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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 家に帰ったソフィアは、夕食がほとんど喉を通らなかった。

 喉の奥……胸の上のあたりがどうしようも無く重くて苦しい。

 食べ物がつっかえて、口に入れても飲み込めない。


「ソフィア、体調悪い? それとも何かあった?」


 ポタージュスープをなんとか、ずいぶんゆっくりした動作で飲むソフィアに、正面の席で一緒に食べていた姉のアンナが心配そうに聞いてくる。


「え、えっと……」

「――今日、フィリップ伯爵家のルーカス様のお宅に行っていたのよね?」

「そうだけど」

「……何かあったの?」

「その、あのね? 姉様……」


 ソフィアは一瞬、相談しようかと口を開いた。

 ――――けれど、結局すぐにつぐんでしまう。


 お腹に赤ちゃんがいる彼女に、心配させたくない。


(ストレスって、良くないって聞くし)


 大好きな姉と大好きな義兄から生まれてくる姪っ子か甥っ子は、ソフィアにとって、とても大切な子だ。

 無事に穏やかに生まれてきて欲しい。

 人の命に関わる事件に巻き込むのは、絶対に駄目だ。

 

(うん。やっぱり姉様にも、家族にも相談するのは無しだわ)


 一人に相談すれば、芋づる式に巻き込むことになる人の人数が多すぎる。

 家族には言わない。

 心配はかけない。

 そう決めたソフィアは、精一杯の笑顔を作った。


「ううん! 何も無いのよ姉様。あのね、実はルーカス様のところでおやつ食べ過ぎちゃったの」

「まぁ、おやつを食べるのはいいけれど、先にお野菜やお肉などの食事の方を優先しなさいね」

「はい。ごめんなさい。明日からは気をつけるわ」

「そうしなさい。――でも、うっかり食べ過ぎるくらいに美味しいお菓子が出たの?」

「そうなのよ姉様! いつも美味しいものが出るの」

「それは興味あるわね」

「ふふっ、お店を聞いてるから、今度一緒に買いに行きましょう」


 ……つとめて明るくふるまう食事は、少しだけくたびれた。


 早く一人になりたくて、食も終えたあとにソフィアはすぐに私室に戻ることにする。



 そして、ベッドのシーツのうえに転がり大きな溜め息を吐く。

 うつむせになって枕に顔を埋めていると、頭の上でとぼけた声がした。


「おかーしあるだろ? だろ?」

「無いから。作る気分でも無いから、ちょっとどこか行っといて」

「むー。ざんねん」

「……はぁ。今は妖精の相手してる気分じゃないのよー」


 枕にぐりぐりと顔を押しつける。

 暫しして息が苦しくなったので、少しだけ身体を起こして枕の上で腕を組み、その上にほっぺを乗せた。


「…………」


 そんな姿勢のまま、ぼんやりと部屋の中を見渡す。

 お菓子が無いと知るなりどこかへ行ってしまったのか、今妖精は視界の中にいなかった。

 自分が「どこかへ行って」と言ったくせに、本当に居なくなると少し寂しい気分になってくる。 


(妖精……がきっかけでつながった縁、なんだよねぇ)


 ――ルーカスがフィリップ伯爵家で冷遇されていると分かった以上、ソフィアが三日に一度お菓子を持って行く必要は無くなったのだと思う。

 伯爵家の権力に脅される形で、ソフィアは菓子を持っていくようになったのだ。


「最初に父様宛に、伯爵様名義で挨拶の手紙が届いたのも……本物かどうか怪しくなってきたし」


 良く考えてみるとなんとなく、ルーカスが伯爵の名義と印を使ったのではないかと思うのだ。

 伯爵家当主の名前を出せば、ソフィアは断りづらくなると践んだのでは。


 実際に、家族や使用人、店の従業員に迷惑がかかるのを避ける為に言うことを聞くことになった。


 まぁ――全てはソフィアの予想でしかない。

 もしかしたら伯爵家当主は、兄弟のいさかいを本当に知らないのかも。


「伯爵様や奥方様、何度も通っても在宅してる時が一度もなかったし、本当に知らないという可能性もあるのかもなぁ」


 いろいろな可能性を考えながら、ソフィアはまた大きく溜め息を吐いた。


「どうしよう」


 正直、ソフィアに出来ることは本当に何も無い。

 でも――――今ももしかしたらルーカスが苦しんでいると思うと、自分まで息が苦しくなる。

 半ば脅される形で始まった関係。

 意地悪で、妖精におかしなまでに心酔している、おかしな少年。

 でも憎まれ口を叩きながらも美味しそうな顔をして食べて貰えることは、嬉しかった。

 ずっと何年も身内以外に食べて貰っては無かったから、新鮮だったのだ。


「あー……これ、完全に情が移ってるわぁ」


 ソフィアはゴロゴロゴロゴロ、唸りながらベッドを転がる。

 右に左に転がりまくって、うんうん考える。

 考えても考えても、どうすれば良いのかは分からない。

 ソフィアに出来ることなんて本当に何もない。

 エリオットが怖いから、近づきたくもない。



 でも。


 でも―――……このまま何もなかった振りを、見なかった振りをするのは、やっぱり嫌だなぁと思った。


 見て見ぬふりをしている間に、ルーカスに何かあったら。

 ソフィアはきっと、一生後悔する。

 

「……うん。だから、とりあえず。お菓子作ろう……かな」


 エリオットは怖くて近づきたくは無いけれど。

 でもルーカスとリリーに会うために、またあの屋敷にお菓子をもって行くのはとめられない。


 正直、この状況に自分のお菓子なんてなんの役にも立たないだろう。

 でもソフィアに出来ることは、お菓子作りだけだから。

 リリーが喜べば、リリーのことが大好きなルーカスも少しは嬉しいだろうから。

 とりあえずお菓子を作って、少しでも心が楽になればと思った。


 ものすごく変な理屈だと思うけど、とにかくお菓子を作るのだ。

 何の力も無いソフィアには、それしか出来ない。


「よし! 何作ろっかなー」

 

 やることが決まれば、少しだけ気分もあがってくる。


 勢いを付けて上半身を跳ね起こしたソフィアの声に、もちろんは彼らは敏感に反応する。

 瞬きする間に、三匹の下級妖精が現れた。

 瞳をきらきらに輝かせて、ソフィアにまとわりつく。


「おかし!?」

「いまさっき、きぶんじゃないっていってたのにー?」

「つくってくださるの!?」

「作りたい気分になってきたの! たくさん作って、明日も持って行くわ! 三日後なんて待ってたら、あの子ほんとに死んでそうだもの!」

「よいことだ! なにつくるー?」

「体調わるいだろうし、身体に良くて消化に良いお菓子にしないとよね。良いレシピあったかしら」

「ぼくもかんがえる」

「れしぴさがす?」

「そうね。一緒にレシピ本、見てみましょうか」


 とにかくお菓子をつくって、ルーカスとリリーに会いに行くことにしよう。


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