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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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「アンナ姉様、入っても良いかしら」

「あらソフィア? 構わないわよ」


 ケーキを作り終えた後、ソフィアは姉であるアンナの部屋を訪ねた。

 彼女はロッキングチェアーに揺られて読書をしていたらしい。

 近づいて行くと、本を閉じて笑顔で迎えてくれた。


「キッチンから良い香りがしていたわね。何か作ってたの?」

「ベリーのケーキよ。夕食後のデザートに出して貰うように、料理人にお願いしてるわ」

「楽しみだわ」


 ティーサロンでエリオットと会い、家に帰ったのが午後三時すぎ。

 ケーキが出来上がったのは、もう夕食にだいぶ近い時間になってしまっていた。

 おやつとして食べるには遅すぎる。

 しかもこの間、おやつより通常の食事を優先すると姉と約束したばかり。

 

 そういうわけでソフィアも我慢して、味見程度に留めておいた。

 満足とは言いがたいし、分けてあげた分を目の前でガツガツ食べる妖精達にイラッときたけれど、まぁ溜まっていた一応の『ケーキ食べたくてどうしようもない欲』は収まったので良しとしよう。 


「……それで、何の用なの?」

「あのね、姉様にお願いがあるの」


 ソフィアはおもむろに口元の前で手を合わせて、お願いのポーズを取った。

 ついでに、小首もかしげてみせる。

 姉や兄へのお願いをする時は、なんだかいつもより少し子供っぽい仕草になってしまう。


「この間、一緒に出かけた時に、何種類か便せんを買っていたでしょう? 義兄様に手紙を送るために」

「えぇ、買ったけれど。それがどうかした?」

「良かったら、一枚だけ貰えないかしら。私の部屋にあったの、ちょうど切らしてて。でも急ぎでお手紙を出したいのよ」

「あぁ、なんだそんな事。もちろん構わないわよ。一枚で良いの?」

「十分よ。それ以上は運べな……じゃなくて! 書くのは少しだけだから、大丈夫!」

「そう。少し待ってね、文机の引き出しに……」

「私が取るから! 姉様は座っててっ!」


 重そうなお腹を抱えて立ち上がろうとするアンナを、ソフィアは慌てて押しとどめた。


「ふふっ、頼もしいわね。有り難う。その文机の一番上の引き出しに全部入ってるわ。好きなものを持って行きなさいな」

「有り難う」


 アンナの指した文机に寄って行き、言われた通りに一番上の引き出しを開けた。

 そこにはインクとペンと一緒に、何種類かの便せんと封筒、封をする蝋と印が、綺麗に並べて置かれていた。


(やっぱり物、少ないなぁ)


 ――――部屋は残していたとはいえ、アンナはすでに嫁いだ身だ。

 お嫁に行く時、彼女は自分の荷物のほぼ全てを持って出て行っている。


 必要なものだけを持って帰って来た一時的な帰郷の今、引き出しの中には本当に手紙を書く道具のみが入っているようだ。

 アンナの本来居る場所はここじゃない。

 子供が生まれて少しだけ休養したら、また居なくなる。

 荷物の少なさから改めて気づかされたソフィアは、寂しさを覚えつつ、便せんの束をパラパラとめくっていった。 


(えーと、一応は真面目な内容だから、シンプルめのやつ。…………あ、この灰水色の便せんが良いかも)


 目にとまった一枚の便せんを抜き取り、姉に示して見せる。


「これにするわ。良い?」

「えぇ……でも、ソフィアにしては、珍しいものを選ぶのね」

「え? 何が?」

 

 アンナの言葉の意味が分からなくて、ソフィアはきょとんと目を丸くした。

 

「だって、貴方は色で言えばピンクとかオレンジ系が好きじゃない。持ち物もそういうのが多いし。なのにそのシックな感じの灰水色を選ぶなんて……はっ! もしや!」

「え?」

「お相手は、落ち着いた紳士かしら? なーんて」

「えぇぇ?」


 口元に手を当ててクスクスと笑うアンナに、思わず苦笑を漏らしてしまう。

 どうやら姉は、妹の恋のロマンスを期待しているらしい。

 

(ごめんなさい姉様。残念ながらドキドキキュンキュンの恋ロマンスじゃなくて、命のやりとり飛び交うサスペンスなのよ)


 とりあえず、離れている間に大人っぽい物も好みに加わったのよ、なんて苦し紛れの言い訳を交え、ソフィアはアンナの部屋を後にしたのだった。




* * * *



 夕食まで時間もないので、部屋に戻ったソフィアは早速手紙を書くことにする。


(とりあえず、どこの誰に届くのか分からないから、こっちの名前は書かないでおいて、妖精関係でとても困っていることだけ伝えよう)


 もちろん妖精関係だけが問題なわけでないのだが。


 でもエリオットが受け継げると思っていた祝福の瞳をルーカスに奪われた事が、たぶんあそこまで兄弟関係がこじれるようになった大きな切っかけだろうから。

 それを解決できれば進展出来るはずなのだ。


 だから、妖精が見える人宛に手を貸して貰えないかというお願いを書いた。

 この後の返信で信頼出来そうなら、実際に会ってみようと思う。


 ソフィアは四つ切りにした便せんの一枚に、要件を出来る限り丁寧で小さな字で書いた。


「えーと、あ、君!」


 ちょうど傍を飛んでいた、頭に真ん中に黄色のビーズが付いた、花のコサージュを付けた妖精を捕まえる。

 

「なんですか」

「さっき言ってたでしょ? 手紙を届けて欲しいのよ」

「えー?」

「まぁまぁ、そんな嫌な顔しないで」


 掴んで机の上に立たせた妖精の二の腕に、小さく細く折り畳んだ手紙をくくりつける。

 そして妖精の顔に顔を近づけて、ゆっくりとした言葉使いで、念を押すように言い聞かせる。


「いーい? とにかく妖精が見える、偉くて凄くて、とにかく力になってくれるっぽい人にこれを届けて。味方よ、味方。悪人なんかに渡さないでよ? あ、ちゃんと返事も貰ってきなさいね。途中で忘れて遊んでたら駄目だからね?」

「むずい」

「頑張って! いける!」

「うー……」

「もし無事に届けてくれたら、『何でも好きなお菓子を貴方だけに作ってあげる権』をあげるわ!」

「なぬっ!?」


 とたんに、妖精の瞳がキラリと輝いた。

 感動のあまりにか、ふるふると震えている。


「ななななななんでも!?」

「えぇ」

「なんでもおぉぅぉっ!?」


 想像していた以上の興奮具合だ。


「わ、私が作れるものなら、どんなお菓子でも作ってあげるわ!」

「なんとぉ!」


 やる気を(みなぎ)らせた妖精は、ものすごく張り切って窓から出て行った。

 小さな羽でふわふわ飛んでいく妖精。

 その背中を見送るソフィアは心配で眉を下げる。


(家の敷地から出られるかも怪しいくらい、頼りない背中ね)





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