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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 信じきれなくて、信じたくなくて、思わず乾いた笑いが喉から漏れてしまう。


「は……待って、リリー」

「……」

「っ、その……ど、毒ってなに。エリオットって、ルーカスのお兄さんでしょう!?」

「兄だけど。でも、異母兄弟だわ」

「でも兄弟には変わりないわ!」


 兄弟にそんなことをするなんて信じられない。

 頭を振るソフィアを、リリーは物知らずな子供を見るみたいな目を向けて、小さく溜め息を吐く。


「……エリオットの母親より、ルーカスの母親の方が血筋が良いのよ。ルーカスの母親は現王妃の妹君」

「お、王妃様の妹!?」

「そう。だから弟のルーカスの方を跡継ぎにして王家とのつながりを強固にするべきではって話が、親類や他の貴族から出て来てしまう」

「ええと……つまり、お兄様のエリオット様は、伯爵家を継ぎたいから、邪魔なルーカス様を消したいってこと?」

「まぁ、そうね。他にも色々拗らせてるみたいだけど」

「……でも。どんな理由だって、弟に毒を盛るように命令するなんて――――だって、あんなに仲が良さそうだったのに。命を奪おうとするなんて、ありえないわ」


 ソフィアから見たエリオットは、穏やかで優しかった。

 脳裏に、一度だけ会った柔らかな雰囲気の青年が浮かぶ。

 弟のルーカスの髪を撫でたりして、とても可愛がっているように見えていた。


 そのエリオットがルーカスを害そうとしているなんて、信じられない。

 それが本当だとしたって、周りの使用人がそれを叱ることも、命令を拒絶することもなく実行するというのも、おかしなことだ。

 

 ソフィアの疑問に、リリーは憎々しげに口を歪ませる。


「……ルーカスと同じ。あっちも猫かぶりで対応しているってだけよ」

「そんな……」

「お馬鹿な子供を装っていた方が、向こうが舐めてきて攻撃が弱まるの。だからルーカスは所々であぁいう演技をするようになったの」

 

 彼の猫かぶりも、年齢にそぐわないきつい性格や口調も、身を守るために必要なものだったのだろうか。

 ソフィアは何か言おうと何度か口を開いたけれど、言葉が詰まって、もう何も出て来なかった。


 (なんで? 兄弟なのに……毒、とか……本気で? どれだけ仲が悪かったとしたって、そんな……跡継ぎなんて話し合いでなんとかならないの?)


 どれだけの諍いがあったとしたって。

 半分だけとはいえ血の繋がった弟に毒を盛るような―――そんな兄弟関係、ソフィアの常識ではありえない。


 貴族の家庭は色々とややこしく、ドロドロした事件が良くおこると聞いたことはあるにはある。

 跡継ぎ問題で相手の命を奪うとか。

 利権争いで相手を陥れるとか。

 なんとなく気にいらないから殺しちゃうとか。


 でもそんなの、本当に遠い世界の話だった。

 新聞や、噂話で聞く程度のもの。

 現実に、本当に、こんなに身近な人におこるなんて想像していなかった。


(ご両親は、どうしてるのかしら)


 子供の行動を止めないのか。

 ルーカスと初めて会った直後、一度伯爵から挨拶の手紙が家に届いたが、あれはなんだったのか。

 ぐるぐると色んな疑問が渦まく中、ただ呆然と突っ立っていた。

 そんなソフィアに、リリーが肩から視界の高さまで飛んできて、声をかけてくる。


「ソフィア、こっちの棚に毒消しと熱冷ましの薬があるの。それも水と一緒にルーカスに飲ませて」

「う、うん。でもちゃんとお医者様に見せた方が」

「貴族の家庭内の問題よ。その辺の適当な医者に見せて、表に出すわけにはいかないらしいわ」

「なにそれ……おかしいよ」


 ソフィアは顔をあからさまに歪ませた。

 もう落ち着いて熱も下がり始めてるとはいったって、あまりにもやるせない。


(こんなの、ありえない)


 だってソフィアは、父と母に愛されて育った。

 兄や姉に守られて育った。

 末っ子のせいか、可愛い可愛いと大事にされて成長した。


 毒を盛ったり、演技をして嘘をつきあったりする――――そんな家族関係があるなんて、実際の想像の範疇になかった。

 ソフィアの中の常識では、ルーカスの身に起きていることすべてが理不尽で受け入れがたいことだ。


「なんで……!? こんなの、どう考えたってやり過ぎでしょう? 相手がどれだけ気に入らないからってやって良い事じゃない!」


 訳がわからなくて。


 混乱と動揺と興奮で、泣きそうな気分になってくる。

 声を震わせるソフィアだったが、ぐったりとしていたルーカスが身じろぎしたことに気づいてはっとそちらに目を向けた。


「っぅ……」

「ルーカス様!」

「――ん」

 

