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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 王城の敷地内にある庭園を、ルーカスは散歩していた。


時おり木の葉の隙間から小鳥の鳴き声が届き、緩く吹く緩やかな風が淡い金髪を揺らす。

 春にはまだほんの少しだけ遠い季節だが、天気の良い日の昼間は温かい。

 ルーカスは襟の無いシャツに分厚いカーディガンを羽織り、ゆったりとした膝丈のパンツという簡単な格好だった。

 これで王城を歩くのが許されているのは、城内でも王族の居住域に近く人の出入りも厳しく管理されている場所な上、彼が王族に保護されている身だからだろう。


「…………」


 そんな場所を、ルーカスは一人でのんびりと歩を進めていく。

 リリーの姿は無い。


「ルーカス」


 ふいに名前を呼ばれたので、ルーカスはゆっくりと振り返る。

 庭園の向こう側からこちらへ歩いてきたのは、頭の高い位置で赤い髪を結った男。

 第三王子マークスだ。


「こんにちは。マークス様」


 ルーカスは、目の前に立った彼に礼をする。

 一方のマークスは、ルーカスをしばし眺めてきた後に口端を上げて見せた。

 ルーカスを見下ろしてくる青い瞳は、とても温かみがあるものだ。


「ずいぶん回復したようだな。歩行も危なげないし、顔色も問題ない」


 手が伸びて来て、なぜだか頭を撫でられる。


「はい。おかげさまで」

「痛みはどうだ?」

「大きく動かすとさすがに痛みますが、平気です」

「そうか。幸い後遺症も出なさそうで、本当に良かった」

「お気遣い有り難うございます。……あの、いい加減に撫でるのやめてください」

「あぁ、悪い。それにしても触り心地の良い髪だなぁ」

「どうも……」


 マークスの口調は気易いものだけれど、対応するルーカスの方はやや壁がある。


 ルーカスが生まれて十年間。

 母親同士が特別に仲が良い姉妹では無かったので、従兄弟にあたるルーカスとマークスの交流も、冠婚葬祭などの節目の行事くらいだった。

 特に親しみなんて、感じていなかった人。

 なのに助けに来てくれた人。

 

 もちろん感謝はしている。

 今もこうして保護して貰え、とても世話になっている。

 だが、心を許しているかと言われると、そうでもない。


 人を寄せ付けないルーカスの頑なな性格は、そうそう変えられるものでもなかった。


 それでも彼が自分の敵では無いとは、もちろんルーカスも認識しているから、猫をかぶるのはやめた。


「あの、マークス様。何かご用でしょうか。こんな所までわざわざ怪我の具合を聞きに来られた訳ではないでしょう?」

「あぁ、ルーカスに聞きたいことがあってな」

「なんでしょうか」

「以前に言っていた事、そろそろ決まっただろうか。どうするにしろ、色々と手続きを進めていかないといけない段階なんだ」


 あぁ、とルーカスは納得した。


「僕の……今後についてですね」

「そうだ。唯一残ったフィリップ家直系として、伯爵位を継ぐのかどうか。いや、父君は他に子爵位も持っていたから、それも纏めてだな。ルーカスはそれらを、背負うつもりはあるのだろうか」


 …………ルーカスは目覚めた翌朝に、マークスに言われていた。

 宙に浮くことになる爵位をどうするのか決めなさいと。


 父親が伯爵位をはく奪されるのは、もうその時にはほぼ確定だったらしい。

 そして現在、早期の処罰決定により父も兄もその爵位を持つ権利を既に失っている。

 フィリップ家の直系であるルーカスが放棄すれば、爵位は国に返還されることとなるのだ。

 爵位にはそれに準じた領地が付き、領地にはたくさんの領民が住んでいる。

 そう長い間領地主である者が不在なのは問題なのだ。

 だからこれらをどうするかを、早く決めなければならない。


「ルーカスにその気が無いのなら、爵位は国へ返されることになるが」

「……」

 

