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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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「ルーカス? そちらのお嬢さんは、どなただい?」

 

 ルーカスとソフィアの居た応接室にひょいっと顔を出したのは、大人の男の人だった。

 年は二十歳前後くらいと言ったところだろうか。

 撫で付けた茶色い髪と瞳。

 銀縁の眼鏡をかけた長身の人で、なんとなく温和そうなおっとりした印象を受けた。


(誰かしら?)


 首をかしげつつも、台詞やルーカスを呼び捨てにしている所からして、この家の人ではあるらしい。

 ソフィアは挨拶をしようとソファから立ち上がった。

 しかしソフィアが口を開くよりも前にルーカスが動き出して、タイミングを失ってしまう。


「エリオット兄さん! 僕の婚約者を紹介するよ!」


(エリオット……兄さん?)


 容姿は似ていなかったけれど、どうやら兄弟らしい。

 それにしても気になるのは、ルーカスが突然天使バージョンになったことだ。


(もしかしてこの子、お兄さんに対してもこの演技なの? いやそもそも待って! 婚約者ってなに!!! この馬鹿!!!)


 許可なんて絶対していないのに、どうして婚約者として紹介されているのだ。


「ルーカス様! 何言ってるのですか!」

「彼女は僕の恋人!」

「待って! ストップ!」


 ソフィアの制止なんて意味はなく。

 ルーカスは椅子から可愛くジャンプして降りて、兄のエリオットの元に駆けて行った。

 そしてエリオットの腕に絡みつく。


「ふふっ」


 さらに兄の腕に抱きつきながら、上目遣いで相手を見上げる姿は、甘えたな年の離れた弟そのもののように見えた。素の彼を知らなければだが。


「ルーカス、今何て? 婚約? 恋人?」

「そうだよ! あのね? 彼女はソフィアさんって言うんだ。僕、彼女と結婚したいんだー!」

「とつぜん何を言い出してるんだ」

「だってエリオット兄さん。僕、ソフィアさんのことが好きなんだ。ずっと一緒にいたいんだ!」


 エリオットは当たり前だが、眉を下げて困ったような顔をしている。

 いきなり十歳の弟に恋人を紹介されて、しかも結婚したいとまで言われたのだ。まぁ驚くに決まってる。


「良いでしょー?」

「ええと、だな…………待て……待て待てルーカス。ちょっと落ち着いて話を、」

「兄さんの方が落ち着いて? ーーでね。できれば今年中には籍を入れちゃいたいなぁと思ってるんだ」

「いやいやいや、あのな? ルーカス、いいか。長男の私より先にお前が妻を貰うと言うのはだな……その、外聞的にも色々と問題がだな? そもそも十歳は早すぎるしな?」

「でもエリオット兄さん。僕はソフィアさんが良いのです! 彼女と結婚したいのです!! とにかく早く!!」


 無邪気な子供らしく、少し頬を膨らませて我儘っぽく駄々をこねる。

 でもソフィアは、その無邪気な様子に寒気がした。


(何という演技派…! 笑顔だけじゃなく拗ねた顔まで出来るなんて! 最近のお子様、怖すぎる……!)


