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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 もう来なくて良いとは、どういう意味だろう。

 どうして急に、こんな事を言うのだろう。

 家の事を知った時や、看病をしていた時、ソフィアを煩わしそうには確かにしていた。

 でも、リリーのお菓子を持ってくることだけは拒否しなかったし、少し強引にいけば看病もさせてくれた。持ってきたご飯も食べてくれた。


(―――でも、今回は何か違う。本気な感じ……。怒っているんじゃなくて、真面目に真剣に……そう思ってるような……)


 まっすぐに向けられる瞳には、心からの本気さが垣間見えた。


(もういらないって、どうして?)


 ついさっきまで、リリーもルーカスも美味しそうにドーナッツを食べていてくれた。

 一緒に過ごすティータイムは、とても楽しかった。

 なのに突然、それを終わらそうとするなんて、意味がわからない。

 理解が追いつかない頭を必死に巡らせながら、ソフィアは考える。


「あの、ルーカス様。お菓子に用がなくなったって、だってリリーは……私のお菓子じゃないと駄目なはずで、だから……」


 ソフィアがルーカスの頭の上にとまるリリーに目を向けると、リリーはゆったりと微笑を浮かべた。


「ごめんなさいね」

「ごめんって、リリー? 一体どういう意味で?」

「ルーカスの言うことが本当なの」

「……本当に、もういらないの?」

「えぇ」


 静かに頷いたリリーに、ソフィアは息をのみ、唇を真横へ引き結ぶ。

 

 睨むようにルーカスとリリーの顔を交互に見たけれど、リリーは肩をすくめるだけ。

 ルーカスも表情をくずさなかった。

 

「……お前に対しての用は、菓子だけだった、でもそれも必要なくなった。どうやらリリーは飽きたらしいな」

「飽きたって………私のお菓子が特別なだけで、妖精は元から普通に甘い物好きなんでしょう? 飽きるなんてあり得ないんじゃ」

「だが、リリーは飽きたらしい。町の菓子屋の菓子の方が良いらしい。だから、もう来なくて良い」

「そんな……」


 もしかすると、ソフィアの力が知らないうちに弱まっていたのだろうか。

 うちにいる下級妖精たちには利いても、上級妖精のリリーには利かないとか有るのかもしれない。


(いやでも、お菓子が必要なくても)


 ソフィアは、ルーカスの事情に関わることを決めた。

 妖精を抜いたって、心配なのは変わらないし、定期的に顔を見たいと思う。

 

「だったら、友人として会いに来ます!」

「友人?」


 力強く主張したソフィアに、ルーカスは「はっ」と心底馬鹿にするような笑いを吐く。


「僕とお前が友人? 笑わせるな。あれは周りを納得させる為の言い訳だろう。勘違いするな」

「かん、ちがい……」


 ルーカスの台詞に、心がすっと冷たくなっていく。


 ルーカスと出会って、三ヶ月近く。

 三日に一度会う関係を続けてきた。

 意地っ張りで意地悪で、子どもらしくない子供。

 でも他人を突っぱねるようになった彼の事情も知ったし、実際に危害を加えられることは無いと付き合っていて分かるようになった。

 分かるくらい、会話を交わし、同じ時間を過ごしたのだ。


 少しは近づけたと……友人と、呼べるくらいの距離にはなったのではと、ソフィアは思ってた。


(でも、勘違いだったのかな)


 本当に、ソフィアのした何もかもが迷惑だったのだろうか。


 看病をしたり食料を届けたり、スカーフをプレゼントしたり。

 全部、本気で迷惑で、だから放って置け、かまうなと彼は繰り返したのだろうか。


(また、意地を張ってるとかじゃ無く……)


 ルーカスの顔を伺ってみたけれど、彼は無表情だった。

 不機嫌でも拗ねているでも怒っているでもなく、無表情。

 こんな顔は初めてで、ソフィアは彼の内面を何も察することが出来なかった。


 とにかく今、彼はソフィアを遠ざけようとしている。


(もしかすると虫の居所が悪いのかもしれないし、ちょっと時間を置いてまた話し合おう)


