16
ルーカスの傍にいる妖精リリーの為に、ソフィアは絹のレース糸で三角ストールを編み上げた。
揺らすと光の加減によって光沢を放つ、滑らかかつ上品な質感。
それにレース編みならではの繊細さが加わった品になった。
(これ、かなりいい感じかも?)
リリーの好みかどうかは分からない。
でもとにかく、ソフィア的にはかなり良い感じに仕上った。
周りにいる妖精たちは、『お菓子みたいにキラキラしてない』と言いながらも、嬉しそうに花のモチーフを付けてくれている。
ソフィアが作ってもお菓子以外には力の効果は出ないと言う、少し肩透かしな結果に終わった実験だったけれど、久し振りの編み物は楽しかった。
* * * *
翌日は、お菓子を持って行く日だった。
なのでソフィアは部屋に通されるなり、すぐに作った三角レースストールをリリーへと差し出した。
「リリー、これ。リリーに合わせて作ってみたんだけど、どうかな」
「まぁ、これを私に?」
「うん。プレゼント」
手渡すなり、両手で広げたレースストールをじっと眺め始めたリリー。
なんだかまるで、ビックリして固まっているようにも見えた。
そんなにソフィアからのプレゼントは意外だったのだろうか。
「あ、あの。これね、リリーの着ているドレスにも合うかなって思ったんだけど」
「……」
「もしかして、趣味じゃなかった?」
「…………」
ソフィアの質問には、答えてくれない。
あまりの反応の無さに、このプレゼントは失敗だったかと思い始めて、ソフィアは眉を下げる。
「あのぉ? リリーさん? ど、どうでしょうか……」
もう一度話しかけても、ソフィアの声が聞こえていないかのようにリリーはふわふわ浮きながらストールを無言で眺めていた。
ーーしかし、しばらくして彼女はおもむろにストールを肩にかけた。
それから鏡のある壁際まで飛んで行って、くるりと一回転。
レースストールと長い銀の髪、そしてスリットからすらりとした足の覗くロングドレスの裾が、一緒に優雅に翻る。
「なるほどねぇ」
(何がなるほどなんだろ)
ソフィアが見守る中、リリーはそのまま、まるで踊っているかのように優雅に何回か周り、体の向きを変え、鏡をまじまじと眺めていた。
「……悪くないわ」
ややあって、リリーの口元が柔らかく緩んだ。
(気に入ってくれたみたい? 良かったわ)
どうやら喜んでくれたらしいことに、ソフィアは安堵の息を吐いた。
「大きさも丁度いい感じかな?」
「そうね。使いやすい大きさだわ。目測で作ったにしては上出来じゃないかしら」
「ふふっ、有り難う」
そこでソフィアとリリーのやり取りを、椅子に腰かけ足を組んだ状態で眺めていたルーカスが、口を開く。
「ふーん? お前は菓子だけじゃなく、こんなものまで作れるのか」
こんなものというのは、ストールのことを指しているのだろう。
細かなレース編みのストールに、驚いている雰囲気も少し垣間見えた。
(そういえば、ルーカス様はお兄さんとの二人兄弟だっけ)
彼らの母親が趣味としていたとかでない限り、男の人にとってはレース編みの品は馴染みのないものだろう。
「細い糸なので細かい作業になりますけどね。編み方さえ覚えちゃえば、意外に出来ちゃうものなんです。これは妖精サイズなので、一時間かからないくらいで出来ました」
「そうか。……リリー、これも妖精に取っては特別な品なのか?」
「いいえ? 特に何も感じないわ」
「みたいですね。うちの妖精達も、物珍しさに喜んではくれましたけれど、やっぱりお菓子の方が嬉しいみたいでした」
しかもせっかく頑張って手間もかけて作ったのに、あの子たちが喜んだのは最初だけ。
ソフィアの作った結構な数の花のカチューシャはすぐに飽きられ、邪魔だと外されてしまっていた。
部屋に転がるいくつもの花のカチューシャを見た時のむなしさったら。
それでも何匹かは気に入って付け続けてくれているから、今後は絶対作りたくないとも思いきれない。
「ソフィア」
「ん、なに? リリー」
いつの間にか、リリーがソフィアの目の前に来ていた。
視線の高さで浮遊する美しい妖精は、こちらを伺うように青い瞳を向けて来る。
「リリー? どうしたの」
「その……また、……何か出来たら持っていらっしゃいな」
「だそうだ」
「わ、私はファッションにはうるさいから、お洒落なものを作りなさいねっ」
「その通りだ。リリーの美しさに負けないものにしろ」
「はぁ……ルーカス様は相変わらずですね……」
ルーカスはリリーが喜ぶなら何でも良いようだ。
でもなんとなくリリーは、何でも良いわけでもなく。
ソフィア家にいる妖精のように物珍しいから興味をひかれているわけでもなく。
本当に気に入って、大切にしてくれるような気がした。
