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(今日はパンケーキよね。生クリーム大盛りが希望だったし、甘さ控えめで作った方が良いかしら)
お使いのごほうびとしてあげた『好きなおやつを作ってあげる権』で、妖精のキーへチョコレートケーキを作った翌日。
今日は、二つ目のリクエストであるパンケーキを作らなければならない。
パンケーキはそれほど時間のかかるお菓子ではない。
なので二時半頃に作り始めて大丈夫だろう。
昼食を食べ終えたばかりのソフィアは、それまでの時間はお茶を飲みつつゆっくりと過ごすことにした。
「ソフィアお嬢様。ルーカス様のところへお伺いはされないのですか?」
――ハウスメイドのオーリーがお茶を淹れてくれながら、椅子に座ったソフィアに不思議そうに訊ねてくる。
その問にソフィアは渋面で答えた。
「オーリー? どうして突然、ルーカス様の話題が出てくるのかしら」
「あら。キッチンの使用解禁と同時に、謹慎も解禁されたのでしょう? ですからすぐに会いに行かれるのかと、思っただけですわ」
「……私、他にも友達は何人もいるわよ?」
友達と会う以外にも、買い物や観劇など、外に出られるようになって出来るようになることはいくらでもある。
なのに、まず出てくるのがルーカスの話題。
なんとなく気に入らなくて、ソフィアは唇を突き出した。
「だって、お嬢様ったらあれだけ頻繁に通ってらっしゃったんですもの。子供二人、そろって大けがするような悪巧みまでする仲になられてしまって。てっきり、また通われるのだと思っておりましたわ」
「悪巧みって……」
「大人に内緒にして危ないことをするなんて、私からすれば十分悪巧みです!」
『手に負えない事ならきちんと相談しなさい!』と始まった小言に、ソフィアは肩をすくめた。
フィリップ伯爵家で跡継ぎ争いによる殺人未遂が何度も起こっていて、それに巻き込まれていたのに内緒にしていたことを、ソフィアはもう百回は謝った。
反省していないわけではない。
けれど、もうさすがに謝り飽きた。
「はいはい。ごめんなさいって」
「お返事が適当ですね……それで? 喧嘩でもされましたか?」
「してないわ」
「だったらどうして」
「いや……だ、だって……なんか、行きにくくて」
「お城で療養中だからですか? お見舞いも兼ねての事ですし、この間いらっしゃったマークス王子殿下も、いつでも城へ歓迎するとおっしゃっていたではありませんか。お気になさらなくても良いのでは」
「そうじゃなくて。だって……もうしばらく、何の連絡もとってないし……」
「連絡を取れば良いではないですか」
「もー! それが難しいのよっ」
「はぁ……?」
ソフィアの説明は曖昧すぎて、オーリーはまったく要領がつかめないようだ。
眉を八の字に下げて、首をかしげている。
「ええと、要するにお嬢様は、一度連絡を絶ってしまったから、引っ込みがつかないんですね」
「う」
詳しいことは分かっていないはずなのに、図星をさされてしまった。
ソフィアは返す言葉が無くて、気まずさに視線をそらす。
とりあえず、淹れてもらったお茶に手を付けて誤魔化しておくことにする。
口が飲み物で塞がっている間は、喋らなくてもすむから。
そうして喉を通る温かな紅茶を嗜みつつも、うっかりため息がもれてしまった。
オーリーには、本当にそのまま痛い部分を的確に突かれてしまった。
(……そうよ。一回、行かないってなっちゃったら、何かきっかけがないと動けないのよ)
――――最初は、ルーカスの「もう菓子はいらない」「もう来るな」「関わるな」という言葉のせいで、連絡を取ることを躊躇ってしまっていた。
これだけ関わったのに突き放されて、事件が解決したあとにも撤回の言葉は何もくれなくて、腹がたってもいたから。
