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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
閑話

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妖精との後日譚 8





 ――――マークスとジンに妖精についての話を聞かせて貰ってから、三日後。



「なぁなぁー。おかしー」

「マカロンなきぶん」


 今日も小さな妖精たちは小さな羽で部屋を飛び交い、お菓子をねだって騒ぎだす。


 そんな彼らにソフィアはいつものように図々しいと怒ることもなく。

 仕方がないなと、腰を上げてキッチンへ向かうでもなく。

 彼女らしくなく、眉を下げて薄っすらと微笑みながら口を開くのだ。


「ごめんね。作る気分じゃないのよ」

「えー?」


 ソフィアの言葉に、妖精たちは目に見えて肩を落とした。


「なんてこったい」

「はぁー」


 飛ぶ元気さえ無くなったのか、何匹かはよろよろと落下していった。


「ごめんね。また今度ね」


 そう言いつつ……ここ数日、ソフィアは妖精たちのおねだりを断り続けている。

 今は泣いても喚いてもソフィアがお菓子を作る気が無いのだと察しているのだろうか。

 更に言い寄ってくる妖精はおらず、残念そうにしながらもそれぞれに散って行く。

 そうして静かになった空間で、ソフィアは窓辺のカウチソファにぐったりともたれかかって重い溜息を吐く。


「はぁ」


(……お菓子をねだりに来る妖精の数、昨日より一昨日より減った気がするわ)


 何日も作っていないから、居つく場所を変えたのだろうか。

 それとも、減ったのは死んでしまったからだったりして。――――なんて、うっかりそんな碌でもない事を考えてしまって、体がぶるりと震えた。

 

 下級妖精は一年もせずに死んでしまう生き物だと、ソフィアは知ってしまった。


 明日にはいなくなっているかも知れない相手を、自分の心の内側に入れてしまえば。

 数えきれないほどに居る彼らの死を、何度も何度も何度も繰り返し味わう事になる。

 その時に味わうだろう悲しみや虚無感は想像だけでもソフィアにとって恐怖になった。

 そして彼らと距離を取るのに十分な理由にもなってしまっていた。

 だからソフィアは妖精と関わることに物おじして、彼らが寄って来る原因であるお菓子作りをやめているのだ。 


 これから妖精たちとどう付き合っていけばいいのか、ずっとずっと悩んでる。


 そんな重い気分で妖精の飛んでいない空中をぼんやりと眺めていたソフィアの耳に、ふと小さな声が届いた。


「ソフィアさーん」

「ん?」


 見下ろすと、ソフィアの腰かけている窓辺のカウチソファのひじ掛けの上にキーが立っていた。

 何の用だろうと首を傾げると、キーはガニ股で足を踏ん張り、手のひらをぐっと握って眉をキリリと上げ、なにやら必死に全身に力を込めている。


「あの! ソフィアさん!」

「何よ」


 キーは握りしめた手をブンブン振りながら、ソフィアに何か言おうとしていた。

 でも長い話が苦手でカタコトでしか話せないから、言いたいことを上手く言葉として伝えられないようだ。


「あのあのあの! あのですね!」

「……?」

「えとえっと! えっと……!」

「ん? あぁ、なるほど。お菓子ね?」


 きっとお菓子を欲しがっているのだろうと、ソフィアは自分で結論付けた。

 だって下級妖精たちはいつもお菓子の話しかしないから。

 他に何か言いたい事があるなんて――励まそうとしてくれているなんて、想像できなかった。


「ごめんね……」


 どれだけお願いされても、今の自分には望むものをあげられない。

 お菓子を作る勇気がでなくて、ごめんなさい。

 そんな思いを抱きながら指でキーの頭をそっとなでると、キーはきょとんと目を丸める。

 その後にソフィアの撫でた頭を自分で触れて、何か考え込むように静かになるのだった。


 ――そこでノックの音が届いて、ソフィアはキーから扉の方へと視線を移した。


「ソフィアお嬢様?」

「オーリー」

「お加減でも悪いのですか? お菓子作りもしてらっしゃいませんし、明らかに元気がございませんわ」

「そうかしら」


 ソフィアは慌てて頭を振って、意識を切り替える。

 大事な人たちに心配をかけたくなくて、扉口に立ったままのオーリーに口端を上げて見せた。


「別に何でもないわ。今もちょっとうたた寝していただけなの」

「そうですか……? でしたら、ルーカス様がいらしてますがお通ししても宜しいでしょうか」

「――――あ」

「……お約束、忘れてたってお顔ですね」

「あはは」


 


 ……ルーカスと対等な友人という関係になってからというもの、ソフィアが一方的に三日に一度通う形の付き合いは無くなった。

 今では互いの家を行ったり来たりする仲で、今日はルーカスがソフィアの家に遊びに来る約束の日だったのだ。


「いらっしゃいませ。ルーカス様。こちらへどうぞ」


 急いで部屋から出て一階に降りたソフィアは、ルーカスを屋敷の一室へと案内した。

 一階の日当たりの良い部屋で、この春の季節に日向ぼっこをしつつティータイムを取るのにとっておきの場所だ。

 テーブルの向かい側を勧めてお互いに座ると、ルーカスがまず口を開いた。


「すまない、少し遅れたな」

「いいえ? 全然平気ですよ?」

 

 そもそもソフィアが約束自体をすっかり忘れていたので、少しくらいの彼の遅刻にまったく意味は無い。

 しかしもちろん口には出さない。

 ばれてない失敗を自分でさらす必要なんてない。

 

「遅れるような用事が何かあったのですか?」

「いや、用事と言うか……今日は教師が来ていてな。領地経営の授業だったのだが、なかなか興味深い話で時間を忘れてどんどん質問してしまって。気づくと予定時間を大幅に超えていたんだ」

「頑張ってらっしゃいますね」

「そうでもない」


 平然とそう言うルーカスに、ソフィアは感嘆した。

 驚くことに、彼は物心ついたばかりの頃に今は亡き祖父母から最低限の物書きを教えられただけで、本格的な家庭教師というものを付けて貰った経験はなかったらしい。


 歴史や計算術に加え、テーブルマナーなども自分で本を読み完璧に身に付けたのだ。

 ソフィアにはまったく解読できない分厚い外国語の本も普通に読んでいたりするのに。


(普通に子供のころから家庭教師の居た私よりよっぽど勉強出来ちゃうのって、なんか悔しいわ)


 しかしそれだけ優秀でも独学で得た知識だけでこの先、伯爵家当主としてやっていくのは難しいらしい。

 ということで、今ルーカスにはマークスの手配した教師が付いて、領主として生きていく為の勉強をしているのだ。




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