第7話 正しい装備の仕方
ベッドで寝ていた俺は目を覚ました。
上体を起こし、寝ぼけた頭で周りを見る。
(あれ……? ここ……、どこ……?)
周りを見渡すといつもの俺の部屋ではなく、どこか知らない部屋のベッドだった。
段々と、意識がはっきりしてきた俺は昨日の出来事を思い出した。
(そうか……。俺、異世界に来ちゃったんだったな……)
そんなことを考えながら、隣を見るとあどけない寝顔で眠っている少女がいた。
その眠っている姿は可愛いらしく、頭を撫でてあげたい欲求が湧いてくるほどだ。
(ユリカはまだ寝てるのか。それにしても……、寝ている姿は完全に可愛らしい女の子だな)
しばらくその寝顔を眺めていたが、ふと窓の外を見る。
外はバケツの水を引っ繰り返したような大雨が降っていた。
これでは、わざわざ外に出る気力もなくなるというものだ。
(今日は宿の中にいて、ユリカに色々話を聞いてみようかな)
そんな風に今日の自分の予定を決める。
しばらくしたら、尿意を感じたのでトイレに行く。
やはり赤い印の扉の前で少し躊躇はあったが、二回目ということもあり入ってしまえば特に問題なく済ませられた。
(『一度やってしまえば、抵抗は薄れる』というのを何かで見たことあったけど、案外当たってるのかもな……)
そんなことを考えながら、部屋に戻るのだった。
部屋に戻ると、ユリカが起きていた。
「ユリカ、おはようございます」
「先に起きてたのか……、おはよう……」
俺はベッドに腰掛けながら挨拶した。
ユリカは寝起きなのか、目を擦り欠伸をしている。
顔を洗いたかったので、体を伸ばしている彼女に尋ねてみることにした。
「ユリカ、顔を洗える場所はありますか?」
「んん~……。……下に降りて、おっちゃんに頼めば用意してくれるぞ」
「じゃあ、一緒に朝食も頼んで朝ご飯にしましょうか」
ユリカは頷いてベッドから這い出してきた。
俺達は腕輪を操作し、昨日着ていた服を装備欄に装備して着替えを済ませる。
着替え終わったので、彼女の方を見てみるとなにやらまだ操作していた。
「どうしたのですか?」
「ん? ああ、髪を整えようと思ってな」
ユリカの頭を見ると、確かに寝癖がついていた。
彼女が腕輪を操作すると頭が若干光り、光が納まると昨日と同じ髪型になった。
当然寝癖の跡などまったくない。
「腕輪の装備って服だけじゃなくて、髪にも作用するのですね」
「ああ、だから寝癖とか髪型直すの楽で助かってる」
ユリカは髪に手を触れながら笑っている。
俺は装備欄を開いて、同じように髪型を選択する。
すると、俺の髪が光り出し少しの間の後、光が収まる。
俺は自分の髪に触れて確かめる。
(髪型を直すのは自分でするのは無理だったし、マイキャラは髪の毛長いから寝癖直すのも時間かかりそうだったからな~。これは助かる)
整った髪型を手で確認しながら俺も笑っていた。
そうして、確認を終えた俺達は下の階に降りることにした。
一階に降りるとすでにおっちゃんはカウンターの中で何か作業をしていた。
俺は作業中の彼に声をかける
「おはようございます。顔を洗いたいのですが、お湯を頂けますか? あと、朝食もお願いします」
「二人ともおはよう! 今、準備するからちょっと待ってな!」
俺はおっちゃんに挨拶をして、洗顔に使用するお湯と朝食を頼んだ。
それを受け、挨拶を返した彼はカウンターの奥に消えていく。
俺とユリカは近くにあったテーブルに着いて、のんびり待つことにした。
しばらくすると、おっちゃんが桶と数枚の布を持って戻ってきた。
「持ってきたぞ。これから朝食の準備するから、顔洗って待ってな」
「ありがとうございます」
「ありがとな、おっちゃん!」
テーブルに桶と布を置いたおっちゃんに、俺達は礼を述べた。
そして、おっちゃんは再びカウンターの奥に消えていった。
持ってきた桶が一つだったので、昨日体を拭いた時と同様に布を濡らして顔を拭く。
(少しすっきりして目覚めてきたな。あとは朝飯だ~!)
