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「へぇ。エリオット様は廃嫡の上で北果ての刑務所へ送還。禁錮五十年。お父様は伯爵位を剥奪。お母様と共に王家管轄の地方領へ、かぁ」
朝食の後に自分の部屋で紅茶を飲みつつ、ソフィアは新聞を読んでいる。
書かれているのは、フィリップ伯爵家のお家騒動についてだ。
貴族の跡継ぎ問題での事件なんて日常茶飯事だから、それほど大きな記事ではない。
ほとんど触り程度で、詳しいことは伏せられてもいるらしい。
それでも、跡継ぎ問題での騒動の末に長男が犯罪行為に手を染め、それを留めなかった伯爵夫妻も追いやられる形になったという報道は、こうして世間に流れることとなった。
「ルーカス様がどうなるのかは、書いてない……」
今ルーカスを保護しているマークスが、規制をかけたのか。
もしくは、まだ今後については何も決まっていないのか。
「はく奪された伯爵位って、どうなるのかしら。もしかしてルーカス様が継ぐの? でも子供だし……まだ領地管理は出来ないわよね。――――って言ってもまぁ……全然会ってない私には、関係ないけどねっ!」
ふんっ、とソフィアは鼻から息を吐きだして、新聞を手放した。
―――家に戻ってから早くも二週間。
ソフィアは危ないことをした罰として、絶賛自宅謹慎中だ。
あくまで自宅療養だと姉のアンナは言うのだが、外出すると大人しく休んでなさいと叱られ止められるので、謹慎中の方が正しいだろう。
ちなみに治るまでは、キッチンの使用禁止もされている。
でももう腕も動かしても痛くはないので、今日明日くらいにでもお願いして利用許可をもらうつもりだ。
ちなみに今回ソフィアが怪我をしたことについては、保護役となったマークスからソフィアの家への謝罪が入った。
元々予定されていた医師が経過を診に来てくれるのと合わせて、マークスも一緒に来たのだから驚いた。
彼はとても上手くルーカスは被害者側だと言うことを説明してくれたので、エリオットや伯爵夫妻については怒ってはいても、十歳の子供であるルーカスについては同情心の方が強いらしく、今のところ彼への怒りは表に出されてないし、交流を禁止されてもない。
ソフィアは立ち上がって、部屋の本棚からレシピの本を取り出しぺらぺらめくりながら、瞼を僅かに伏せる。
「……今頃、どうしてるのかしら」
頭に浮かぶのは、淡い金色の髪をした少年の姿
この二週間、ルーカスからの連格は一切なかった。
「これはつまり……本当にもう、私との関わりを断ちたいってことよね」
ページをめくりながらも唇を突き出して、愚痴ってしまう。
こうしてレシピを探すふりをしているけれど、内容は全く頭に入っていない。
気になるのは、もうしばらく会っていないルーカスのことばかりだ。
(こんなに会うのに間が空くのは、出会って以来初めてね)
ソフィアからは、現在療養中という名の謹慎中なので会いに行けない。
ルーカスも、まだ出歩ける状態ではないのかもしれない。
でも、ほんの少し…ほんの少しでもソフィアに対する親しみを持っているなら、手紙の一つでも寄こしても良いはずなのだ。
なのに何の連絡もないということは、本当にもう興味がないということだろう。
そしてソフィアの方も意地を張って、自分から手紙での連絡は一切取っていなかった。
お菓子もいらない。友達でもない。もう来るな。迷惑だと、はっきりと言われたのが、気にいらなくて。
なにより今度こそ突っぱねられたら、心がくじけてしまいそうで。
だから城に居る間にそれについて話し合うこともしないまま、別れてしまった。
「ふん……ルーカス様の、ばか」
「ばかー?」
「……いつの間に来たのよ」
気づくといつの間にか、手元で広げている本の上に妖精の姿があった。
小さくて可愛いけれど、お馬鹿で煩い存在。
そんな妖精を、ソフィアは突っついてやる。
「邪魔よ。見えないじゃない」
「あやー」
後ろにあっさりと転がった妖精は、そのまま起き上がることなく開いた本の上を上から下に滑っていき、床にぽとりと落ちてしまった。
そのまま何故か、床でコロコロ転がって遊び始めている。
「もう……」
そんなバカみたいな姿に、何でか気分が軽くなって。
ソフィアの表情には、いつの間にか笑顔が戻っていた。
* * * *
