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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 妖精に手紙を託して一週間。


 ソフィアは部屋の窓辺から晴れ渡った空を見渡しながら、眉を寄せて唸っていた。

 

「帰って来なぁーい」


 不安は的中した。

 頭に手作りのコサージュを付けた、手紙を託した妖精が帰ってこないのだ。


「もともと期待なんてしてなかったけどさぁー……」


 あのボケボケでお馬鹿な妖精のこと。

 ソフィアがお願いしたことなんてすっかり忘れて、今頃どこかで遊んでいるのかもしれない。

 他に居心地の良い場所を見つけて、そこに居着いているのかもしれない。

 もしかすると傍にいてもコサージュが取れていて、他の妖精達と見分けが付かなくなっているのかもしれない。


 あの子が手紙を届けるという役目から帰ってこない理由を探せば、いくらでも思いつく。


「どっかで遊びほうけてるっていう可能性が一番高いんだし、別にうちの子って訳でもないんだし。心配なんて、するだけ無駄……いや、やっぱり心配だよねぇ」


 ソフィアは自分の頭をわしゃわしゃとかき混ぜて、唸り声を上げた。

 もう朝から何度、窓辺から外を眺めているのだろう。


「あー、もう! 仕方ないわねっ! 世話かけさせるんだからまったく!」


 仕方が無いから、探しに行ってあげよう。

 

 そう決めたソフィアは直ぐに窓にきびすを返し、部屋を出た。

 そして玄関へ向かう為に歩いていた廊下で、丁度メイドのオーリーと会った。


「ソフィアお嬢様? どちらかへお出かけですか?」

「散歩! そのへん歩いてくるわ!」

「あらあら。もう一週間、毎日お散歩に出てますわねぇ」


 手紙を出した翌日から、毎日妖精を探しに行っていることを指摘されたような気分だ。


「色々あるのよっ」

 

 何故か頬を膨らませながら、やけに大きな歩幅で出て行ったソフィアの背中を、オーリーは首を傾げつつ見送るのだった。



 そうして、町に出たフィアはきょろきょろ当たりを見回して、頭に花を付けた妖精を探す。


 昨日は住宅街を中心に歩いたから、今日は商店通りだ。

妖精が好きそうなお菓子を取り扱っている店は、特によく目をこらして。

 比較的大きく有名な店々が立ち並ぶ大通り沿いを抜けて。

 大きな公園をぐるりと一周もして。

 その向こうにある、職人通りも一通り歩いた。

 

「いないし……」


 気が付くと、あっという間に二時間以上の時間が過ぎていた。


 夕暮れ時になった、オレンジ色に染まる行きかう人々を見ながらソフィアは溜息を吐く。


「うーん。時々、ふわふわ飛んでいる下級妖精を見かけはするんだけどなぁ」


 けれどソフィアが見えていると知らない為か、まったく興味を寄せてくることもなかった。

 こちらから話しかけるとビックリしつつ話をしてくれるが、手紙を持った頭に花をつけた妖精には心当たりはないらしい。 

 本当に一体、どこにいってしまったのだろう。


「もういっそ、お菓子でもぶらさげて歩くとか? 釣りみたいね……いや、この方法だと他の妖精もみんな釣れちゃうのか」


 とにかく、見分けのつきにくいあの子を町中で見つけるのは、屋敷の中で見つけるのよりも難しそうだ。

 ソフィアは町中を歩きつつ、途方に暮れてまた大きな溜息を吐く。


「あーあ。妖精に手紙を託す作戦が無理なら、あとはどうしようかしら……あら?」


 ふと、すぐわきにある赤い屋根の平屋の店に目が留まった。


「可愛い…知らない店ね」


 店の大きな窓から見えるのは、色とりどりの生地や糸。

 たぶん手芸屋だろう。

 開いた扉から見える店内は、ところどころに完成品の可愛い布小物や編み物小物が飾られてる。

 とても可愛い雰囲気のお店だった。

 ソフィアは少し興味を引かれて、妖精捜索を打ち切り中に入ってみることにした。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは。あの、ここって最近オープンしたんですか?」

「えぇ、つい先週からなんですよ。ごゆっくりどうぞ」


 店主らしき中年の女性の言葉通り、内装はどれもが真新しい感じだ。

 

(アンナ姉様を連れてきたら、喜ぶかしら)


 そんなことを考えつつ、可愛いボタンや刺繍糸、リボンなどを順番に見ていく。

 どうやら輸入品も多く取り扱っているらしく、珍しい品も多かった。

 

「生地も変わった織り柄ものが多いし面白いわ。あ……これ、とっても上品な赤で素敵。でも、私が身に付けるにしては派手すぎかも?」


 たくさんの商品がある中で、一際に目に留まったのが、赤い生地だった。

ほのかな光沢があって、とても綺麗だったのだ。

 誘われるようにロール状に巻かれた生地に指を伸ばして触れてみると、とろみのある柔らかな生地でとても気持ち良い。


「うーん」


 ゆっくりと感触を楽しむように触れながら、買おうかどうか悩む。

 どこかに使える所はないだろうかと考えて。

 ふと……脳裏に脳裏に浮かんだのは、明るい金髪を持つ少年だ。

 うっかりあの淡い金髪に、この赤がとても良く映えるのではと想像してしまった。


「考えれば考えるほど、凄く似合いそう」

「……あら、どなたかへの贈り物に考えてらっしゃるの?」


 ソフィアの小さな呟きを拾ったらしい店主が、カウンターの向こうから声をかけてくる。


「もしかして、良い人かしら」

「いや、そういうのじゃないです!」

「そうなの? でもとても上品な赤でしょう? 異国で採れる鉱石を染料に使っているらしくて、まだこの国ではほとんど出回っていない色合いですよ。私、凄く気に入ってるの」

「確かに、質感も色も過く素敵ですね」

「でしょう?」


 自分の店の商品を褒められて嬉しそうにしている店主は、どうやらお喋り好きな人のようだ。

 初対面であるソフィアにもどんどん話しかけてきてくれた。

 ソフィアは彼女の明るさについ笑顔をもらしながらも、生地を引っ張り出す。 


「じゃあ、……ちょっと作って、渡してみようかな。これ、一メートルだけ切って貰えますか」

「はい! 有り難うございます。喜んでもらえると良いわね」

「そうですね」

 

 切って包んでもらった赤い生地を大事に手に持ちつつ。

 ソフィアはもう一度くまなく視線を凝らし、あの妖精を探してゆっくりと家への道を辿るのだった。

 

 しかし結局今日も、探している子は見つからなかった。






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