そんなことを思いながら顔を拭き、濡らしてない布で水気を拭き取っていく。
使った布を畳んでまとめていると、朝食ができたらしくおっちゃんが運んできてくれた。
「ほら、朝食お待ち!」
「お、今日も美味そうだな!」
運ばれてきた朝食を見て、ユリカの表情が綻びる。
朝食は軽いサラダとコッペパンのようなパンだった。
食べられる量が減ってしまった今の俺にはちょうどいい量だった。
「「いただきます」」
俺達はそう言い、朝食を食べ始めた。
朝食を終えた俺達は、部屋に戻ってきた。
俺達はそれぞれのベッドに腰掛け、俺は窓の外に目を向ける。
外は朝と変わらず大雨だった。
「ユリカは今日どうするのですか? 私は腕輪のメニューを一つ一つ確認してみようと思っていますが」
「ん~……、どうすっかな。この雨じゃ、外出れないしな」
ユリカは腕を組みながら窓の外に目をやる。
彼女の返事を待ちながら俺はメニューを一つずつ確認していく。
まずはアイテムの項目。
昨日も確認はしたが、パッと見程度だったので細かく確認して整頓するつもりだ。
そして、整頓を始めてから数分ですぐに問題が見つかった。
(アイテム欄の約半分が服とアクセで埋まってやがる……。倉庫があれば、移したりできるのに)
倉庫とは、手持ちのアイテムを預けておける施設だ。
倉庫には無料倉庫と課金倉庫の二種類があり、それぞれで預けられる個数が異なる。
まあ、俺は無課金プレイヤーだったので無料倉庫しか使ったことはなかったが。
「ユリカ、この世界には倉庫ってあるのですか?」
「いや、倉庫はないな。ゲームだった時にあった倉庫屋は、建物ごと消えちまってるからな。当然倉庫に入れてあったアイテムもパーって訳だ」
ユリカは消えたのを表すように握った拳を開いた。
どうやら、倉庫自体が存在しておらず使用できないようだ。
それを聞いた俺は溜息を吐きながら肩を落とした。
(倉庫屋自体消えたんじゃ、倉庫使えないよな~……)
落ち込んでいる俺をユリカが見つめていた。
「倉庫使いたかったのか?」
「はい、手持ちの半分が装飾系装備で埋まっているので倉庫に預けたいなと思って」
俺の言葉を聞いたユリカは苦笑しながら、なだめてきた。
「まあ、ないものはどうしようもないししょうがないって。倉庫に入れっぱで一気にすっからかんになったやつもいるんだから、手持ちにあってラッキー! 程度に思っとこうぜ?」
「そうですね……、そうします」
ユリカにそう言われた俺は気を取り直して、次に装備欄を見てみる。
装備欄には体を守る防具三つに、服飾系装備二つを身に付けており、武器欄のみ空欄になっていた。
俺はアイテム欄にあった愛用の大鎌を武器欄にセットする。
すると、何やら急に背中が引っ張られベッドに倒れこんでしまった。
(え? 何かに引っ張られたぞ!?)