 少しすると考えも変わるかもしれない。そう思って、ソフィアは何とか口端を上げる。


「…………じゃあ、とりあえず今日は帰ります」

「……もう門番にももう通さないように言っておく。家に入ることも出来ないからな」

「っ…………」


 そこまで言われて、やっと、本気で本当にもう会うつもりが無いのだと悟った。

 機嫌が悪いとか、お菓子に用がなくなったのが本当の理由じゃ無い。

 ルーカスはもう、ソフィアと顔を合わせることさえしたくないと思っているのだ。


(別に、いいんだけど……)


 ルーカスから離れれば、お菓子を持ってくる手間も省ける。

 偉そうな言葉に苛立つこともない。

 エリオットに家族や自分が狙われる可能性だってなくなる。

 ルーカスのこれからが心配だけれど、でも他人の家の事情であるのだ。

 

 面倒事が全部なくなって、ルーカスと出会う前の穏やかな普通の日常に戻るだけだ


 でも、ソフィアは納得できなくて、口元をへの字に曲げる。


(……なんか、寂しい)


 フィリップ伯爵家に関わらないと良い方向に向かう事ばかりなのに。

 ただ会えなくなるのは寂しいと、ソフィアは思ってしまうのだ。

 彼の事情の蚊帳の外に置かれるのが、どうしてもいやだと思ってしまう。だから看病したし、エリオットの手紙に誘われるままに会いにも行った。


 でも、もう家にも入れてもらえないらしい。

 今までのような口だけの文句ではなく、完全な拒絶を受けている。


「早く帰れよ」

「…………」


 今、背中にあるこの扉を開いて出たら、もう二度とここをくぐることは許されないのかもしれない。

 剣を持った大人の男の人である門番に阻まれれば、どれだけ頑張ってもソフィアには通れない。

 帰りたく無くて、終わりたく無くて、ソフィアは動けなかった。

 そうやって扉の前で棒立ちするソフィアに、ルーカスは苛立ったみたいに眉をひそめる。


「おい! いい加減に――――――っ……!」

「ルーカス様? どうし、わっ……!」


 ルーカスに、突然手首を引っ張られて引き寄せられた。

 いきなり過ぎて対応出来なくて、バランスを崩しそうになったソフィアは必死に足に力を入れて立て直す。

 空のバスケットが拍子に手から飛んで転がっていったけれど、何とか自分は転ばずに済んだ。

 怪我が無かったことに安堵の息を吐いたあと、何事かと怪訝に顔を上げた直後。

 視界に入ったものに、身体がギクリと強張った。


「え、エリオットさま」


 さっきまでソフィアの真後ろにあった玄関扉が、うっすらと開いていた。

 よっぽど静かに開かれたのか、まったく気づかなかった。

 その扉の隙間から見えた、そこに立つ細身の男性――――エリオット・フィリップ。



 ソフィアを更に引き寄せて、まるで背中にかばうみたいな体制になったルーカスが、声を紡ぐ。


「わぁ、エリオット兄様お帰りなさい! 今日は早かったんですね?」


 柔らかく可愛くなるように偽った……久しぶりに聞く天使のような言葉使い。

 背中を向けているから見えないけれど、きっと可愛い笑顔を振りまいているのだろう。


(確か無知で考え知らずな子供を装っていた方が、向こうが舐めて攻撃が緩まるのんだって言ってたっけ)


 しかしエリオットは、ルーカスの無邪気な演技に乗ってはくれなかった。

 眼鏡の奥の陰鬱とした瞳にソフィアとルーカスは見下ろされ、睨まれる。


「ソフィア・ジェイビス」


 ギリッと奥歯をかみしめる彼の様子にソフィアは一歩後ろへ引いた。


(これは、そうとう怒ってらっしゃる……)


 どうやらこの間のティーサロンでの騒動で受けることになった恨みは、まったく薄れていないようだった。



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