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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 兄のエリオットを、ルーカスはしっかりと見据えた。

 今度はもう――どうしても取り繕えなくて、睨むような目になってしまったことに自覚はあった。 


 それを受けたエリオットは、やはり不快だったらしい。

 更にゆがんだ笑みを口に浮かべだす。 

 今にも大笑いしだしそうなほどに、とてもとても楽しそうに、でも明らかに怒りと恨みを含んだ表情だ。


「あははっ! お前が私を睨むのか! 本当に生意気になったなぁ。――――お前が誰かと楽しそうにしているなんて、絶対に許されないんだ。馬鹿で可哀想な弟でいれば良かったのに! その卑しい生まれの女が友人になったことで、図に乗るようになって……!」


 卑しい産まれとは、どういう事だろうか。

 しかしそれを聞くよりも前にガッっと、勢いよく髪を掴まれる。


「ルーカス様!」

「ルーカス!」

 

 リリーとソフィアの声を背に、ルーカスは顔を歪ませた。 

 

「ぐっぅ……!」


 エリオットに髪を掴まれ、思い切り上に引っ張られる。

 つま先立ちで、ギリギリ立つような状態だ。

 ルーカスは足掻いた。離れようと手足に力を込めて振りかぶって、押しのけようとした。

 けれど、まったく効かない。びくともしてくれない。

 苦しくて、痛くて、敵わないことが悔しくて悔しくてたまらなくて、じんわりと視界が滲みだす。

 

 でも、泣くわけにはいかない。

 ルーカスは歯を食いしばって、エリオットを睨みつけるのだった。

 それくらいしか、反抗が出来なかった。


(なんて無力なんだ……)


「やめて下さい、エリオット様!」

「邪魔だ!」


 止めようとこちらへ寄って来たソフィアが、足で蹴られ倒された。


「いっ、……た…」


 それを見たルーカスの頭が、カッと熱くなる。


「ソフィアっ……!」

「ふんっ。この娘と同じように生意気になって、どうせそのうち、図に乗って爵位が欲しいとか、金が欲しいとか、言い出すようになるんだろう! 自分の血筋の良さを傘に来てそんな我儘を言うようになるんだろう! 見える二人で、私を馬鹿にして! 二人でこの家を乗っとるつもりなんだ! 本当に鬱陶しい! 全部! 全部私のものなのに、奪おうとするなんて!」

「何を……そんなこと、考えていません。僕は爵位を欲しいなんて言ったことはない」

「嘘をつけ。金も権力も、地位も手に入るんだぞ。欲しいと思わないわけがないだろう!」

「兄さん……」


 ルーカスは唇を引き結んだ。

 そんなものより、欲しいものがあった。

 ごく普通の――ソフィアの家のような仲の良い家庭に憧れた。

 でもそんな事を説明しても、信じてはくれないだろう。

 そんなものに価値を見ていない人だから。


「あぁ本当に、戯れに時々遊びなんてせずに、ちゃんと、しっかりと消しておけば良かった。いつでも排除出来るからと思って、可哀想な子だからと同情して見逃してあげずにいたが、もっと早く……そう、生まれて直ぐに消しておけば良かったんだ……! そうすれば、私が馬鹿にされることも無かったのに! お前が跡を継ぐなんて話、一欠片も出なかった!」


 そこまで言うと同時に、エリオットは乱暴に髪を離した。

 拍子にバランスを崩して転びそうになったルーカスを、立ち上がっていたソフィアの手が支えてくれる。

 リリーが、半分泣きながら縋り付いて来た。


(大丈夫、味方がいる……)


 背中を支えてくれる手の暖かさに、ルーカスは勇気づけられた。


 ――今までは、リリーが傍にいても一人きりの空虚さを感じていた。

 兄に殺されないように、息をひそめてただ毎日小さくなって過ごすばかりだった。

 外の誰かに助けを求めようとか、公に訴えようとか思えなかった。

 震えて小さくなって、密かにこっそりやり過ごすしかしなかった。


 でもソフィアと出会ってからは違う。

 空いていた穴を、徐々に徐々に埋められていくような感覚を知った。

 ルーカスは怖くても痛くても、エリオットにまっすぐに対峙しようと思うようになった。


(負けるか!)


 ルーカスは足を踏ん張って立ち、エリオットを見返す。

 その視線の先で、エリオットは懐に手を入れていた。

 そして彼が取り出したものに、ルーカスとソフィアは息をのむ。


「っ、兄さん……それは」

「剣……?」


 怯えを見せた二人に、優越に満ちた笑いをエリオットは浮かべた。

 笑いながら懐から取り出したもの――短剣の鞘を抜いて放り棄てる。


「もう消えろ。今日で居なくなってしまえ。私が私の居場所を守る為に、お前は存在していてはいけないんだ」

「ひっ……」


 キラリと光る、銀色の鋭利な刃。

 切れ味の鋭そうな短剣に、ソフィアから引きつった声が聞こえた。


「ルーカス! ソフィア! とにかく離れて! そうだ、部屋! どこか鍵のかかる近くの部屋に……!」


 ルーカスは背中に張り付いて怯えていたリリーの声に、弾かれるように身を返し、ソフィアの手首を引っ張って連れて行こうとした。


 だが―――。


「子供二人が、逃げられると思うな……!」


 エリオットの叫び声と同時に、ひゅっ、と、銀色の一筋の光が見えたと思ったら。


「ルーカス様……!」


 ソフィアに突き飛ばされて、床に転がってしまう。

 すぐに起き上がって周りを見ると、仁王立ちするエリオットの前にソフィアが蹲っていた。 


「ソフィア!」

「いっ…………」


 急いで駆け寄ると、蹲った彼女の右の肘から手首まで、赤い筋が出来ていた。

 すぐに赤いどろりとした液体が、そこから流れ出てて来る。

 かなり深く切ったのか、ソフィアが左手で押さえても留まる様子はなく、指の間から溢れていく赤い血。



「兄さん、なんということを……!」

「はっ! 本当に仲良しだな!」


 エリオットはソフィアを足で蹴ってどかした。

 お腹のあたりに思い切り当てられた蹴りに、ソフィアからまた悲鳴が上がる。

 