 ソフィアの声にもあまり反応はなく、ルーカスはただぼんやりと天井を見上げている。


「えっと……はい、水。飲んでください」


 ソフィアは上半身を助け起こし、少しずつ水を口に含ませた。

 うつろでぼんやりとした瞳が少し覗くだけで、ソフィアの声が聞こえているのかは分からない。

 それでもゆっくりゆっくりと、時間をかけてコップの半分ほどの量の水を彼に飲ませてあげられた。

 一緒になんとか薬も喉を通させることに成功した。


「……っ?」


 暫し見ていると、水分を得たことで少しすっきりしたのか、ルーカスがぼんやりと瞳を開き、周囲をみわたしている。

 やがてソフィアを視界に入れると、眉が顰められた。

 そこで初めて、彼はソフィアがここにいることに気がついたのだろう。


「なんで、……お前が……」


 掠れた声で苛立たしそうに言われて、ソフィアは唇を引き結ぶ。

 いつもなら苛立つばかりの意地悪な口調。

 でも、今はただの強がりにしか聞こえない。

 もしかすると子供の彼ができる、精一杯の反発がこのきつめの言葉遣いと、作った天使の笑顔なのだろうか。


 ソフィアはグラスに水を新しく注ぐと、容器に残った方の水にベッドサイドに置いていた、先ほど汗をぬぐったハンカチをつけた。

 季節はまだ春には程遠く、手を付けた水はひんやりとしている。

 これなら熱っぽいルーカスの額を冷やせるだそう。

 ハンカチを水で洗って。

 きつく縛って、綺麗に畳み額に置くと、ほっとルーカスの唇から息が漏れる。

 それでも、ルーカスはソフィアへ険のある目を向け続けた。


「……帰れ。菓子の代金は、次にまとめて払うから……」

「お金目的じゃないから!」

 

 持って来た菓子の代金を待って、彼の枕元に居るのではない。

 ソフィアは腰を落として幼い顔を覗き込む。


「ねぇルーカス様。毒を飲まされたって本当ですか? お医者さんは? どうしてお兄様は、こんなことするのです? 跡継ぎ問題でここまでするなんてどう考えても変でしょう!」

「……リリー」


 ルーカスが珍しくリリーをにらんだ。

 リリーは気まずそうにさっとソフィアの影に隠れる。

 きっと元々、誰にも言わないように口止めをしていたのだろう。

 それをソフィアに漏らしたから、ルーカスは珍しくリリーに対して怒ってる。


「ルーカス様。隠さないで。事情を話してください。私、助けに――」

「いらない。帰れ」

「ルーカス様っ」

「……誰の手も、借りない」

「でも」

「いらない」

「っ……」


 それからソフィアが何を言っても。

 どう説得しても。

 ルーカスは命を狙われるほどに隔たりのある兄との関係についてきちんと話してくれなかったし。

 医者を呼ぶのも、誰か他の大人に助けを求めるのも頑なに拒絶されてしまう。

 それならとリリーの方に更なる説明を訊ねようとしたけれど、ルーカスの前だからか彼女も口をつぐんでしまうのだった。


 ソフィアが無理矢理に医者を引っ張ってきたとしても、家人であるルーカスの許可が無ければ門番も通してくれないだろう。

 門番も、もう信用できない。



(リリーから少し聞いただけだし。一方から見た話だけを全部信じるのもいけないんだろうけど)


 でも、体調の悪い子供にしつこく聞くのもはばかられる。

 とにかくソフィアは急いで外に果物と軽食を買いに行き、薬局で毒素を排出するというお茶なども買い求めた。

 それから急いでフィリップ伯爵家に戻ったけれど、ルーカスにはあからさまに嫌そうな顔をされた。

 もうこれ以上首を突っ込むなと、言うことらしい。


「帰れ。お前に菓子以上のものは求めてない」

「でも……」

「迷惑だ。いらない。誰の手も借りない。消えろ」

「っ」

 

 頑なに拒絶されれば、ソフィアも引いてしまう。

 だって明らかに異常で、おかしくても。

 他人の家庭事情で、ソフィアとは違う世界の貴族の事情に、どこまで踏み入って良いのかが、分からなかった。

 


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