 しばらく考える時間を貰っていたけれど、結局いくら考えても、行き着く結論は同じだった。

 だからルーカスは、マークスを見上げてきっぱりと言う。


「いりません。貴族位なんて、争いの元にしかならない。僕にとって必要のないものです」


 爵位は、ルーカスにとって自らを苦しめるものでしかなかった。

 だってそれを巡って、兄との関係がおかしくなったのだ。

 なんの魅力もない、面倒くさいもの。

 だからいらない。


「爵位を手放せば、ルーカスは平民になるが」

「かまいません」


 爵位を手放せば、ルーカスは平民どころか、親兄弟の居ない孤児(みなしご)に等しいものになる。

 怪我が治った後は孤児院に送られるか、遠縁に養子にやられるかだろう。

 貴族の子供として衣食住について何も困らないでいた生活はもう出来ない。

 

(それでも、こんなの、いらない)


 あっさりと手放すと宣言したルーカスに、しかしマークスは頷かなかった。


「ふん? あー……そういえば、話は変わるが、ソフィアとはどうしている?」


 青い瞳を柔和に細めて、何故か突然話を変えてきたのだ。

 首をかしげながらも、ルーカスはとりあえず返事を返す。


「連絡はしていません」

「なぜだ?」


 直球な質問に、ルーカスは視線を横へそらした。

 気まずさから、声も無意識にぼそぼそと小さなものになってしまう。


「用が、ない…から……」


 自分の今後に話す時はきっぱりと話せたのに。

 話題がソフィアのことに移ると、ルーカスの声に惑いが入る。

 それを見透かしたようなマークスの柔らかな視線も、なんだか落ち着かない。


「たぶん、もう連絡はしません。会う意味が無い」


 ルーカスはソフィアに、お菓子はもういらないと言った。

 だったら友人としての関係をと望んでくれた彼女の言葉も拒絶した。

 エリオットの危険からソフィアを遠ざける為のものだけど、でも間違いなく自分が告げたことだ。言わなかったことになんて出来ない。


(もう来るなって最後に言った時、さすがにソフィアもショックを受けてたみたいだったし)


 たぶん彼女は、あれで完全にルーカスに失望したのだろう。

 たくさんのことをして貰ったのに、何一つ礼を返すこと無く。

 そのうえ突っぱねて、邪魔者扱いまでしてしまったのだ。

 最後に城で別れの挨拶をしたときに穏やかな様子だったのは、きっとルーカスがベッドから動けないような怪我人だったから、気を遣ってくれたのだろう。


 

 次に会う約束も、しなかった。

 ソフィアも、また会いに来るともいわなかった。

 事実、あれから見舞いにさえも来ないし、手紙だって来ない。

 

(もう、きっと――見限られた)


 ルーカスはぐっと眉を寄せてしまう。


 自分たちは、連絡を取り合うような間柄では無くなってしまった。

 後悔しても、全部が自分から言い出したことだから、自業自得なのだ。

 

「用がなくても、意味がなくても。会いたいと思うなら会えば良いのに」

「…なにより、会わす顔がありませんから……」


 だって、こちらの問題に巻きこんだことで、一生消えない傷まで作ってしまったのだ。

 婚礼前の女性に傷をつくること。

 それがどれほどに重大なことなのか分からないような馬鹿じゃない。

 

 気まずい。申し訳ない。

 

 そしてなによりルーカスはとても意固地な性格で、素直になれない性分で、下手に出ると言うことをほとんどしたこともない。

 自分から他人に歩み寄るやり方が分からなかったし、しようと行動する勇気もなかった。

 だからもう終わりなのだ。自分とソフィアの関係は完全に途切れたのだ。

 

 顔をゆがめるルーカスに、マークスは穏やかな声で尋ねてくる。


「……ルーカス。関係を途切れさせたくないのなら、自分から手紙を出せば良いだけなんだぞ? 文字で伝わらないと思うのだったら、会いに行けば良い。もう歩くのに支障はないんだ」

「…………」

「……ソフィアの事が嫌いか?」

「そういう訳では……ありません」

「では、好き?」

「……」


 返事を返さないで居ると、「ふ」と小さく吹き出されてしまった。

 たぶんマークスからみたルーカスは、本当にとても子供なのだろう。

 問題から目をそらして。何も行動せず。小さく隅で丸まってことが過ぎるのをただ待っている子供。

 エリオットに怯えて、屋敷の中で息をひそめていた頃と何も変わらない。

 

 ルーカスは、そんな自分がたまらなく嫌いだった。



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