だって本当に大切な物のように触れ、珍しくはにかみを見せてくれてもいる。
今もきゅっと、羽織ったストールの端を押さえて指先で弄っているのだ。
彼女の言葉は少しツンと尖ってはいるけれど、喜んでくれているのだと分かった。
こんな反応を貰えると、ソフィアは嬉しくなってしまう。
また何か作ってあげたいと、想ってしまう。
「うん。じゃあ、また作るね。でも私が作るのが一番楽しいのはやっぱりお菓子だから。基本はお菓子になるかも?」
「構わないわ。お菓子が無くなるのが一番困るもの」
「そうだ。お前はリリーの為の菓子職人なのだからな。その為に僕と結婚して一生仕えてくれれば尚いい」
「お断りします」
リリーと違い、ルーカスの方は本気でソフィアを見下げた発言をしてくる。
嫁を思い通りになる道具として考えているような節さえある。
こんな子の嫁になるなんて、絶対に何があってもあるはずがない。何がなんてもこれだけは譲らない。
とにかくリリーの反応を見て満足したソフィアは、次にバスケットを差し出した。
「じゃあ、あとはこっち。今日のお菓子です。シュークリームと。バタークッキーとチョコチップクッキー」
大きめの紙ナプキンで一つずつ包んでいるシュークリームを二つと、クッキーを入れている紙袋を一袋、机の上に出す。
持って来たシュークリームは、持ち運びのしやすさを考えて普通の丸型だ。
クッキーの方は色んな型で抜いたもの。
星の形やハートの形、動物の形などしていて、目で見ても楽しいクッキーだ。
「シュークリームは昨日作ったものなので、もう今日中には必ず食べちゃってくださいね。クッキーの方は、だいたい一週間くらいはもつかな? でもやっぱり出来るだけ早く食べちゃった方が美味しいとは思います。湿気ちゃいますし」
「あぁ、分かった」
袋の口を開いて、中の菓子を確認したルーカスは、直ぐに顔を上げる。
「ご苦労。――金額は?」
「ええと、材料の領収書がこちらです。うちにもともとあった材料それぞれがまぁまぁ大体これくらいの金額分使ったかなって感じです」
「……」
ソフィアが出したのは領収書とメモ。
自分の作ったお菓子の対価にお金を受け取ること。
お金をもらえるほどの出来では無いと恐縮も困惑もしていたが、二カ月近くたつと流石になれてきた。
ルーカスはソフィアの出した金額を確認すると、立ち上がって部屋の隅にある棚から材料費に手間賃を加えた金額を手渡した。
「有り難うございます。じゃあ、私はそろそろ帰りますね?」
「……? もう帰るのか」
「はい」
いつもは持って来たお菓子を食べるリリーの反応を確認しつつ、フィリップ伯爵家のメイドさんが出してくれたお茶とお菓子をソフィアも楽しむ時間があった。
だから品物を渡しただけで帰ろうとするソフィアに、ルーカスが不思議そうな顔をする流れは当然なものだ。
(この家が出してくれるお茶請けのお菓子、美味しくってついつい頂いちゃうんだけど、今日は我慢……!)
――――だって今日のソフィアには、早く家に帰らないといけない理由がある。
「今日は楽しみなことがあるので、帰らないといけないんです!」
「……? そうか」
楽しみの余りに明らかにそわそわしだしたソフィアに、リリーは興味をひかれたようだった。
「何かあるの?」
「うん」
特に隠すことでもないので、ソフィアは答える。
嬉しくて、つい口元を緩ませてしまいながら。
「別の町に嫁いでいったアンナ姉様が、里帰りしてくるの。久し振りに会えるのが嬉しくって、そろそろ着く時間だから早く帰りたいの」
「へぇ。そういえばソフィアは、お兄様もいたわよね」
「うん。兄様は今は地方の別店を任されているから離れて暮らしてるわ。将来的にはこっちに帰って来て本店を担う予定だけど……どっちもあまり会えないけど、大好きよ」
「……そう。仲が良い兄弟で羨ましいわ」
「子供のころからずっと、両親は商売で忙しかったから。その分、ずっとそばに居た兄妹の距離が近いのよ。でも、ルーカス様みたいにベタベタに甘えることは流石にもうないけど」
ソフィアからみたら、甘ったれた態度で兄エリオットの腕に抱き付いて甘えた声を出していたルーカスもたいがいだと思う。
一度挨拶して以来、会ってはいないのだけど。
それでも彼らの関係は変わらずベタベタしているのだろうと、ちょっと揶揄いも込めて指摘すると、ルーカスに「ふんっ」と嫌そうに顔を反らされた。
その後、あまりにソフィアが浮足立って見えたのか、ルーカスもリリーも引き留めることなく。
この日はストールとお菓子を渡すという、滞在時間十五分たらずでソフィアは、中身を出した空のバスケットを手にさげ、ソフィアはフィリップ伯爵邸を後にしたのだった。