更に二日後。やっとやっと、ソフィアにキッチンの使用許可がでた。
まず作るものは、お使いをしてくれた妖精へのお礼の品だ。
王城にいる妖精のジンにも作ってあげると約束したけれど、王城へ届けるものなのでそれは何度か作って、少し勘を取り戻してからにすることにした。
「よし! 何を作る? 前に言った通り、待たせたから、『なんでも好きなもの作ってあげる権』は三つまで増やしてあげるわ。ただしいきなり三つもなんて無理だから。一日につき一つずつね」
「ひゃっほぅ! ついにこのひが……!!」
頭に花のコサージュを付けた妖精が、キッチンの作業台の上で飛び上がり、踊る。
他に三人いる妖精たちは、踊る妖精を取り囲んで頬を風船みたいにふくらませていた。
「うらやま」
「ずるい」
「なんでもとかやばい」
「何かしてくれた時には、貴方たちにもご褒美に作ってあげるわよ。今回はこの子……そういえば、名前あった方が便利そうよね」
何かと傍にいる子だ。
『君』とか『あなた』じゃ他の妖精と混ざってややこしい。
「なまえ? なづける?」
「そうね。名前無いみたいだし、勝手につけて構わないなら」
「よいよい」
「だったら、うーん……コサージュの真ん中に黄色のビーズを付けてる子だから、キーは?」
「あんちょく」
「えー? 駄目かしら。黄色だからキー。ものすごく分かりやすいと思うのだど」
「なんでもよい」
「そう?」
呼び名に対してのこだわりは、特になかったらしい。
そんなわけで、頭に花のコサージュを付けていて、中央に黄色のビーズが縫い付けられている子の名前はキーに決まった。
ついでに白いビーズを付けている子はシロ。青いビーズを付けている子はアオ。赤いビーズを付けている子はアカだ。
現在、コサージュが残っているのはもうこの四人のみ。
これがないともう一人一人の見分けはつかないので、これ以上の名づけは不可能だ。
「ソフィアさん、なづけセンスないですな」
「分かりやすい方が良いでしょ! はい、じゃあキー? リクエストをどうぞ?」
促すと、アオとアカとシロもわくわくした様子でキーの答えを待っているようだった。
おそらくおこぼれを狙っているのだろう。
キーはそんな沢山の目を受け、あらかじめ考えて来ていたらしいリクエストを発表し始める。
「ごほん。まず、ひとつめー。きょうのぶん」
「はい、どうぞ」
「わくわく」
「そわそわ」
「うきうき」
注目を浴びる中、キーは両手を大きく広げて、高々と宣言した。
「チョョオゥコレェトケェェェェキーー!!!」
「「おおおー!」」
アカとアオとシロから拍手が巻き起こる。
「すばらしい」
「ナイスちょいす」
「たのしみ」
それから詳しくリクエストの内容を聞くと、一つ目のリクエストのチョコレートケーキは、生地だけでなく、間にチョコクリームを挟み、さらに周りにはテンパリングした艶々のチョコレートをコーティングした、チョコ尽くしのものが良いらしい。
(何日も考える暇があったせいで、やたらと凝ったのリクエストしてくるわね……)
続いて、他の妖精たちの期待を受けながら得意げにキーが発表した明日用の二つ目のリクエストは、パンケーキだ。
三段重ねのパンケーキに、生クリーム増々。フルーツ盛々。
さらにバターとハチミツたっぷりで楽しみたいらしい。
ケーキもワンホール、パンケーキも三段重ねのものを一皿、この手のひらサイズの妖精一人で食べちゃう予定そうだ。
今まではその場にいる妖精たち皆に分けていたから、一人で独占できるのが嬉しいそう。
底なしの胃袋に怖くなってくる。
「それであと一つ、明後日のリクエストはどうするのかしら? 決まってる?」
「はい! マシュマロ! ふわふわもちもちで、すばらしいやつ」
「ま、マシュマロ……作ったこと無いわね。トッピングやお菓子に混ぜるのには買って来たのを使ってたわ」
「だめ?」
「ううん。難しくないものだったはずだし、調べて作ってあげる」
「ひゃっほぉい!」
「ソフィアさん!」
「われわれにも!」
「ぜひともっ!」
キッチンの作業台の上を三匹の妖精がそれぞれぴょんぴょん飛び跳ねて主張する。
「はいはい。他の子たちは皆でワンホールを分けなさいね」
「いえーい!」
ソフィアは早速、今日の一つ目のリクエストであるチョコレートケーキを作る為、材料を取り出し始めるのだった。




