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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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「ふむ。つまりソフィアが妖精が見えるようになったのは、本当にこの数ヶ月の間ことなのか」

「そうなんです。もうすっごく驚きました!」


 ソフィアはもぐもぐお肉を頬張りながら、身振り手振りを交えて第三王子マークスに話していた。


 マークスは穏やかかつ頼もしいお兄さんといった感じで、ソフィアの緊張をほぐすために自らの過去の失敗談や子供の頃の話、妖精ジンとの思い出話などを面白おかしく聞かせてくれた。

 とても話が上手なものだから、もうすっかり肩の力が抜けて、いつもの調子で会話してしまっている。


「妖精が好む菓子を作れるようになったのも、同時に?」

「はい。ルーカス様が言うには、祝福の瞳の力が現れたのに引っ張られて、元々内に秘められていた能力が出てきたんだろうってことなんですけど。本当でしょうか?」

「おそらく間違いないだろう。……何人か、祝福の瞳とは別の妖精関係の能力がいるにはいるんだ」

「え、そうなんですか!?」


 驚くソフィアに、マークスは優雅にフォークとナイフを使って肉を切り分けながら教えてくれる。


「実は、私もその一人だったりする。そして私も、瞳を受け継いだと同時に、もう一つの能力が引き出された」

「マークス様も……」


 ソフィアもテーブルマナーはきちんと出来ているはずなのに、どうして彼みたいな優雅さが出ないのか。

 我ながら不思議に思いつつも、王子様なのだから特別なのだと納得することにする。

 優雅で洗練された所作に憧れはするけれど、ソフィアにはどうやったってマネ出来そうにない。


「ちなみに、マークス様の能力がどんなものなのか伺っても良いでしょうか」

「凄く親しくなった妖精と、離れていても会話が出来る能力だ」

「離れて居ても? では、マークス様はジンと離れていても、話すことが出来るんですね」

「あぁ」


 テーブルの上に座って大人しくソフィアとマークスの食事を見守っていたジンも、同意する様に頷いている。


「凄い、便利な能力でうらやましいです」


 お菓子の強奪にばかりあう自分の能力とはまるで違う。

 本当に凄く役立ちそうだ。


「だが私の能力は今のところジンにしか効かない。ソフィアの場合はどの妖精にも効くから、そっちの方がうらやましいけどな」

「そうでしょうか。毎日「おかしおかしー」「はやくつくってー」っておねだり攻撃されて、なかなかうるさいですよ」

「ははっ! それだけ何匹もの妖精が一人の人間に寄っていくのも、凄いことなんだぞ」

「うーん?」


 ソフィアは眉を下げる。そんなに凄い能力だなんてとても思えない。

 たしかに妖精は可愛いし、自分のお菓子を気に入ってくれていることは嬉しい。

 でもやっぱり、同時に時も場合も選ばないおねだり攻撃は鬱陶しいとも少し思ってしまう。複雑なのだ。



 ……ーーしばらくそんなふうにマークスと妖精の話を続けたあと、食事が進むにつれて話題は今回の事件についてになっていった。

 楽しい歓談ばかりで明るいものだった空気は、次第に真面目なものへと変化していく。

 デザートの甘いガトーショコラに舌鼓を打ちながら、ソフィアはマークスに彼とルーカスの関係についての話に相づちを打っていた。


「……じゃあ、前にティーサロンでお会いしたのは、本当に偶然なんですね」

「あぁ。町に忍びでの視察に出ていた休憩に寄った店で、たまたま会っただけだ。その後に妖精が手紙を持って来て、差出人として捜し当てた先の少女が見たことの有る顔だったのには驚いたな」


 忍びでの視察だから、あんな風にフードで顔を隠していたのだろう。

 

「えっと……その、ティーサロンで騒動を起こしていたのがルーカス様の兄のエリオット様だとは、その時から分かってたんですよね」

「もちろん。彼とも何度か顔を合わせた事があったからな」

「……フィリップ伯爵家の跡継ぎ問題も、ご存じだった?」

「揉めているのは知っていた。でも、跡継ぎ問題は各々で解決するものだからな……」


 手を出すつもりはなかったと、マークスは告げた。


「ルーカスとは、母親同士が姉妹なことで何度か会ったことは確かにあったんだ。でもああいう奴だからな」

「見た目だけキラキラ可愛い生意気な奴ってことですか?」

「……いや、他人を寄せ付けない感じという意味だ。会うときは余所行き用の顔をしていたのかニコニコ可愛い少年風だったけれど、でも挨拶と世間話くらいしかしなかった。仲良くなろうと言う意志がルーカスに無いと分かったから、私からもわざわざ距離を詰めては行かなかった。近づきたくなるような理由も無かったしな。だから仲良くなることも無かった。ルーカスのことは、本当に疎遠な親戚として認識していた程度なんだ」

「そうですか……」


 ルーカスが他人を寄せ付けないという意味はよく分かるので、ソフィアは納得し頷いた。

 ソフィアとだって、特に仲良くしようとはしていなかった。

 むしろルーカスは『無理矢理』お菓子を作らせている間柄以上になるつもりもなかったのだろう。

 ただ彼にとってとても大切な存在のリリーが喜ぶお菓子を作れる、ソフィアの能力を必要としただけだ。能力だけが必要なのであって、ソフィア自身には何の興味も持っていなかったろう。