だからソフィアも、ならもういいやと、意地を張って手紙を出すこともしなかったのだ。
でもそうやって、一度連絡をとらなくなったら。
もう次にいつどんなタイミングで連絡を再び取れば良いかも、分からなくなってしまう。
(いや、別に良いんだけどね? これで終わったって。だって、別に元々仲良くもなかったし)
往生際悪く、心の中でそんな悪態をつきながら、ソフィアは一口飲んだだけのティーカップをソーサーの上にのせた。
そんなソフィアに何を思ったのか、オーリーが腰を折って顔を近づけてくる。
どうしたのだろうと首をかしげて見返すと、彼女は真面目な顔をして、諭すように口を開いた。
「お嬢様。このままだと、絶対に後悔しますよ」
「後悔って、私は、別に…………」
「ルーカス様に今度は何を作っていこう、どんなものなら喜んでくれるかなと、色々考えて作ってフィリップ家へ通うお嬢様は、とても楽しそうでした。でも今は、とても落ち込んでいるように見えます」
「オーリー……」
「子供だけで危険を共有するような関係は、正直言って心配です。でも、それ以上にお嬢様が楽しそうにしていてくれたから、そんな様子を見守るのが私の幸せでもあるからこそ。私は、ルーカス様とのお付き合いについて何も文句は言いませんわ」
オーリーの視線が服に覆われた腕の傷の辺りを見ていることに気づいて、ソフィアはわずかに瞼を伏せた。
唇を小さく開いて。
でも……言葉が見つからなくて、また閉じた。
胸の奥が、きゅうっと縮んで痛くなるような感覚がした。
(でも、どうしたら……)
いつのまにか、ソフィアは膝の上で無意識にスカートを握りしめていた。
――一度、気まずくなってしまった相手とは、どうすればよいのだろう。
喧嘩別れというわけでもないから、謝るのも違う気がするのだ。
しかし何も無かったふりをして普通に会いにいくのも、おかしいと思う。
きっかけがないと、どうにも動けない。
そんな状態のソフィアの顔を上げさせたのは、軽やかなノックの音だった。
「はい。……あら、お姉さま?」
「ソフィア。良かった、部屋に居たのね」
部屋に顔をのぞかせたのは、姉のアンナだ。
もういつ生まれても良い状態の重そうなお腹に手を添えながら、彼女はなんだかやけに含んだ笑みを浮かべている。
「お姉様、どうしたの、その……なんだかとっても機嫌が良さそうね?」
「そう? そうねぇ、最近のうちの妹の悩みが、解けそうだからかしら」
「え? どういうこと?」
エメラルドグリーンの瞳を瞬くソフィアに、アンナは口端を上げた。
「お客様がいらしてるわ。ルーカス・フィリップ様よ」
「……へ? ルーカス様が、うちに?」
「えぇ。淡い金髪に透き通った青い瞳。噂通りのとても綺麗な容姿の子だから、名乗って下さる前にもう誰だか分かってしまったわ」
「…………っ」
ソフィアは、思わずガタンッと大きな音を立てて立ち上がってしまう。
いつもなら行儀が悪いと怒られることだけど、今回ばかりは指摘されなかった。
「ルーカス様が、うちに……」
「今は玄関にいらっしゃるけれど、家の中に通しても良いのよね? 応接室? それともこの部屋にしましょうか?」
「……ルーカス様が、ここに」
今までずっと、会いに行くのはソフィアからだったのに。
初めてソフィアの元に、彼が来てくれた。会いに来てくれた。
その瞬間、ソフィアはただ嬉しい――とだけ、思った。
これまで考えていたごちゃごちゃした悩みは、頭の中からすっ飛んでいった。
「っ……!」
ソフィアは彼をどの部屋に通そうかと言う姉の問いに答えること無く、足を動かす。
姉の脇を通り抜け、扉をくぐって廊下へ出ると、もう我慢できなくて駆けだした。
早く会いたくて、早く顔を見たくて、玄関へと走りだした。




