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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
閑話

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妖精との後日譚 5


 ――城でのお茶会を終えた翌朝。

 まだ起きる時間にはずいぶん早い、明け方の頃。


「ソフィアさーん」


 突然ボトッ! と、眠っていたソフィアのおでこに、妖精が落ちてきた。


「ん……」


 ついで、今度は鼻の上にベチョッ! と、もう一匹落ちてきた。

 さらに三匹目、四匹目と、五匹目と、妖精たちはソフィアの顔の上に落ちてくる。

 どんどんどんどん降り積もる妖精たちで、ソフィアの顔は埋もれそうだ。


「おはー」

「かしだせ」

「きょーつくらないなんて、う、うそですよね」

「あまいやーつ」


 顔の上でもぞもぞ動く生き物たちに顔を埋められたソフィアは、片手でつかめるだけの妖精を纏めて掴み握った。顔を振るって残りの妖精を落とすと、目を見開いて手を振りかぶる。


「ふんっ!」


 そのまま、掴んでいた妖精たちを思い切り遠くに放り投げた。


「きゃーあ! とんだー!」

「ひょー」

「いやん!」


 投げられたって、もちろん妖精たちはまったくへこたれない。

 むしろ楽しそうに歓声をあげ、くるくる回転して飛んで行っている。

 そうやって遠くに飛んで行った彼らは、背中の小さくて丸い羽をパタパタはためかせ、瞳を輝かせて戻ってきてしまった。

 

 そして他の妖精たちも一緒になって、眠たさからシーツをかぶって音を遮断しようとするソフィアにも構わずに、その上をブンブン飛んで騒ぐのだ。

 

「もっかい! もっかいして!」

「おかし。おかしをください」

「かくしもってんのか!」

「……うるっさい。もー!」


 迷惑でしかない煩さ。

 それでも眠たくて、しばらくシーツの中に籠っていたソフィアだけれど、やがて根負けして起き上がった。


「いつも好き勝手に遊んでいるのに、どうして今日はこんなに寄ってくるのよ……」

「そんなきぶん」

「あそびませう」

「あまいのつくれ」

「……()だ」


 ソフィアは顔を顰め、目についた妖精をまた掴んで、今度はデコピンを喰らわせてやる。

 

「いやん!」

「あうっ」

「人の安眠を妨害した罰です。もー!」


 まだ起きる時間じゃなかったのに、無理矢理起こされたのが腹立たしい。

 でもこの分じゃ二度寝も難しそうだ。

 なのでソフィアは起きることにした。

 ベッドサイドに這って行き、髪を整えようとサイドテーブルの引き出しに手を掛ける。


 そこでふと、サイドテーブルの上に置いてあった、昨日落ちていたコサージュが目に入った。


「……そういえば、同じ下級妖精には個体の見分けがつくものなのかしら」

「なにがです?」

「あら、シロじゃない。丁度いいところに」


 テーブルの上に降りてきたシロに、ソフィアはコサージュを示して見せた。


「ほら、アオとアカがこれ取っちゃったみたいなのよ。私には誰が誰だかもう分からないのだけど、シロには二匹の見分けってつくのかしら」

「んー? つくけどー」

「うん?」

「しょーめつしたからぁ」

「しょーめつ?」

「しょーめつ。きえてなくなる?」

「それって、――消滅? ……え?」


 シロの台詞に、ソフィアは瞳を瞬いた。


 眠気や、無理矢理起こされたせいで募っていた苛々が、スッと頭から引いていく。

 

「――何を言ってるの?」


 まったく理解が追い付かない。

 それでも言葉の内容が不吉すぎて、ソフィアは焦りを帯びた声色でもう一度問う。


「シロ、どれってどういうこと? 消滅って、なに……」

「きえたの」

「もっとちゃんと話して!」

「んんー。にんげんてきにはー」

「うん」

「しんだって、いう……かも?」

「……死ん、だ?」


 ゆっくりと、ソフィアは瞳を見開いた。

 喉から、掠れた吐息が漏れる。


「っ……」


 いつもふわふわ飛んでいて、煩くて、小さくて、可愛くて……そんなたくさんの妖精たちの中でも、自分の作ったコサージュをずっと気に入ってくれていた、数少ない四匹の妖精のうちの二匹。

 その子がこの世からいなくなった……死んだなんて、信じられない。


(予兆みたいなもの、何もなかったわよ?)


 シロは『消滅した』と言っていたけれど、言葉の通り受け取るのなら、妖精は死ぬと本当に何もかもが消えてなくなってしまうということなのだろうか。

 こんなふうに突然。何も残さず。誰にも何も言わず。世界から消滅するのだろうか。

 

「っ……なんで? 何か病気だった?」

「さー? それよりおかしくださーい」

「なんでそんなに呑気なの!!」

「はい?」


 お菓子を強請る手のひらを出しつつ、きょとんと不思議そうに首を傾けるシロ。

 その顔には、罪悪感や悲しみは一切浮かんでいない。

 周りにいる妖精たちも、悲しむ様子なんてまるでない。


「どうして……? 」


 あんなに楽しそうに、みんなで一緒にお菓子を食べていたのに。


(凄く、仲良さそうだったのに)


 きっとソフィアが彼らを見えるようになる前から、この辺りをふわふわ皆で一緒に飛んでいた。

 一緒の時を過ごした相手がいなくなったのに、何の悲しみも感じないで、いつもどおりにしている妖精たちが分からない。

 

「妖精って、何……?」


 ソフィアは初めて、妖精というものに疑問をもった。

 ごく少数の人間にしか見えない、良く分からない生き物としてしか認識してなかった。

 訳の分からない存在なのだから、考えても無駄だと思ってしまっていた。

 こんなにあっさり死んでしまう……消えてしまう生き物だなんて、想像さえしていなかった。

 

「ひいお、じい、さま……」


 ソフィアの脳裏に、数ヶ月前に亡くなった曽祖父の笑顔が浮かんだ。

 急激に、あの皺くちゃの手が恋しくなった。

 あの手で優しく撫でて欲しいと思った。

 妖精が見えたあの人と、もっと話をしたかったと思った。



 ――誰かが死んでいなくなることは、とても悲しくて寂しいこと。


 それでも曽祖父のように長く生きたのなら、まだ気持ち的な救いはあったのに。

 彼らは、下級妖精だ。

 小さくて、幼くて、可愛い。子供の姿の妖精。

 これから成長して、リリーやジンのようになっていくものだと――そういうものだと、思っていたのに。


「っ……」


 ジワリと目の奥から溢れたもので、ソフィアの視界が揺れていく。


「ソフィアさん? おかしー」


 呑気にお菓子を強請るシロの声に、怒りさえ湧いてきた。


「と、友達がいなくなっちゃったのに! どうしてそんな……!」


 叫ぶように責めてしまった時、ポロリと目から涙が落ちた。


 その直後。


「ソフィア?」


 真上からした声に釣られて、滲む視界の中で見上げると、小さな……しかし下級妖精とは違う妖精が浮かんでいた。

 その姿に、ソフィアは唇を戦慄かせ、顔を歪ませた。


「ジン……」


 この妖精なら、きっと話が通じる。

 ソフィアの混乱や悲しみを、理解してくれる。

 そう思ったら、どうしようもなく安心出来たのだ。


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