17
ソフィアが急ぎ足で向かった家の前には、見慣れない馬車がとまっていた。
「もう帰ってる!?」
ちょうど女性がゆったりとした動作で馬車から降りて来るところも見えた。
ソフィアは早足を通り過ぎ、走る勢いで門前へ寄っていった。
すると、その足音に気づいたらしい彼女がゆっくりと振り返った。
「まぁ、ソフィア」
彼女はすぐにソフィアと同じエメラルドグリーンの瞳を細めて、両手を広げて迎えてくれる。
「ソフィア、ただいま」
「アンナ姉様! お帰りなさい!」
少しふっくらとした体型の彼女の柔らかな胸にとびつくと、ソフィアの頬にサラサラな髪が当たった。
ソフィアと同じはちみつ色の髪。
でも、ソフィアみたいに天然パーマがきつく扱いにくい髪質でなく、姉は綺麗なストレートだ。
胸の前で切りそろえられたサラサラな髪にも、穏やかで包容力のある性格にも、ソフィアは憧れている。大好きで尊敬する姉だ。
「まぁまぁ、ソフィア。少し会わない間に凄く身長が伸びたわね? 私と変わらないじゃない」
「そうかしら。自覚はないのだけど……でも、姉様に追いついたのなら嬉しいわ」
「私は、姉としては少し複雑ね」
そんなやりとりをしながら顔を見合わせ、姉妹揃ってクスクス笑い合う。
そうしているとアンナの帰宅に気づいた使用人たちが家から出て来た。
彼らが姉の荷物を運ぶのをソフィアも手伝って、どうやらお土産が入っているらしい手提げの布バッグを持ちつつ、二人で並んで一緒に玄関に向かった。
「そういえば、ソフィアはどこかに出掛けていたの?」
ソフィアが家の中からではなく、外から現れたことにアンナは不思議に思っているのだろう。
「えぇそうよ。お友達の家に届け物をしに。でも姉様が帰って来るから、急いで帰って来たわ」
「まぁ。私が原因で帰っただなんて、お友達に悪いわ。私はしばらく居るのだから、ゆっくりして来て良かったのよ?」
「姉様のせいじゃないわ。私が、早く姉様に会いたかったの!」
ソフィアは眉を吊り上げて、強い口調で主張した。
だってソフィアは、本当に姉に会いたかった。
彼女が来てくれる今日を、首を長くして待っていた。
姉のアンナは、両親が商売で忙しくあまり家に居ない家庭環境のソフィアにとって、一番長く近くにいてくれる人だった。
一昨年に結婚して離れて暮らすようになって以降、とても寂しい想いをしていた。
この里帰りの期間中、絶対にめいっぱい甘えてやるのだと、ソフィアは張り切っている。
(でもまずは、長いこと馬車に揺られて疲れてるだろう姉様を休ませないと)
「アンナ姉様。私ね、昨日シュークリームを焼いたの。一緒にお茶しましょう」
「まぁ嬉しい!」
「もちろんスワン型よ! 首も折れずにいい感じに出来たわ」
「ふふっ。最初の頃のスワン型は、全部首が立たなくて悲惨な見た目だったものねぇ」
「あれは、長くし過ぎたの! 長い方が優雅に見えるかなって思ったのよ!」
きのう張り切ってシュークリームを作ったのは、何より姉のアンナの一番の大好物だからだ。
ねだる妖精の分と、伯爵家に持って行く分と、家族の分とかなりの数を作った。
結構な労力がかかったけれど、予想通りアンナが喜んでくれてソフィアも口元が緩む。
「ただいま」
「姉様、帰って来たよー」
ソフィアの両親は忙しい。
早朝から夜遅くまで店に詰めっきりだ。
だから、いつもソフィアを迎えてくれるのはハウスメイドのオーリ―なのだけど……。
「お帰り、二人とも。アンナは長旅お疲れ様」
「ソフィアもアンナもお帰りなさい。 ねぇ――――元気にしているの? 体調は平気?」
今日は久しぶりに姉が帰ってくるということで、時間にあわせて一時的にだが戻っていたらしい。
玄関を入ってすぐに、父と母が足早に寄って来た。
「ただいま、母様、父様。元気よ」
ソフィアは両親と一緒にアンナのお腹に視線を寄せて、にやにやと相好を崩した。
アンナのお腹は、ふっくらと膨らんでいる。
彼女が実家に帰ってきた理由は、里帰り出産というものの為なのだ。
姉のアンナの夫である義兄は騎士をしていて、今は王都から丸一日西の方に走ったところにある町の砦で警備責任者として忙しく働いている。
そこで彼ら夫婦は二人暮らしなのだが、義兄は任務で近隣の町へ何日も出ていることも度々あるそうで。
身重のアンナが一人になることが多いのは心配だと、里帰り出産することになったのだ。
何より王都が一番医療が発展しているため、安心して産ませてやれるということもある。
