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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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「おかえりなさいませ、ソフィアお嬢様」


 家に帰ったソフィアを出迎えたのは、ハウスメイドのオーリーだった。

 最近目元に皺が浮かび始めた四十台半ばの彼女は、両親の忙しいソフィアにとっては親代わりのような存在だ。

 彼女の顔を見ると、ホッと肩から力が抜けた気がした。


「ただいま、オーリー。お姉様は変わりない?」

「問題ありませんよ。今はお医者様が検診にいらしております」

「そう。あ、お芋のプリン、置いておいたの食べてくれた?」

「えぇ、休憩時間に皆でいただきました。お芋の風味が濃くてなめらかで、美味しかったです」

「へへ、良かった」

「使用人たちも喜んでおりましたわ。有り難うございます」

「ううん。食べてくれて嬉しいわ」


 ルーカスの栄養になって食べやすいもの、と考えて昨夜作ったのが、サツマイモのプリンだ。

 牛乳と卵という栄養豊富な材料を使ったプリン。

 そこにサツマイモの風味も加わって、更に美味しくなったもの。

 繊維のあるサツマイモを裏ごしするのが中々の重労働で、それだけに一時間近くかかった。

 けれど、おかげでしっとり滑らか濃厚プリンができあがった。


「私もおやつに食べようかな」


 昨日はひとくち味見をしただけで、残りは妖精の胃の中にいってしまった。

 今日こそは一個丸々食べるのだ。


「まだ残ってるよね」

「はい。キッチンの方にいくつか」


 意気揚々とキッチンに向かおうとしたソフィアだったが、しかしオーリーに止められた。


「お嬢様。フィリップ伯爵家から手紙が届いておりますわ」

「手紙……?」


 ソフィアはオーリーの差し出した手紙に、ひくりと口端をゆがませる。


「どうされました?」

「いや……ううん。なんでもないわ」

「そういえば、今日行かれたばかりでしたわね。行き違いでもあったのでしょうか」

「そ、そうかもね」


 なんとか口端を上げてみるものの、うまくいかない。

 そして恐る恐る、その手紙を受け取った。


「確かに、フィリップ伯爵家の家紋だわ」


 最近はもう覚えた、かの家の印。

 この家から貰った手紙で、良かった知らせなんて一度もない。


(嫌な予感しか無い。今度は一体何なのかしら)


 灯りにかざしてみたけれど、封入された紙がうっすら透けて見えるだけ。

 何が書いてあるかまでは分からなかった。


「上で読むわね」

「かしこまりました」


 そうしてソフィアは、昨日作ったサツマイモのプリンと手紙をもって部屋にあがった。

 肩にかけていた空になったバッグを部屋の隅に置き。

 文机にプリンと手紙を置いて腰掛ける。

 すると、机の上に四匹の下級妖精が現れて、そこにおいてあるプリンを取り囲み始めた。 


「おいもー」

「いもください!」

「くださいください!」

「おいしいやつぷりーず!」

「えー? 昨日食べたでしょう?」

「ぼくはもらってないですよ?」

「嘘おっしゃい」


 とぼけた顔でコテンと首を傾ける一匹の妖精。

 その頭には、いつかソフィアが作った花の形のコサージュカチューシャがついている。

 もうほとんどの妖精がそれを外してしまっている中、付けている子は個体を見分ける目印にもなっていた。

 真ん中に黄色いビーズを縫い付けた子は、もう一人しか残ってないはずだ。

 そしてこの子が昨日、プリンカップに身体全部を突っ込んでプリンに浸かりながら食べていたのをソフィアは見ている。


 ソフィアはじいぃぃっと細めた目で見つめて、嘘をつく妖精をせめてみた。


「ふふーん。ふーん。きおくにぃーなーいのぉー」


 妖精は目をそらして鼻歌を歌い出し、足を踏みならして拍子までとっている。

 ソフィアは指で突っついてやる。


「誤魔化してるつもり?」

「ででで、で、でもソフィアさん、みっつももってきてくれてるからっ」

「さいしょからくれるつもり」

「ですよね」

「…………。――――ひっ、一つは私のだからね! 後の二つを皆で分けなさいよね!」 

「りょーかい!」

「かしこまり!」。


 プリンカップに顔を突っ込んで食べ始めた妖精達を横目に、ソフィアは机の上の自分の分のプリンを目の前に引き寄せる。


(これ、ものすごく周りが汚れるわね。お皿に移してからあげたほうが良かったのかしら。人形サイズのスプーンとかも探してみようかな)


 彼らがお行儀良くスプーンを使ってくれるかも問題だが。

 あとの掃除が大変すぎる。

 プリンカップが妖精たちと一緒に転がって飛び散るのも時間の問題だろう。

 そんなことを考えつつ、ソフィアは早速手紙を読んでみることにする。 

 その前にまずスプーンでひとくち、プリンをすくって味わってから。

 口の中に広がる芋感に幸せになりながら、スプーンを指で挟みつつ、封筒を開いて中の便箋を取り出した。


「あれ、これってルーカス様からじゃ無かったのね?」


 封筒には名前が無くて、封蝋に押された印だけで送り先を判別してたから気づかなかった。

 開いた紙の右下に描かれた名前に、差し出し人名はあったのだが、目に入れたとたん、ソフィアは苦虫をかみつぶしたような顔になる。 


 なんと差し出しは、エリオット・フィリップ。

 ルーカスの異母兄だった。


「うっわぁ」

「ソフィアさんへんなかおー」

「プリン全身にくっつけた子に言われたくないわね。どうして私に……って、これ、もしかしてお誘い状?」



 几帳面そうな字でびっしりと埋まった手紙の内容を要約すると、つまり弟と遊んでくれてありがとう。

 人付き合いの苦手な子だから君と仲良くなってくれて嬉しい。

 そしていつもお世話になっているお礼に、美味しいお茶とケーキでもごちそうさせて欲しい。

 というものだった。


「えー……お茶の誘いっぽいけど。これ、どう取れば良いんだろう」


 本当にお礼にお茶に誘ってくれているだけ?

 それとも、別の目的があるのだろうか。

 今、ルーカスは伏せっていて、相談できる状態じゃ無い。


(そもそも、相談しても関わるなって突っぱねられるだけだろうし)


 ルーカスが止めることは予想できるけれど。

 でもソフィアはもう、関わっていくつもりでいる。

 なによりエリオットが何を考えていて、どうしてあんな行動を取るのか、ソフィアは知りたかった。

 本当にただ伯爵家を継ぐのに邪魔だからというだけの理由なのだろうか。

 話し合いでなんとかならないものなのだろうか。

 彼と一度、きちんと話してみたかった。


「このティーサロン、どの席も解放的で人目もきちんとあるから、席で待ち合わせにして貰ったら問題ないわよね。そもそも狙われてるのは私じゃないし。ただそこで話をするだけだし……もしかすると、なにかお互いに誤解があるとかかもだし」


 ソフィアは口で、思いつく限りの言い訳を並べてみる。


 絶対に安全が保証されているわけじゃないなんて、分かってる。

 普通に考えれば、一人で乗り込むなんて馬鹿な行動だってことも。


 でもここは、呼び出しにのってみようか。

 エリオットの考えが、知りたいから。

 そう決めたソフィアは、返事を書くためのペンを手にとるのだった。



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