序章 巡り会えた事に気付かぬ幼きツガイ達
毎年、春先になると大陸一大きな国に、子息・御令嬢が大人に顔と名を覚えて貰う為の社交界へ参加する為に集まる。
出席義務は無いが子供の将来を憂う親にしたら、将来に関わるかもしれない絶好の機会。遊びたい盛りの子供の意思を尊重する事が決まっていても、あの手この手で連れて来る者が多数いるのが事実だ。
とは言っても、何かしらの事情や理由がある一部の王族と男爵以下だけなのだが……。
『時に荒療治も必要だ』『セイ?その性格だと、女の子に嫌われるよ?』無理矢理押し込まれた馬車内で、僕の三つ子の兄達に言われた言葉。
人が沢山居る所なんて行きたくない。
僕は、人付き合いより寝てる方が好きなんだ……。
数分差の三つ子なのに、性格も毛色も全く違うのは何でだろう?
皆が次の玉座を任せた文武両道のガイ。
許嫁と仲が良くて、身内に良い意味でも悪い意味でも甘い、一番最初に産まれたゆるふわウエーブのブリンドルカラーが目立つ兄。
誰とでも仲良くなれるのが自慢のルイ。
何故か知らないけど、男の子と居る時は少し怖い。二番目に産まれた同じくゆるふわウエーブのフォーンカラーが陶酔レベルで自慢の兄。
無いもの強請りなんだって分かってるけど、兄ちゃん達に僕の分が奪われたんじゃなかったら……。
考えただけで涙が出てくるよ。デビューが許される年からずっと逃げてたのに、ルイに騙されガイに押し込められ、散々だ。逃げられないし、隅っこでお菓子でも食べとこ。
ー城内ダンスホールー
「この焼き菓子、初めての味だけど、美味しい」
「お菓子で女の子を誘う切っ掛けにしようと思わないの?紳士の嗜みだよ?」
擦れ違い様にルイ兄ちゃんに言われたけど、聞こえない振りしとこ。
どうせ、挨拶回りで父さんと兄ちゃん達は直ぐに居なくなるし、小言を真面目に聞いてなくても怒られない。
っと、食べ物が並べられたテーブルに移動し終えたそのタイミングで悠々と最後に現れたのは、この城の王族達。己が強さを誇示するような力強い蹄が、毛足の長い絨毯を踏み締めている。
スラリとした獣の脚と、絶妙なバランスを誇る身体。
尻尾とお揃いの髪はキラキラと輝き、男女共に美しく神が作りたもうた至高の人種と褒め称えられるだけあって、周りは既に色めき立っていた。
「今回は、自慢の息子を全員連れて来れたようだな」
「やぁ。久しぶりだね。今回は、君のたった一人の愛娘のデビューの日なのだよ?欠席させる訳にはいかんだろう」
「まぁ、私達の可愛い娘の為に来て下さって、嬉しいですわ」
大人達の談笑が始まり出し、子供達だけの輪が出来盛り上がり始めた頃、離れた所で一人、我関せずの態度でお菓子を食べていたセイの視界に、眩しい光が差す。
不思議に思って顔を上げると、壁にピタリと身体を付け、不安気に辺りを見回しては視線を泳がせる女の子が居た。
身綺麗にされていても、大人達と違って尾毛とドレス下から覗く脚はモコモコしていて身長も低い。
壁の花になろうと本人は必死なのだろうが、如何せん金色に輝く髪と尾毛が目立ち過ぎている。
『うわ~。ピカピカしててお日様みたい。一人なのかな?ルイ兄ちゃんが言ってたし、お菓子あげたら喜んでくれるかな?でも……声を掛けて返事をしてもらえなかったり、オドオドしてて男らしくないから嫌いって、言われたらどうしよう?』
パライバ色の瞳に合わせて設えられた、グリーンのグラデーションが美しいドレスを纏い、親に誘われて入室したのは金の髪と尾毛が美しくも可憐な女の子は、両親が離れて直ぐに壁に身を寄せてしまう。
今年、五歳を迎えた国王の一人娘マノンは、『王族は何故、一度は顔見せしないといけないのか』と、誰にも会わせたくなかった不満と愚痴を溢して二の足を踏む両親のせいで遅くなってしまったのだが、最後の出席者として逆に悪目立ちしてしまっていた。
チラチラ見られても輪の中に入っていく勇気が湧いて来なくて、お開きになるまで耐え忍ぼうとドレスの裾を握り締めて、開け放たれたテラスから僅かに見える外の暗さを何度も見てしまう。
そうして、何度か視線を彷徨わせていた時、紫の目とぶつかった。
彼女は、自分の大好きなタンザナイト色の花みたいだと、思わず目を止めてしまう。
『あっ、お花だ。耳と尻尾が夜空色、彼方此方に生えてる白い毛がお星様みたいで綺麗。もう少し見ていたいけど、皆と離れてるって事は、許嫁がいらっしゃるのよね。相手の方に誤解されないと良いのだけれど』
双方の心中など知る由もない女の子が彼女に話し掛けたのを皮切りにして、一瞬で人だかりが出来たかと思ったら、次々とダンスを申し込まれ、瞬く間に皆の注目を一手に引き受ける主役になった。人付き合いが苦手なセイは、ホールのど真ん中に出てダンスを申し込むなど考えもしないだろう。
この時、既に一目惚れした両者は恋に落ちているのだが、それを知るのは、遠くで見ていたお互いの両親だけだ。自身の子供に微笑みを向けた大人達は、ちらりと相手の親に視線を送り酒を酌み交わす。
―――何時の世も、親は子を思い生きているものだ―――