 容姿が可愛いから、無邪気な子供の演技がとてもうまくハマっている。

 知らなければ確実にだまされるレベルの演技力だ。

 怖い。


 そのルーカスの兄であるエリオットは、弟の肩に手を置いて、落ち着かすためか彼を軽く叩きつつもソフィアを振り返った。


「――――ええっと、ソフィアさん……だっけ?」

「は、はい。ソフィア・ジェイビスと申します。初めまして」


 やっと挨拶するタイミングがきた。

 初対面の大人ということで、ソフィアは背筋を正して自己紹介した。

 ドレスの裾をつまんで少し腰を落とす、簡易な礼も加えて。

 その様子を見ていたエリオットは、しばし考えるような仕草をしたあと、思いついたように「あぁ」と声を漏らした。 


「ジェイビスって、もしかしてジェイビス商会の子かな。大通りにある食料品系の商会の」

「はい、そうです。父が経営している商会です」

「そうか。よろしくね。評判はかねがね聞いているよ…………あの、うちの弟が悪いね」


 ルーカスの「ソフィアを嫁にしたい」発言に、ソフィアが困った様子なのはエリオットも気付いていたのだろう。

 苦笑しながら、エリオットは自らの腕に絡みつく弟の髪を撫でた。


「この子は、見た目通り色々とふわふわっとしていてね、あまり物にも人にも固執すると言うことが無いはずなんだ。とりあえず笑って誤魔化しておけ、みたいな適当な感じだし」

「そうですか……」


 地の彼に、ふわふわしたところなんて微塵も見受けられない。

 十歳児とは思えない腹黒さだ。


(それにしても。どうしてお兄さんなんて、一番近しい人に対してもかわい子ぶりっこしているんだろ、この子)


 なぜかは分からない。

 でもエリオットは、ルーカスの今の態度を不思議に思っている様子はなかった。

 つまり相当昔からルーカスは、この天使の仮面をつけていることになる。


(十歳児の相当昔って、いつ……? いやもしかして私に見せていた意地悪な性格のほうが演技だったりするの!? えぇぇ、もう訳がわかんない!)


 混乱して、もうどう反応すれば正しいのか分からないソフィアは、とりあえずその場しのぎで愛想笑いを浮かべて返した。

  

「あはははー。そうなんですね」

「……。そんなルーカスが、どうして君に興味を持ったのか。それも色々すっ飛ばして結婚だなんて……気になるね」


 そこで細められた、探るような、厳しい青い目にソフィア気づき、納得した。

 

(あぁ、そうよね。私がだましてる側かもと疑われても仕方ないわ)


 五歳も年下のお子様であっても、ルーカスは貴族の家柄である。

 きっと家柄を欲した平民の商人の娘のソフィアが、色仕掛けでもかけてルーカスを落としたとでも思われたのだろう。

 彼はルーカスのことを心配している。

 だから、ソフィアに今こんなふうに、口調は柔らかく対応しつつも、少しきつい眼差しを送ってきてるのだろう。

 ソフィアがルーカスの発言に困っていたのも、浅ましい演技だと思われたのかもしれない。


(弟思いの、良いお兄さんなんだなぁ。弟はこんなだけど) 


 とりあえず、ソフィアはおそるおそる口を開いた。


「……あの、エリオット様は、妖精って信じます?」

「は?」

「すみません。何でも有りません」


 ルーカスが自分に興味をもった理由を話してみようかと思ったけれど、これは信じて貰えないと察してソフィアは首を振った。

 どうやら彼は『祝福の瞳』のことを知らないらしい。


「変なことを聞いてすみません」

「いや。――――なんとなく、ルーカスとの共通点が分かったような気がしたよ」

「共通点?」

「この子もね、一時期――――――私の祖母が亡くなってすぐの頃から、妖精がどうのとか」

「私の…………?」

 

 私たち(・・)の、ではなく私()、とエリオットは言った。

 瞳を瞬くソフィアに、彼は苦笑する。

 

「あぁ。私の母親は十二年前に亡くなっている。父上が迎え入れた後妻が、十年前にルーカスを生んだんだ。だから母方の祖母とこの子は、血が繋がってないんだよ」

「は、はぁ」


 つまり、兄のエリオットはこの伯爵家の当主の前妻の子。

 弟のルーカスは、今妻の子。

 腹違いの兄弟ということなのだろう。

 そして時期からして、ルーカスはエリオットの母方の祖父から力を受け継いだということか。

 なかなかややこしい。


(なんか、そんな家庭環境あっさり聞いちゃっていいのかな、私)


