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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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(二つ目にいく前に、口直ししよっと)


 次のドーナッツを食べる前に、ソフィアはルーカスの淹れてくれた紅茶を飲むことにする。

 カップをかたむけて一口含むと、とたんにすっきりとした味が広がった。


(わ……なんとなく、いつもと違う味のような?)


 ふとそう思って、もう一口飲んでみる。

 今度は更にしっかりと味わってみたのだが、なんだか口から鼻に抜ける香りも、少し違うような気がした。

 嫌なふうな違いではない。

 目の前で、同じポットでいれた紅茶をルーカスも一緒に飲んでいるのだから、危険なわけもない。

 むしろいつもよりずっと飲みやすくて美味しい。


(紅茶にはあまり詳しくないし、こだわりも無いつもりだったけど。今まで飲んできたものとは段違いな気がする)


 これまでこのフィリップ伯爵家で出して貰っていた茶も、もちろんく美味しかった。

 さらにソフィアは自宅でも、色々な茶を今まで飲んで来ている。輸入食品を扱う商家ということで、世界各地のお茶が手に入るのだ。

 そういう『今までに飲んだお茶』全部ひっくるめて、これが本当にダントツに一番美味しく感じてしまった。



 ……ルーカスは、自分で飲むつもりでお茶の用意していたと言っていた。

 もしかするともの凄く良いものを、分けて貰ってしまったのだろうか。


「えーっと、あの、ルーカス様、もしかして茶葉を変えました?」

「……。今日開けたばかりだから、香りが特に強く出てるのだろう」

「あー、なるほど」


 どうやらたまたま、新しい茶缶を開けたところだったから香りが良かったようだ。


(そうだよねぇ、私が来るって事前に分かってる時間に用意した茶葉が、すごく特別なものだなんて。ルーカス様に限ってまさかまさか。私そんなに舌に自信もないしね。ただ開けたてだから美味しく感じるような気がするだけね!)


 納得して、ソフィアは美味しく感じる紅茶を楽しみつつ、二つ目のドーナッツを食べ始めた。

 ふんわりしっとりの食感と、甘い砂糖にシナモンの風味がなんとも幸せな気分を運んでくる。

 誰から見ても満面の笑顔でドーナッツを楽しむソフィア。


 その前にいるルーカスが、カップを手にしつつ、おもむろに口を開いた。

 

「……お前は、菓子作り以外は普段何をしている」

「へ? ルーカス様が私について聞いて来るのって珍しいですね?」

「なんとなくだ」

「なんとなく、ですか。まぁ良いですけど」


 ルーカスがお茶を淹れてくれたり、ソフィアに興味を持ってくれたりするなんて。

 本当に今日は、とても珍しい日だ。

 ものすごく良い事でもあって、機嫌が良いのだろうか。

 

(まぁ、仲良く過ごせて悪いことはないし)


 ソフィアは口端を上げて、彼の質問に答えることにする。


「そうねですね。最近は、姉と一緒に生まれて来る姪っ子か甥っ子の為のおむつや涎かけを作ってます」

「姉君に子が生まれるのか? 少し前に帰って来たとは聞いていたが」

「えぇ、里帰り出産ってやつの為に、帰っているんですよ。こちらの方が医療も発展してますし、安心して産める環境が整ってますから」

「いつ頃だ?」

「もう来月には臨月に入ります」


(ルーカス様とこういう話するの、新鮮だわ)


 今まで、基本的には妖精のリリーがお菓子を食べるのをうっとりと眺めるルーカスを、呆れた気分で眺めるばかりだったのだ。

 会話も、次はどんなものが食べたいかをリリーを交えて話したりすることが多かった。

 エリオットについての話を振るとルーカスは機嫌を悪くしてしまうから、他に共通する話題は妖精かお菓子についてだ。

 それ以外の会話が弾むとは意外だった。

 まさかソフィア自身についてルーカス興味を示し、訊ねてくれるなんて。

 なんだか嬉しくて、ソフィアは自分や自分の周りについて、たくさん話をしたのだった。




 ――――そうして一時間ほどドーナッツとお茶と会話を楽しんで。


 皆の皿からドーナッツが消え、紅茶のお代わりも飲み終えた頃。

 そろそろお開きにしようかという空気になった。

 残りのドーナッツの入った紙袋を渡し、代金を受け取ってから、空になったバスケットを手にソフィアは立ち上がる。


「それじゃあ、お茶ごちそうさまでした。失礼しますね」


 楽しい時間に満足気分のソフィアは、笑顔で退室しようとする。

 しかしそこへ、ルーカスから声がかけられた。


「玄関まで送っていく」

「え?」


 ぱちりとエメラルドグリーンの瞳を瞬いたソフィアは、一拍置いて、席を立って扉に向かおうとしているルーカスの手を引く。


「ルーカス様、ちょっと」

「なんだ?」


 怪訝な顔で振り返ったルーカスの額に、バスケットを持っていない方の手を伸ばした。


「おいっ」

「熱は……ないか」

「離せっ!」

「いやだって、見送りなんてびっくりして」

「別に、ただそんな気分なだけだ!」

「そうですか?」


 ソフィアは振りほどかれた手をひらひら振りながらも、今は彼の頭の上に乗っているリリーと彼を交互に見くらべた。

 リリーはただ静かにほほ笑むだけ。

 ルーカスは怪訝そうに片眉を上げている。


「じろじろ見て、どうした」

「――ルーカス様、やっぱり何か今日、おかしくないですか? 良い子すぎて怖いですよ」

「はぁ? いつも通りだ! 馬鹿が! 早く来い!」


 少し不機嫌になって肩を怒らせながら廊下にでる彼の背中に、ソフィアからほっと息が漏れる。

 怒っていた方が安心する自分に、何だか笑いが漏れた。

 

 そうして玄関に付いたソフィアは、扉を開く前にルーカスとリリーを振り返って挨拶をする。

 楽しい時間を過ごせたから、満面の笑顔が自然と浮かんだ。 


「じゃあ、有り難うございました。また3日後に」

「いや」

「え?」


 とたんに笑顔をほどいたソフィアが首を傾げる。

 驚きつつ、自分の胸ほどの高さほどの身長しかないルーカスを見下ろすと、ルーカスは真っ直ぐに青い瞳でこちらを見ていた。

その強い瞳と、真剣な顔に、ドキリとソフィアの心臓が鳴る。


 真剣過ぎるルーカスの様子に―――――すごく、嫌な予感がした。


「もう。菓子はいらない」

「え?」


 予感通り、ゆっくりと口を開いた彼から発せられた台詞の内容は、嫌なものだったった。


「お前の菓子に用は無くなった。もう来なくていい」

「あの、何を言って……?」


 言葉の意味がすぐに頭の中で整理できなくて、ソフィアはただ茫然と呆けるのだった。

 

 この子は一体、何を言ってるのだろう。


 一生、お菓子が欲しいと前に聞いていたのに。

 ソフィアは三日後も、六日後も、九日後も、お菓子を作って会いにくるつもりなのに。 

 次はどんなものを作ったら喜んでくれるかなと、考えながら、家への道を歩くつもりだったのに。



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