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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 エリオットは劣等感の塊なのだと言うことが、少し話しただけのソフィアにでもわかった。


 ……血筋が良いと言うだけで、弟の方が跡継ぎに良いのではと言われたり。

 もらい受けるつもりでいた『祝福の瞳』の力も弟に持っていかれてしまったり。

 ルーカスに色々なものを奪われたと、思ってしまっている。

 たぶん大きなものがこの二つなのであって、彼の無いものをルーカスが持つような、嫉妬や劣等感を刺激するような小さなことは、他にもいくつもあったのだろう。


 何年も何年も積み重なり、不満はやがて憎しみへと変化していった。

 今ではエリオットから見たルーカスは、殺したいほどの憎悪を向ける相手へとなってしまっている。


(でもルーカス様から、爵位が欲しいなんて聞いたことはないのよね)


 そしてソフィアもそうだが、祝福の瞳は本当に突然ぽんっと渡される能力。

 欲しいという意思表示なんて、意味がない。

 本人にはどうしようも無いことで恨むなんて、やっぱり間違ってると思う。

 

(まぁ、そんなよそ様の家庭事情はもうこの際置いておいて。なにより父様や母様を貶めるようなことが、一番許せない)


 今までは人の家の事情だった。


 でも彼は、ソフィアの家にまで踏み入ろうとしている。 

 ソフィアの大切な家族の尊厳を傷つけようとしている。

 許せなくて、カッとなったソフィアはつい大きな声を張ってしまった。


「っ! ふざけたこと言わないで下さい! 私は父と母の子です!」


 父も母もお互いを思いやっていることを、娘のソフィアは一番知っている。

 裏切るなんて、絶対にありえない。

 悔しくて悔しくて、戯れ言として受け流せない。


 そうしてエメラルドブルーの瞳で睨みつけたソフィアだったが、目の前の彼は一瞬目を瞠ったあと。

 すぐに気を取り直して、表情を変えた。


「はぁ? 何言ってるんだお前」


 彼は笑顔ではない、心底ソフィアを見下している瞳で、不機嫌そうに顎を反らした。

 重く暗く、陰湿な空気にがらりと変わる。

 その、本当に一瞬にして変化した様子に、ソフィアはギクリとした。


 この人は、反論されると怒る人なのだと理解した。 

 自分の意にならないことが許せないのだ。


 それを理解した時にはもう遅かった。もう思い切り、怒らせてしまっていた。


「お前が不義の子でないなら、どうして私より上な力を持つんだ。そうじゃ無ければ、私に目がないなんておかしいだろう! 醜い生まれの女だと思ったから、こうして親切にしてやっているのに!」

「親切!? 存在もしない落とし種の親に繋をとることがですか!? ばっかじゃないの!」

「なんだと!?」

「馬鹿って言ったの! ――もう分かりました。貴方とは相いれない。もしかするとルーカス様と何か行き違いがあっての仲違いなのかと思ってたけど、そんなの無かった。貴方がおかしいだけだった!」


 これまでソフィアは、どうにか話し合いで何とかならないかと思っていた。

 だって跡継ぎ問題だけで命を奪うような行為、おかしいと思ったから。

 でも話した限り、エリオットはそういう人だと分かった。

 自分が上に立ちたい。自分が誰かより劣っている部分を突き付けられるのが何より嫌な人。

 弟に優位に立たれるのが嫌で嫌で仕方がない人。

 爵位も瞳もルーカスのせいじゃないのに、それなのに恨んで毒を盛れるような人。

 

 ソフィアにとってあまりよく知らない人だったけど、はっきりと自分の中で『嫌いな人』に入り込んだ。


(この人は敵! 嫌い! だいっきらい!) 