 困ったようなソフィアの反応に気が付いたのだろう。

 エリオットが苦笑して肩をすくめる。


「貴族社会では有名な話だよ。隠してなんかいないし、私とルーカスの間には何の隔たりもない、仲のいい兄弟だ」

「そうですか」


 仲の良い兄弟に、ルーカスがどうして演技しているのかという疑問はあるけれど。

 つらい家庭環境ではないということに安堵し、ソフィアはほっと息を吐いた。


 そこで、エリオットと話していたソフィアの腕をルーカスが引っ張る。

 見下ろすと無邪気な笑顔を兄へと向けていた。

 

「ねえエリオット兄さん。ソフィアさんは良い子でしょ? 結婚してもいいでしょ?」

「いやいや。話している感じだと、まぁ悪い人ではないとは思うけれど……いきなり結婚だなんて認められるわけないだろう。ええと、そう…お友達だ。お友達になりなさい。私が知らないと言うことはあまり親しいわけでもないんだろう。友達になって色々知って、それでルーカスがもっと成長したときにもまだ好きなら、その時にパートナーとして父上に紹介すればいい。その時には、私からも父上に口添えしてあげよう」

「えー」

「これ以上は譲れないよ」


(まぁ、当然の判断だわ)


 ルーカスが成長して結婚を考えるような年齢になった時、ソフィアはもうとっくに結婚をしていなければならない年齢になっている。

 よほど嫁ぎ遅れてしまわない限り、ルーカスとの結婚は有り得ない。

 要はエリオットは時間を置いて、ルーカスにソフィアとの結婚をあきらめさせようとしているのだろう。どうせ子供の一時の我儘だから、そのうち飽きるだろうと思っているのかもしれない。

 そもそも身分的に考えても、あり得ないことだ。


「ともだちかぁー」


 能天気な天使のごとく無邪気さに見える口元に人差し指をあてたポーズで「うーん」と考え込んでいたルーカスは、ぱっと顔を上げる。

 キラキラな笑顔がこちらに向けられて、凄く眩しい。


「ま、今はそれでもいっか。ソフィアさんが家に来てくれるなら!」

「えー……」

「ふふっ」


 ルーカスがエリオットから離れてソフィアのほうに走ってきた。

 そして今度はソフィアの腕に腕を絡ませる。

 なんの冗談でじゃれられてるのやら分からない。

 しかし突然、腕に絡まされているルーカスの手が、ソフィアの二の上の肉をぐりっと摘まむ。


「っ……!」


 服越しだからすごく痛いという程ではなかった。

 それでも抓られる刺激に顔を顰めるソフィアに、キラキラの笑顔の圧力がかかる。


「ソフィアさん、絶対にまた遊びに来てね。お菓子を持って!」

「―――はい……」

「毎日!」

「それはちょっと……ほんとにちょっと……」


 首を振るソフィアに、ルーカスは寄って来て背伸びをして兄に聞こえない声で囁く。


「あと、今は友達で我慢するけど、やっぱり一生お菓子を得られる権利が欲しいから、君を娶るのを僕は諦めないからな」


 強い、本気の声色にぞわりと背筋から悪寒が走った。







 ――その後すぐに、ソフィアは玄関で天使の笑顔のルーカスにブンブン両手を振って見送られた。

 

「じゃあまた、遊びに来てね! お菓子、持ってきてね!」


 とにかく『お菓子を持ってくること』を強調された。

 「僕の妖精の為に!」という、妖精リリーへの愛をひしひしと感じつつ、ソフィアはぎこちなく頷いたのだ。

 

(頷いちゃったけど、でももう二度と来たくない……)

 

 見た目だけは天使な妖精大好き腹黒少年と、これ以上関わりたくない。

 伯爵家に滞在していた時間はそんなに長くないはずなのに、ものすごく疲れた。


(……今度呼び出しがかかっても、どうにかこうにか断ろう……。なんか、ただの子どもの我儘で呼び出されただけで、伯爵様自身は関係ないような感じだったし。お兄さんのエリオットさんもさりげなく離したがってる雰囲気だったし。断っても問題ないよね)


 伯爵家としても、ソフィアとの結婚なんて子供の一時のわがままで終わらせたいはず。

 もう二度と、関わらない。

 心にそう決めて、我が家に帰ったのだった。






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