 そこまで考えて、ソフィアは「あれ?」と思わず声をだしてしまう。


「どうした?」

「いえ……」


(今のルーカス様にとって、私ってどういう存在なんだろう。……もう、お菓子は飽きたから要らないって言われたし)


 もうリリーの為のお菓子はいらないと言われた。

 友達としての付き合いも断られた。

 エリオットについての心配も無くなった。

 だとしたら、もうルーカスと付き合う理由が何もないのではないかと、気付いてしまった。


「……」

「ソフィア?」

「あ、いえ。すみません……ええと。そうだ。と、特に気にもかけない親戚の一人という程度だったのに、どうしてマークス様自ら、動いてくださったのですか?」

「――ソフィアからの手紙が届いたから」

「手紙、だけ? 一国の王子様が、手紙だけで時間と手間をかけて私と私の周囲を調べて下さった?」


 エメラルドグリーンの瞳を瞬くソフィアに、マークスはしっかりと頷いた。

 彼の口元には、柔らかな笑みも浮かんでいる。


「ソフィアの手紙には、短いけれど大切な友達が困っている。助けたい。手を貸して欲しいという、切実な願いが綴られていた。力になりたいと思った。ーーーー私は、君の手紙に動かされたんだ。王子としてではなく、ただ個人的に手を貸したいと思って、君の周囲の問題について調べていった。するとなんと、ソフィアの悩みの原因は自分の従兄弟で、しかもただの伯爵家の跡継ぎ問題騒動なんて度を超した、繰り返しの殺人未遂なんていう完全な犯罪行為が発覚したというわけだ」

「なるほど……来て下さって、本当に助かりました。有り難うございます」


 お礼を言ったソフィアは、ふうと小さく息を吐いた。

 ……マークスとルーカスの関係。

 彼が手紙を受け取ってから、助けに来てくれるまでの経緯なども理解した。

 今後の取り調べでエリオットの刑や、使用人たちの刑、そしてそれを放置していたフィリップ伯爵夫妻の処遇についても決まるようだ。

 ソフィアはそこまで首を突っ込む立場ではない。

 今日の午後に役人に事情聴取を受けるくらいらしい。 


 たぶん、本当にもうソフィアが関わって良い問題は全部終わったのだ……。


(いつ死んじゃうか心配だから会いに来ますって理由も、無いんだ)


 友達として会うこともない。

 お菓子も必要とされていない。

 これで、ルーカスと関わる理由が何も無くなる。

 無理矢理に始められた関係を終わらせられることを、喜ぶべきなのに。

 ソフィアは少しだけ……本当に少しだけ、寂しさを感じていた。

 でもなんとなくその寂しさを認めたくなくもあって、ソフィアは気付かないふりをして、普通にガトーショコラを食べ続ける。

 そんなソフィアに、マークスはふと話題を変えてきた。


「そういえば……午前中に少しルーカスと話したが、だいぶ柔らかくなっていたな」

「柔らかく? そうでしょうか」

「少なくとも、変な猫かぶりはされなかった」

「体調が戻ってないから、演技する余裕が無かったんじゃ?」


 ソフィアの言葉に、マークスが何故か小さく吹き出した。


「いいや。たぶん、誰かさんがあいつを変えたんだ。誰も信じない、誰も寄せ付けない頑なな心を解きほぐした。……今のルーカスとなら、友人として、従兄弟として、近づいてみたいと思える」

「そう…ですか…………」


 マークスの言う『誰かさん』が、自分のことを指しているのだろうとはなんとなく分かったけれど。

 でもソフィアには、自分がルーカスを変えられたという自覚は全くない。

 

(だって、もう来るなって。友達でも何でも無いって、言われたし……)


 少し拗ねた気分で、ガトーショコラの最後の一欠片を口に放り込む。

 甘くて美味しいはずのものなのに、なんだかとても苦く感じた。



* * * *

 


 マークスとのランチが終わったあと、役人から聞き取りを受け。

 その翌日に、ソフィアは家へ送り届けられた。

 ルーカスは、現在使用人のほぼ全員が国の監視下にあることもあり、怪我が治るまでは城で預かられるようだ。

 帰る前にルーカスの所へ行って挨拶はしたけれど、今後会うような約束は特にしなかった。


「た、ただいまぁ」

「お帰りなさい、ソフィア?」

「お帰りなさいませ、お嬢様」


 こっそりひっそり玄関の扉を開いた先には、それはそれは素敵な笑顔で仁王立ちした、姉のアンナとメイドのオーリーが立っていた。

 冷汗をかくソフィアに、彼女たちはずずいと距離を詰めてくる。


「怪我は平気? 熱は無いのね?」

「え、うん」

「だったらこっちへいらっしゃい? うふふ」

「私もご一緒させていただきますね。お嬢様。おほほ」

「ひっ……」


 ソフィアはそのまま談話室に連行され、二人から徹底的なお説教を受けた。

 おそらく夜になって両親が仕事から帰ってきたら、またのお説教が待っているのだろう。



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