背中には冷たい何かが触れている感触がある。
必死に起き上がろうとするが、背中がなぜかすごく重く起き上がることができない。
起き上がろうともがいている俺を見てユリカが笑う。
「ふふふっ! お前もやっちゃったな、エリア」
「え? あの……?」
笑いながら言うユリカに対して、何が何やら分かっていない俺は困惑した表情で彼女の方を見やる。
するとやれやれと言った表情で、俺の背後に回り体を起こしてくれた。
「重量のある武器を使ってるやつは武器を背負っちゃだめだぜ。今のお前みたいにそうなっちゃうからな。とりあえず、いったん武器外しな」
俺はユリカの言葉通りに腕輪を操作すると、装備の武器欄から愛用の大鎌を外しアイテム欄に戻す。
その瞬間背中に感じていた重みが消え、自分で上体を起こせるようになった。
それを見届けた彼女は再び自分のベッドに腰掛ける。
「やっと、起き上がれました……。ベッドの上じゃなかったら、大変でしたよ……」
「あははは! まあ、みんな一度はやることだからな。俺もやったし」
ユリカは笑いながら、徐に立ち上がる。
そして、ベッドから離れ少しずつ距離を取っていった。
俺は離れていく彼女を見つめる。
ある程度の距離を取り、周囲を見回した後こちらを向いた。
「まあ、普通に装備するとああなるからな。だから、俺達重量武器を使う転移者はこうするのさ」
ユリカは目を閉じて一度深呼吸し、目を開けると宣言する。
「来い! ハードブレイカー!」
ユリカはそう宣言し右手を前に突き出す。
すると、彼女の右手に柄の部分が納まるように光が集まり斧の形を形成していく。
そして、集まった光が斧の形に形成されると光が弾け、その右手には少女の身長を越える大きなハルバードが握られていた。
俺はあまりの光景に言葉を失った。
そして、頭が理解してくると俺の心は昂っていく。
(なにこれ……、めっちゃかっけぇぇぇぇ!!)
呆然と見つめている俺を見やり、同じ姿勢のままユリカは先程とは別の言葉を宣言する。
「帰還せよ! ハードブレイカー!」
ユリカがそう宣言すると、彼女の武器に光が集まり覆っていく。
光が武器全体を覆い尽くすと、段々と光は縮小していき消滅した。
しばらくの間そのまま呆然としていたが、ふと我に返る。
そして、俺は思い切り拍手をしていた。
そんな俺を見て、彼女は目を丸くする。
「エリア……? どうしたんだ……?」
「すごい、すごいです!! 私もやってみたいです!!」
俺はユリカの手を両手で握りながら、興奮気味に上下に振る。
彼女は若干顔を引きつりながら、こちらを見ている。
(こんなものを見せられたら、やりたくなるに決まってるじゃないか!! ここでやらなきゃ男じゃないぜっ!!)
興奮状態で暴走気味なままユリカから離れ、俺も彼女を真似るように宣言する。
「来い!! ソウルイーター!!」
俺はテンションマックス状態で叫ぶように宣言し、勢いよく右手を前に突き出した。
きっと目もキラキラ輝いていることだろう。
俺が宣言すると、右手に柄の部分が納まる様に光が集まり大鎌の形を形成していく。
そして、光が完全に大鎌の形を形成すると光が弾け、そこにはゲーム内で見慣れた愛用の大鎌が握られていた。
自分の愛用の大鎌が実体化したのを確認すると、俺は興奮したままにユリカの方を向く。
「ユリカ! 出来ました、出来ましたよ!!」
「エリア……。分かったから、落ち着け」
興奮気味に話しかける俺をユリカは呆れた表情でなだめた。
それでも、俺の興奮は納まらず今度は仕舞うために宣言する。
「帰還せよ!! ソウルイーター!!」
俺が叫ぶように宣言すると、右手に持っていた大鎌に光が集まり覆っていく。
そして、光が大鎌全体を覆い尽くすと、ユリカの時と同じように光が段々と縮小していき消滅した。
出し入れを一通りやった俺はもう一度やってみたくなり、笑顔で再度宣言しようとした。
「も、もう一回やってみましょう!! 来……、痛っ!?」
興奮が最高潮に達し再度呼び出しをしようとした時、ユリカから拳骨が俺の頭に飛んできた。
思い切り殴られた俺は痛みで頭を押さえて蹲る。
そして、若干涙目になった顔で彼女の方に顔を向けるとこちらを見ながら笑顔を浮かべていた。
ただし、目は笑っていない。
「その辺にしとけよ? ……な?」
「……はい」
あまりの怖さに俺は勢いよく頷いて大人しくベッドに腰掛けるのだった。