 もう用はないと、ソフィアは席を立った。

 彼の傍に居たくない。

 気分が悪くなるばっかりだ。

 

「失礼します!」


 そう言い捨てて、席を離れようとしたソフィアだった、が。


「待てよ、おい」

「は、なして……!」


 歩き出す前に、エリオットも立ち上がり、手首をつかまれてしまった。

 振りほどこうと思い切り力を込めて引っ張ったけれど、びくともしない。

 ソフィアは更に引いたりひねったり押したりしてみるけれど、まったく敵わなかった。


「やめて……! 痛い……!」


 掴まれた腕が、痛いほどの力で握られる。 

 顔を歪めるソフィアに、エリオットは怒鳴ってきた。


「血筋はともかく、何の地位も無い平民の身分で私に口答えだと? ははっ! 笑えることをするものだな! ……許されると、思っているのか?」

「っ」


 低く、唸るように落とされた最後の台詞に、ソフィアは勢い良く全身の血が抜けていくのがわかった。

 そしてすぐに、泣きそうに顔が歪む。


(ここで身分を持ち出すなんて、ずるい)

 

 平民は、貴族の下にあるもの。

 逆らうことは許されない。


 国は絶対権力を貴族に与えてはいないし、そんなに押さえつけられた生活をしてはいないけれど。


 それでも平民と貴族には圧倒的な差があるのだ。

 彼の持っている権限で町娘一人を消してしまうくらい、あっさりしてしまえるはずだった。


 なにより、ただ大人の男の人に怒鳴られ、責められているとう状況が怖かった。

 頑張って立っているけれど、怒鳴られて、体がすくむ。

 どう力を込めても敵わない強い力が怖くて、息が詰まる。


(痛い。怖い)


 ジワリ滲んだ目元で視界がゆがみ始めた直後。


「おい。店内で煩いんだが」


 ーーすっと、視界に誰かの腕が滑り込んで来て、ソフィアはエメラルドブルーの瞳を瞬いた。

 拍子に一粒の涙がおちて、慌てて拭う。


 それから顔を上げると、ソフィアに背を向け、ソフィアとエリオットの間に腕を広げている男の人が立っていた。


「え……?」


 褐色と呼ぶのだろうか……色の濃い肌をした大柄で筋肉質な男性だった。


(異国の人?)


 この国に褐色の肌はあまりみない。

 なによりくっきりとした顔立ちや、手や腕の太さ、長さなど体のパーツ全てが一回りくらい大きい。


「なんだお前は! どこの家の者だ!」

「ふんっ」

「痛っ…! くそっ、離せ‼」


 ソフィアとエリオットの間に入り込んだその男の人は、、あっさりとエリオットの腕を掴みソフィアから引きはがし、背中に捻り上げてしまったようだ。

 男はとても大柄で、ソフィアの視界からエリオットの姿はほとんど見えなくなってしまっている。

 男の背の向こうから、エリオットの苦痛の籠ったうめき声だけ聞こえた。

 大柄な身体に見合った、とても強い力を持っているらしい。


「くそっ!」

「早く去れ」


 腕を反されるなり男に突き飛ばされるかのようにエリオットは出口の方へと追いやられる。 

 エリオットは、劣勢だと判断したらしく後ずさった。

 

「どこの誰だか知らないが、私に逆らってこのままでいられると思うなよ! 調べて相応の対応をするからな! 覚えてろ!」

「ふん」

「…………」


 褐色の肌をした男がエリオットを完全に店から追い出してしまうまで、ソフィアはただぽかんと口を開けたまま突っ立つしかなかった。


 全てが終わり静けさが戻ると、彼がゆっくりと振り返ってこちらを振り向いた。

 初めて見えた瞳は、とても珍しい金色だ。

 その瞳と目と目があって、ソフィアはやっと我に返った。 


「あ、あの! 有り難うございました!」

「いや。……けがはないか?」

「はい。おかげさまで」

「ジン」


 そこへ掛けられた見知らぬ声に振り返ると、深くフードをかぶっている違う人物が背後から寄ってきていた。

 どうやらこの大柄な褐色の肌の男性と知り合いらしい。

 その人は周りを気にするようにフードの端を引っ張って更に下ろして近づいてくる。


「ジン。私たちも行くぞ。目立つのは良くない」

「はい。――ではレディ。失礼」

「あ、はい。本当にありがとうございました!」


 ソフィアがお礼を言うと、答えるように軽く片手を上げて彼らは去って行った。

 

(どっちも変わった風貌だけど、良い人たちだなぁ。しかもレディなんて呼ばれちゃった!)


 慣れない呼ばれ方が、なんだか気恥ずかしい。

 その後、ソフィアはお店の人に騒いだことを謝って店を出た。

 手紙ではエリオットがごちそうしてくれると言う話だったのに、結局ソフィアが代金を支払うことになってしまった。




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