィアはその場に腰を落とすと、リボンを解いてやる。

 それから膝の上に彼女を立たせ、コサージュに縫い付けてあるリボンを結んであげた。

 

 自分の爪よりも小さなリボン結びを作るのに集中していると、だんだんと落ち着きが戻ってくる。

 リボンの左右のバランスを調整しながら、ソフィアは口を開いた。


「本当に……キー、なのよね」

「いえすですの」

「どうして大きくなってるの?」

「さぁ」


 こてんっと首を傾げる仕草は、下級妖精の頃のままのものだった。

 どの下級妖精もほとんど同じような仕草だったはずなのに、ソフィアにはキーなのだと判別が出来てしまった。つんと、鼻の奥が少し痛んだ。


「――はい、綺麗に出来たわよ」

「かわいいです? すてきです?」

「うん。可愛い。……目の色、黄色になったのね」


 花のコサージュにつけたビーズとまったく同じ色だ。

 進化するときにたまたま同じ色になったのか、身近にあったからこの色になったのか、それとも本人の希望なのか。

 聞いてみたけれど、結局キーはまた「さぁ?」と首を傾げるだけ。

 本人もよく理解していないらしい。


「ふぅ。おしゃれ、つかれたのです」

「キーは立ってただけだけどね」

「がんばりましたよ? なのでソフィアさん、おかしくぅださい!」

「いや無いから」

「えっ!?」


 ガーンと効果音が付きそうなほどのショックを受けているが、持って来ているはずがない。

 だってソフィアは、まったく見知らぬ場所に突然飛ばされたのだ。

 そもそも最近は、作ってもいないので部屋にいたままでも渡せなかったが。


「ねぇ、キー、ここはどこ? 家にはどうしたら帰れるの?」

「おわったら、もどしますです。ふたりとも!」

「ふたりとも?」

「そしたらおかしくださいな!」

「……そうね、キーが帰って来てくれて嬉しいし、―――うん、作ってあげるわ。でも、二人ともってなに。いい加減に色々ちゃんと教えなさいよ」


 のんびりふわふわした会話のやりとりに苛立ち初めて、気分も少し持ち直してきて、調子を戻しつつあるソフィアが少し強い口調で言った時。

 背後から、良く知った声が聞こえた。


「――――ソフィア、か?」


 ソフィアの名前を読んだその声は、凄く聞きたくなかったような、しかし凄く聞きたかったような、複雑な人のもの。とたんに、心臓が大きく跳ねた。


「っ……」


 どうしてか、急に体が緊張して強張っていく。

 それでも名前を呼ばれて振り返らない訳にはいかない。

 ソフィアは花畑に座りこんだ姿勢のままで腰を捻って振り返る。


 そこには、いつからそこに居たのだろう……金髪の少年が立っていた。

 予想していた通りの相手だ。


「ルーカス様」


 綺麗で、可愛い男の子。しかも今回は一面の美しい花畑と、大きな満月、そして瞬く星空という幻想的な背景までついている。


(すごく似合うのがなんとなく悔しいわ)


 緩く吹いた髪にゆらいだ金色の髪は、月光に照らされ淡く光っているようにキラキラと瞬いて見える。

 この景色全てをひっくるめて、絵画にして残しておきたいと誰もが思ってしまうだろう。


「あれ?」


 花畑の似合う少年ルーカスを眺めていたソフィアは、ふと違和感に声を貰した。

 ルーカスの傍にいる妖精が、リリーではないのだ。

 今ソフィアの膝の上にいるキーと同じ、中級妖精。

 しかもサスペンダー付きのショートパンツをはいた男の子の妖精だった。

 ソフィアと目が合ったその妖精は、にっと歯を見せて笑ってみせた。

 

「ソフィアもきたか! よしよし!」

「あ、貴方……シロ……?」


 サスペンダーとズボンのツナギの部分に、花の飾りが付いていたのだ。

 それはとてもとても見覚えのあるもので、真ん中には白いビーズが着いている。

 ソフィアの予感は辺りだったらしく、男の子の中級妖精はニッと歯を見せて笑った。


「おおきくなったぞ! すごいか! すごいな!?」

「……そうね」


 ソフィアはなんとも言えない気分で頷いた。


 下級妖精が中級妖精になれる確率はとてもとても低くて、奇跡のようなものだと聞いた。

 だからソフィアは、知っている下級妖精たちはみんな死んでしまったのだと思って、落ち込んでいたのに。


 二匹は……いや、人間に近づいた今の見た目なら二人、と呼ぶべきだろう彼らは、成長してソフィアのもとに帰って来てくれた。


(なんか……うん、ほんとうに、本当に凄い)


 ソフィアは自分の胸辺りをぎゅっと手で握り込む。

 ただ単純に嬉しくて、じわじわとそこから嬉しさが広がっていく感覚がした。

 そして同時に、もう消えてしまったというアカとアオが頭をよぎった。

 そこへーー。


「ソフィア」


 ルーカスがひどく硬い声を掛けてきた。

 声に釣られて彼を見上げると、膝にキーをのせて花畑に腰を下ろしたままのソフィアを緊張した顔で見ている。

 何度か薄く唇が開いて、でも閉じて。

 どうやら何か言おうとしているけれど言葉が出てこないらしい。

 握った手にずいぶん力が入っているのが見て分かった。

 

 そんな様子を眺めながら、ソフィアは少し新鮮な気持ちでいた。


(ルーカス様を見上げるのって、初めてかも)


 いつもより彼が大人びて見えるのは、いつもは見下ろす体勢が反対になっているからだろうか。


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