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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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30


家に帰ったソフィアは、キッチンにこもっていた。


(あんなに美味しそうなケーキがすぐ目の前にあったのに、食べられなかった!)


 とても美味しそうだった。とてもとても食べたかった。

 店内を騒がせてしまったので、テイクアウトが出来る空気じゃなかった。

 ケーキを食べたいと言う溜まりに溜まった欲求をはらすべく、ソフィアはさっそくケーキを焼くことにしたのだ。


「ふわっふわのスポンジに、たっぷり生クリームの気分だわ。ベリーが何種類かあるから、ジャムにしたのをクリームと混ぜて間に挟んで、トッピングには生のままのを散そう。うん、完璧なケーキ! 絶対おいしい!」


 まずはジャムを用意するために小鍋に砂糖とベリーを入れて火にかける。

 クリームに混ぜ込む用なので木べらで潰しつつ、混ぜたり揺すったりする。


「良い匂いがしてきたわ。甘い匂いって、ほっとするー」


 コトコト煮える音と広がる香りに癒される。

 焦げないように鍋に注意しながらも、ソフィアはスポンジを作るために砂糖とバター、そして牛乳と卵を入れたボールを泡だて器で混ぜ始めた。

 それを充分混ぜたら、今度は木べらに持ち替えて振るった小麦粉を加えつつ切るように混ぜていく。


「けーき! ひゃっふぅい!」

「いえーい!」

「あまあまふわふわ」

「たのしみすぎるぅっ」


 周りには、小躍りしながらケーキを待つ妖精たちが飛んでいた。

 ソフィアは混ぜる合間にジャムの小鍋を揺すりつつ、苦笑をもらす。


「まだスポンジをオーブンにさえ入れてないし、焼きあがっても冷めないとクリーム塗れないし、かなり時間かかるわよ?」

「かなりとは、いかほどに?」

「はやくなりません?」

「たべたいんだが」

「無理。一時間以上はかかるわね」

「おおう」

「まじか」


 妖精たちはたいへん悲しそうな顔でみつめてくる。瞳がウルウルしてる。


「そんな顔したって何言われたって、早くなんてならないわよ」

「むー。できたころ……また、くる」

「ばーい」

「ごきげんよう」


 じっと待っているという選択肢は無かったらしい三匹は、どこかへ消えていった。

 残ったのは一匹だけ。

髪にソフィアの作った花のコサージュを付けている子だ。

 花の真ん中に黄色いビーズがついている、良くみかける子……というか数少ない見分けがつく子。


「おうえんしてる」


 作業台の隅っこに腰を下ろしたその妖精は、この場で待つことにしたらしい。 


「がんばー。ふれふれー」

「有り難う。……ジャム、味見する?」

「ぜひとも」


 ちょうど頃合いだ。火を止めた鍋にレモンを少し絞ってから混ぜて。

出来たてほやほやのジャムをスプーンひと掬い分だけ、クラッカーにのせて渡してやる。


「ちょうどよいさとうかげん」

「良かったわ」

「がんばー」

「はいはい、頑張って作るわよー」

「えいえいおー」


 そのジャムのせクラッカーを抱えて頬張る妖精の応援を受けながら、ソフィアは木べらで粉を切り混ぜる続きを始めた。


「あ、袖が粉で汚れちゃいそう」


 しばししてボールの中の容量が増えてくると、服の袖裾が中身に付いてしまいそうになってきた。

 ソフィアはいったんボールを置いて、めくり上げることにする。


「ぁ……」


 めくり上げた手首にあるもの(・・・・)を見つけてしまった。

 気づいたソフィアの身体が、とたんに小さくはねる。


 ヒュッと、――喉から変な音も漏れた。


「…………跡に…なってる」


 袖をめくってさらされた右の手首には、赤黒い痣が浮かんでいた。

 間違いなく、エリオットに強く捕まれた手の跡だ。

 そっと左手の指でなぞりそこを押すと、ジンとした鈍い痛みが僅かに広がる。 

 脳裏に、頭上から降り注ぐエリオットの怒鳴り声と、怒りに満ちた顔が蘇った。


(大人の男の人に思い切り強く握りしめられたら、こんなになっちゃうんだ。本当に痛かったものね……)


 思い出すと同時に、背筋から寒気がのぼる。

 胸の中で重くて痛い何かが渦巻き始める。


「駄目だ」


 ソフィアは慌てて首を振って、吹きわいた恐怖心を振り払おうとした。


「え、ええっと、……とにかく、オーリーや姉様に見つからないようにしないと」


 邪魔だからと捲った袖だけれど。

ソフィアは結局、痣が隠れるギリギリくらいまで戻してしまう。

 それからとにかく、ケーキ作りを再開することにした。

 動いてないと、何かしていないと、恐怖がぶり返してしまう。

 しかしそうやってボールを持って手を動かし始めるものの、痣を見つける前のワクワク感は戻らなかった。

 大好きなお菓子作りをしているのに、気分が重くなってくる。

 

 やや険しい顔で作業を進めながら、ソフィアはぽつりとこぼす。

 聞いているのは、一人だけいる妖精だけだ。


「――あれで私、完全に敵認定されちゃったよねぇ」

「てき?」

「そう、敵」


 今まではルーカスが彼の憎しみの対象だったけれど、こっちまで危害を加えてくるようになるのだろうか。

 ソフィア本人は、彼に関わることを決めている。

 でも家族にまで何かされるようなことにならないだろうか。それが一番心配だった。


「あの様子じゃ、可能性有り過ぎるんだよねぇ。平民を思いっきり見下してる感じだったし」


 ある意味でいえば、とても貴族らしい貴族至上主義な思考をしていると思う。

 平民からすればとんでもないものだ。

 ソフィアは彼への対応策をなんとか捻りだろうと考える。

 でも権力に勝てるものってなんだろう。


「私、伯爵家に敵う権力も力もなにもない。あの人に対抗できるような権力者とのつながりも全くないしなぁ……。―――ん?」


 そういえばエリオットは、世の祝福の瞳の持ち主たちは、妖精と交渉して手紙を運ばせたり、情報収集させたりしていると言っていた。

 そして祝福の瞳の持ち主は、ほぼ全てが貴族の人なのだとも。


「妖精が見える人と見える人の繋がりは、結構強いものだとかも言ってたわよね。と、いうことは、見える人に協力して貰えるかもしれない……? ルーカス様は大げさにするの嫌がりそうだけど。せめて味方を増やすくらいは」



 家庭内で収めたいと、あれだけ必死に頑なにしているのを本人を無視して勝手に公に晒すのは憚れる。

 でも、一人二人の味方を増やすくらいなら。

 そんなことを思いついたソフィアは、目の前でクラッカーを頬張っている妖精を見下ろした。


「………」

「もぐもぐ。なんですか? けーきできました?」

「焼いてもいまセン。ねぇ貴方、手紙を届けることってできる?」

「どなたに?」

「……なんか、力になってくれそうな人」

「……」

「そんな目で見ないでよ! とにかく凄そうな人が良いの!」


 どこの誰でもいい。

 エリオットに対抗する力か、知識をもっている人が欲しい。

 でもそんなもの凄く曖昧なお願いが、叶うものなのか。

 しかもこのおとぼけの妖精に頼んで、まっとうに任務を遂行して貰えるのだろうか。


「うーん。まぁ、ものっすごくダメもとで、やってみようかしら」


 ソフィアはそんなことを考えつつ、混ぜ終わった生地を、型へと流していくのだった。



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