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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 翌日、ルーカスは少し熱も下がり、いくらか落ち着きつつあった。

 

 寝続け過ぎて体がきしみ始めたので、今はベッドの上に上半身を起こした状態でいる。

 その姿勢で、傍に立つ蜂蜜色の髪の少女を見返していた。

 ルーカスのまだ幼い顔には、心底あきれているといった感情が、あからさまに浮かんでいる。


「なんで来るんだ? 菓子を届ける日じゃないだろう」


 そこに立つソフィアは、ルーカスの表情に気づかないのか、もしくは無視しているのか。


 なぜかアーモンド型のエメラルドグリーン色の瞳をきらめかせ、どうしてかとてもやる気に満ちた表情で、「ふんっ」とやたらと荒い鼻息を吐く。

 

 さらに胸を張って、腰に手を当ててみせた。 


「だって、三日も放っといたらルーカス様、死んじゃいそうなんですもん!」

「お前に関係ないだろう」

「関係はないけど。でも、わ・た・し、が! 嫌なんです! 死んじゃったら後味悪いです!」

「お前の後味なんてどうでも良い。迷惑だ。帰れ」

「ルーカス様の迷惑だって、私にとってはどうでも良いです」

「なんだと?」


 ルーカスの眉がピクリと動く。

 見上げたソフィアは、ふふんと笑うばかりだ。

 

「私、もう勝手にすることにしたんです。決めたんです!」

「…………」


 昨日は相当なショックを受けた様子で帰って行ったのに。

 今日はケロリとした顔で、ごく普通にやってきたソフィア。


 彼女の訳の分からない言い分に、ルーカスは目を胡乱げに細めた。


(こいつ、馬鹿か? にぶいのか? アホなのか?)


 大抵の人間は、こんなに面倒くさい家庭環境の人間に関わろうとなんてしないだろう。


(面倒事なんて、普通に考えて嫌なものだ。なのにどうして、この女は俺に構うんだ)


 ルーカスの傍にいて、得なことなんて何もないだろう。

 何よりこのフィリップ伯爵家での自分の立ち位置がとても弱いことを知られた以上、もうソフィアが脅しに屈する必要もなくなったのだ。


 ルーカスに使える権力なんて、本当は何もない。

 母親は王妃の妹だから血筋が良いかもしれないけれど、ルーカスは王族となんてほとんど関わりをもっていなかったから、人脈だってもってない。


 もう言う事を聞く必要はない。

 だからソフィアは、来なくなるかもしれないとも思ってた。

 リリーのお菓子が無くなるのは困るが、それでも仕方ないような面倒事を彼女は知ってしまったのだから。


「同情か」

「あー……まぁ、可哀想な家庭環境だなぁとは、確かに思っちゃいましたけどね」

「……消えろ」

「嫌です」


 昨日の弱々しい、少しきつく言えば引いていた遠慮がちな雰囲気とは打って変わって、ソフィアはきっぱりと言い返してくる。

 たった一晩で立ち直ってくるなんて、やっぱりこの娘は馬鹿なのだろう。

 しかもルーカスにはまったく理解できない、たいへん図太い思考回路をしているようだった。

 


 舌打ちしたい気分で眉を寄せながら、ルーカスはふと彼女の運び込んできた大きなバッグを見下ろした。

 よほど重いのか、来るなり床の上に置かれたこれは何なのだ。

 

(菓子の大きさでもないしな。一体何を持って来たんだか)


 ルーカスの視線に気づいたソフィアは、別に聞いてもいないのに、すぐに答えを示す。


「あ、これですか? 看病道具一式ですよ」

「は?」


 ソフィアはいそいそと鞄を開けて、中身を説明し始めた。

 なんだかとても得意げだ。


「えっとー、食べ物と飲み物。あとは毛布と、栄養剤とか。あ、ベッドの上で暇してるかもと思って、暇つぶし用のおすすめの本も持って来ました!」

「もって帰れ」

「嫌です。これ、話題の恋愛小説なんですけど泣けますよ。ほんと良かったんです! ぜひ!」

「いらない」

「はいどうぞ!」


 ルーカスが睨んでも、ソフィアは笑顔だ。

 有無を言わさず、ルーカスの膝にかけられているシーツの上に三冊の本が置かれてしまった。

 恋愛小説なんて、生まれてこのかた手に取ったこともないほど興味がない。

 押し付けられてなるものか。

 ルーカスは彼女の勢い負けないように、ぐっと顎を反らせる―――が。


「ルーカス様」

「……近い」


 なぜかソフィアは、思い切り顔を寄せてくる。

 ベッドに手をついて、そこに座っているルーカスの顔に顔を近づけて来る。

 息も届きそうなほどの距離に、ルーカスは思わず顔を反らせた。

 ルーカスが迷惑そうに歪める顔を無視して、ソフィアはきっぱりとした口調で話し出す。

 そのエメラルドグリーンの瞳には、穏やかながらも強い決意が垣間見えた。


「私、あなたの味方になることにします」

「……は?」


 突然言われた予想もしていなかった言葉に、ルーカスは青い瞳を瞬いた。


「お前、なにを……」


 呆然とするルーカスに、ソフィアはにっこりと笑う。


「まぁ、私が出来る事なんてお菓子作りくらいですけどね。それでも居ないよりはマシかなって思って……あの、ルーカス様?」

「……」


 ルーカスは、ぽかんと呆けていた。


 ――――あなたの味方になるなんて、言われたことがなかった。


 しかも彼女は本当になんの損得も考えず、ただそうしたいと思ったから言っていて、行動しているのだ。


 ルーカスの近くにいたって何の得もないのに。

 危険なのに。

 なのに味方になるなんて。


 びっくりして、動揺して、―――――心底、困った。


「ルーカス様? どうしたんです? 間抜けな顔して固まっちゃって」


 ソフィアがルーカスの前で不思議そうに手を振っている。

 昨日、あんなにショックを受けているみたいだったのに。

 ごくごく普通に、当たり前のようにやって来てこんな話をするソフィアに、驚きから我に返ったルーカスは、さらに顔を歪めた。


 ソフィアの甘くて柔らかな言葉は、彼女の作ったお菓子を食べた時と同じように、ざわざわと心臓を揺らすのだ。



「っ……いら、ない……」



 ルーカスはきゅっと唇を引き結ぶ。

 むしゃくしゃした気分になって、つい自分の髪をかき乱す。

 かき混ぜた髪を一房、頭の上で握ったまま引っ張る。

 僅かな痛みを感じながら浅い息を吐きだし、自分に強く言い聞かせた。


(流されるな……――味方って、なんだ。そんなの、僕は求めてない。いらない。)


 ソフィアが自分の味方だなんて、考えたこともない。

 リリーの喜ぶお菓子さえ持って来てくれればそれで良い。

 自分は伯爵家の権力で彼女を脅してきた。

 仲良くするつもりなんて更々なかった。


 何を言われたって、むりやり作らせた菓子以上の期待なんて、抱くだけ無駄だ。







 

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