それに王都一番に店が並ぶ大通りに近いこの家は、医師やら薬師やら助産師やらもすぐ呼びに行ける距離に居て、出産にはとても適した立地なのだ。
そんなわけでソフィアは甥っ子か姪っ子が生まれる辺りまで、大好きな姉と再び暮らすことになり浮足立っているというわけだ。
ソフィアだけでなく、父も母も里帰りの話が決定しからそわそわしっぱなしだった。
――父と母はやっぱり忙しい人で、アンナを迎えるとすぐに一つ通りの向こう側にある商会へと戻って行った。
ちょうど時間も良い頃合いなので、ソフィアは屋敷の一室で、姉とティータイムを始めることにする。
「姉様は座ってて! 私がお茶を淹れるんだから!」
「はいはい。ありがとう」
「でも本当に寝て無くて大丈夫? 丸一日も馬車に揺られてたのに平気なものなの?」
妊婦がどれくらい無理が効くものなのか、経験のないソフィアにはさっぱりわからない。
そんなソフィアに、姉のアンナはからりと笑う。
「平気よ。うちの人ったら凄く心配して、有り得ないくらいお高いふかふかの大きな椅子のついた馬車を借りて来るんだもの。普通に横になれるくらいにゆったりした作りだったし……家に居るより心地が良かったわ」
「そう……?」
アンナが平気そうなので、そのままお茶を続けることにする。
(姉様用に、妊婦の身体に良いらしい茶葉を商会を通じて手に入れて貰ったのよね)
その中からアンナに選んでもらったルイボスティーを、ティーポットに淹れてお湯を注ぐ。
そうやってワゴンの傍に立ち、紅茶を淹れるソフィアを目を細めて見守っていたアンナが、ふと口を開いた。
「そういえば、ソフィアってばフィリップ伯爵家のルーカス様と親しくなったんですって?」
「え?」
突然の話題に、ソフィアの目が泳ぐ。
動揺を悟られないようにと、必死にお茶を淹れるふりをしてやや斜め後ろに身体の向きを変えた。
「えっと、あー、そうね。っていうか、どうして知ってるの?」
「父様が手紙で書いていたわ」
「あぁ、父様が」
(余計なことを!)
ソフィアもアンナと手紙をやりとりしているけれど、ルーカスのことは書いていなかった。
だって明らかに変な友人関係だと思うのだ。
しかも実際には脅されての関係でもある。
妊娠中の姉に、心配を掛けたくなかった。
それでも父経由に知ってしまったらしい姉のアンナは眉を下げて伺ってくる。
「ソフィアからの手紙に書いて無かったということは、ソフィアは私に言いたくなかったってこと? 何か隠したいことがあるのかしら」
「そういうわけじゃ……別に、一々お友達ができた報告するような年でもないじゃない」
「そうだけど……今までは教えてくれたじゃない。今回だけっていうのは、何かあるのかと思って……」
ソフィアは、苦笑をもらす。
おっとりして見えるのに、とても勘のよい人なのだ。
でももちろん。妖精繋がりだなんていえない。
「ルーカス様は本当にただの友達よ。なんだか私のお菓子を気に入ってくれてるみたいで、一緒にお茶会を良くしてるだけ」
「そう? それなら良いのだけど」
まだ心配そうにこちらを伺ってくる姉に、ソフィアは淹れたばかりの紅茶を出しつつ笑う。
「もう、アンナ姉様。そんな小さなことで一々心配になってたら、体に悪いわよ? 大丈夫。本当に何もないの」
「そう………私が穿ちすぎたのかしら……」
「そうよ。あ、でも、心配してくれたのは嬉しいわ。有り難う姉様」
「……大切な妹だもの。幸せになって欲しいの。この子と同じくらいに」
そう言ってアンナは瞳を柔らかく細めて、自らのお腹を優しくなでる。
――そこで、アンナとソフィアの居た部屋のドアがガチャリと開いた。
目を向けると、父と母が顔をのぞかせていた。
「父様、母様。商会にもどったんじゃなかったの?」
姉妹で揃って首をかしげると、父と母は苦笑を漏らす。
「いやぁ、アンナが帰ってるって知った店の皆に、今日は早く帰れって追い出されちゃったよ」
「いつもソフィアに寂しい思いさせてるんだから、アンナも揃った今日くらいは、家族で過ごしてくださいですって」
「わぁ! 嬉しい! シュークリーム食べましょ? あ、二人とも昨日も食べたっけ……」
「あら、いくらでも食べられるわよ。このクリーム美味しいもの。ねぇ貴方」
「そうそう」
――その後、父も母と姉と一緒にソフィアは賑やかなティータイムをとった。
しかも夜も、家族みんなそろっての食事だ。
普段は一人での食事だから余計に嬉しくて楽しくて、何時になくお喋りに夢中になったし、たくさん食べてしまった。




