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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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18/91

18



 ――――ソフィアが家族そろって賑やかで明るい食卓を囲んでいる同時刻。


 ルーカスは、広く静かな室内で、椅子に身体を沈め本を読んでいた。

 傍ではランプの光が一つだけ、揺らぎながら彼を淡く照らしている。

 明らかに光が足らない薄暗さ。

 しかし手元の本さえ見えるなら、ルーカス自身は構わなかった。


「……」


 そばにあるサイドテーブルに置いているのは、昼間に自ら町で買って来たサンドイッチとレモン水。

 食べかけのサンドイッチが紙ナプキンの上で長時間放置され、挟まれた葉野菜は萎びかけていた。

 そんなーーたった十歳の子供がするものにしては、ひどく寂しく冷たい夕食の時間。


  

 椅子も子供用ではないので、ルーカスの身体からすればずいぶん大きい。

 後ろから見れば、背もたれにすっぽり全部隠れてしまう。

 そんな小柄な体をさらに小さく縮め、ルーカスは椅子の上に三角座りをしながら本を持つ。

 青い目が文字を追う本の中身は、外国語の教本だ。

 

「……静かだな」


 しばらくして、目の疲れを感じたルーカスは顔を上げて小さく呟いた。

 部屋をぐるりと見回してみたけれど、どこかに出掛けているのか、妖精リリーの姿はない。


 子供がたった一人きり、広くて暗い部屋に置かれた状況。

 なんとなく、心が静かに重く沈んでいくような心地がしてきたので、ルーカスは深く息を吐いて、そんな不快な感情をやり過ごした。

 

 ふと、サンドイッチの脇に置いてある紙袋が目についた。

 ソフィアがおいて行ったクッキーが入っている紙袋だ。


「…………」


 特にお腹は空いていなかった。

 現にサンドイッチは半分も減っていない。

 けれどなんとなく、ルーカスは本を脇に置いて紙袋に手を伸ばす。


 折りたたまれた口を開き、一つ手に取った。

 星形にくりぬかれた薄茶色のクッキーだ。

 昼間に一枚食べたが、食べると素朴で甘い味がするものだった。


 ソフィアのお菓子が、こうしていつも傍にあるようになって既に二カ月。

 うるさくて、表情がころころ変わって、怒ったり笑ったり忙しい娘が三日に一度やって来る。

 彼女は無理矢理に菓子を作らせているルーカスを嫌ってもいいはずなのに。

 何故か頼んでもいないのに、こうして明らかに必要より多い量……おそらくルーカスの分まで作ってくる。

 しかもさらに、頼んでもいなかった手芸品などの贈り物をリリーに持ってきたりする、良く分からない存在だ。

  

(権力を見せて脅して作らせてるのに、あまり怯えた様子もないしな……本当に変な女だ)


 ーーサクッ。


 ルーカスは星形のクッキーを、一口食べた。


 広がっていくのは甘い砂糖とバターの風味。

 ほろほろと崩れる、頼りない食感。

 ごく普通のクッキーで、特別なところなんて何もないのに―――。

  

 なのに、とても優しい、胸が疼くような味がする菓子に、僅かに眉が歪んだ。優しい味が、不快だった。


「…………」


 それでもルーカスは食べることをやめずにもう一口、クッキーをかじった。

 何度か咀嚼して、甘さと食感を確認してから、呑み込もうとした時。


 ――――舌に、ピリッとした刺激が走る。


 昼間に食べた時には無かった、明らかに異常な刺激に、ルーカスは息を飲んだ。


「っ!?」


(しまった、油断した……!)

 

 普段から口に入れるものには気を付けていた。

 全部自分の足を使って買いに行って、屋敷で出されたものは決して口にしなかった。


 急いで口の中にあった分を吐きだしたけれど、すでに先ほど一口食べてしまっている。

 

 冷や汗が流れると同時に、全身にぶわっと熱が沸き上がる。

 心臓がけいれんしているみたいに早なって、呼吸が出来ない。


「――――ぐっ、……は……っ……!」


 ぜえぜえと明らかに異常な呼吸をし始めたルーカスは、背を丸めて苦しみに顔を歪めた。


(これ……毒か。しかも効き目が早いな……、そうとう強いやつじゃないか……)


 きっとさっき食事を買い出かけた時に、誰かに勝手に部屋に入られたのだろう。


 かけていた鍵は、気づかない間に開錠されていたらしい。

 そこでクッキーに毒を混ぜられた。

 ソフィアが毒を盛ったなんて考えは、ルーカスの中には一切のぼらなかった。

 

(あの女は、こんなことが出来る人間じゃない。絶対に)

 

 ーールーカスは無意識だったが、絶対に犯人がソフィアじゃないと信じられる程度には、ソフィアを信頼していた。


「っ……ぅ」


 ぐらりと自分の体が傾いたのは、ルーカスにも分かった。

 けれど、支えられるほどの力が入らない。


 ―――ガタンッ!


 ルーカスは椅子から転がり落ちた。

 全身を打ち付けた床の冷たい感覚が、頬に触れる。


「つ、っ、……く、そ……!」


 どうにか起き上がろうともがくけれど、結局震えて力の入らない手足ではどうにも出来ずに、荒い息を吐きだすばかり。


 視界が、歪む。

 苦しくて、息が出来ない。

 心臓が、全身が痛くて、辛い。

 死ぬかもしれない恐怖に、汗が一気に吹き出した。


「っ、がっ……っ…はっ……!」

「ただいまー。――――って、ルーカス!? ルーカス! ちょっと……!」


 視界の端に、銀の光が瞬いた。

 大切な妖精の名を呼んで「大丈夫だよ」と安心させてやりたかったけれど。

 口を開く前に、ルーカスの意識は飛んでしまうのだった。


「ルーカス! ルーカス‼ しっかりなさい……!」


 必死に自分を呼ぶ、今にも泣きだしそうなリリーの叫び声は、もうルーカスには聞こえなかった。



* * * * *



 ――そのころのソフィアは。


「姉様姉様っ。明日は午前中はゆっくりして、午後に体調が良ければお出掛けしましょうよ」

「良いわよ。楽しみね」

「えぇ、とっても! 姉様大好き!」


 姉のアンナに抱き付き、天使バージョンのルーカス以上にベタベタに甘えまくっていた。

 



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