「やめてください!」

「邪魔だ。だが、とにかくお前が一番いらないんだ。娘の方は後でもいいか……」


 今度はルーカスを標的にしたらしい、エリオットは突き刺すように持ち替えた短剣を、こちらへと振り下ろして来る。

 逃げようとしたけれど、片方の手で二の腕を掴まれた。

 力を込めて足掻いても、引っ張っても腕が抜けずに動けない。降ってくる剣先から逃げられない。 


「ルーカス様!」

「ルーカス!」


 リリーとソフィアの悲鳴を聞きながら、ルーカスはすぐに来るだろう痛みを想像して、ぎゅっと目を瞑ったのだった。 




* * * *


 



 切られた腕と、蹴られたお腹。

 痛くて痛くて仕方がなくて、泣きたい気分でソフィアは床にへたりこんでいた。

 でも、今泣くことは許されない。そんな甘えたことをしている場合じゃない。


 ソフィアの視界の先には、短剣を振りかぶるエリオットの背中がある。

 そしてその向こうに、身を捩って何度か避けたようだけれど、でも幾度も傷をつけられるルーカスの小柄な姿が。

 エリオットの背中が大きくて、ルーカスの姿はほとんど見えない、

 それでも何をされているかは歴然だった。

 エリオットの手にある短剣が、また振り下ろされる。

 ルーカスもエリオットに捕まれた片腕を振りほどこうと、ずっともがいているようだけど、力の差は歴然だった。 


「あははははっ! 消えろ! 私のものをこれ以上奪うな!」

「……!」


 笑い声を上げ続けるエリオットとは対照的に、ルーカスは何度短剣で切られても刃を食いしばって声を上げない。

 ソフィアの視界の先で、赤い血が飛ぶ。

 流れて、床にいくつもの染みを作る。

 

「やだ、やだ、やだやだ、だめっ!」


 止めに行こうとしたけれど、お腹が痛くてうまく動くことが出来ない。

 何とか力を振り絞ったけれど、足ももつれてしまう。

 

「ソフィア、無茶しないで。腕の傷もかなり深いわ。早く止血しないと」

「でもっ!」


 気づくとソフィアの着ている服は、自身の流した血で真っ赤に染まっていた。

 貧血だろうか、くらくらと頭も揺れる。

 でも、それでも。

 助けに行かないと。


「死んじゃう! ルーカスが! 死んじゃう……! 誰か来て!!」


 ソフィアは屋敷の奥に声を張る。

 ここは伯爵邸。大勢の使用人が、勤めているはずなのだ。


「だ、誰か……だれか……!」


 助けを求めて、ソフィアは声を張り上げた。

 でも、何度読んでも、誰一人姿を現さない。

 これだけ騒ぎになっていて声を張っているのだから、聞こえないはずがないのに。


「どうして!?」

「……無駄よ……この屋敷の人はみんな、エリオットの味方だと前に言ったでしょう。私はいつか、……こうなる気はしてたの……」

「リリー?」


 見上げたリリーは、まるですべてを諦めたみたいな、暗く沈んだ表情だった。

 リリーはずっとずっと、ルーカスの傍にいた。

 エリオットのおかしさもよく知っている。

 だから、もしかしたらこうなる日が来るのではと想像していたのかもしれない。


(――でも、やだ。ルーカス様が死んじゃうの、やだ……!)


 お腹が痛くて、腕痛くて、上手く動けない。

 血はいまだ流れ続けていて、貧血で頭がくらくらして、意識が霞がかり始めてもいた。

 ソフィアはそれでもどうにか起き上がろうと上半身を起こしたけれど、どうしても、力が入らなくて立ち上がれない。

 

 視線の先で、ルーカスの小さな手が動く。

 エリオットの背中越しなのでほとんど見えないけれど、赤い血が、また跳ねる。

 ソフィアは、くしゃりと顔をゆがめた。


「お願い、だれか、助けて……おねがい」


 切なる呟きに応えてくれる()は、居なかった。

 




 ただ――――。





「そぉふぃあさぅあぁぁぁぁぁぁん!!!」

「ん!?」


 お間抜けな、どこかで聞いたことがある、人では無い声がが突然聞こえたと思ったら。


 どこかからか何かが飛んできて、ソフィアのおでこにペタッと張り付いた。


「ソフィアさんソフィアさん! おへんじつれてきた! おかし! おかしぷりぃず! つくって!」

「ちょっと、髪にぶら下がらないで! 痛い! 今ちょっと貴方の相手してる状況じゃないんだけど!」

「おかし! おへんじ、つれてきたからあぁぁぁあ!」

「つ、連れてきたって、え……?」


 ソフィアはどうにか髪にぶら下がっているモノ……頭に花のコサージュを付けた妖精をひっつかむ。

 


 その直後。――――バアァァァン!!!!!


 壊れるのではと言う勢いで、外から玄関扉が何者かによって開かれたのだった。








次回更新は11月4日になります。

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