第6話 初体験
外もすっかり暗くなり、下の階で夕飯を済ませた俺達は宿泊している部屋に戻ってきていた。
夕飯は昼食の時と同じような野菜たっぷりのスープとサラダに、何かの肉を焼いたものに甘めのタレがかけられたものだった。
どれも美味しい品々で、お腹一杯食べてきた。
(あ~……、美味かったな。しかしこの体、元の俺の半分くらいの量で腹いっぱいになるな。食べる時は量に気を付けないとな。腹がやばくなりそうだ)
食事が終わりユリカと一緒に部屋に戻ってきた俺は、自分のベッドに腰掛け満腹になったお腹をさする。
お腹を休めていると、なんとなく夕飯で食べた肉が気になった。
「夕飯も美味しかったですね。そういえば、さっきの焼肉って何の肉使ってるんでしょうね?」
「ああ、あれは狼の肉だな。ほら、エリアと出会った森にいただろ」
ユリカは平然とそう答えた。
それを聞いた俺は少し気持ち悪くなり、思わず口を押さえる。
コルナ村は農村という話だったので、牛とか豚とかだと思っていたからだ。
(あれが狼の肉……。まさか、魔物の肉が料理で出てくるとは……)
口を押さえてる俺を見て、ユリカが心配そうな顔で慌てて駆け寄って来た。
そして、俺の背中を優しくさする。
「え、エリア!? どうした、大丈夫か!?」
「……大丈夫です……」
精神的には大丈夫ではないが、余計な心配をかけないようにそう答えた。
それでも、ユリカが心配そうに俺の顔を見つめている。
「お前、顔色悪いぞ。無理しないで横になったらどうだ?」
「いえ、ほんとに大丈夫です……。それに食べたばかりなので、あまり横になりたくないです……」
心配そうに見てるユリカがそう言ってきたが、食べてすぐ横になりたくなかったので断っておいた。
話しているうちに少し落ち着き、口から手を放したがそれでも彼女は心配そうだった。
「そうか……? なら無理強いはしないが、ほんとに辛くなったら横になれよ?」
「ありがとうございます……。それより……」
気になって聞こうと思ったが、直前で聞こうか一瞬迷い言葉に詰まる。
まだ、狼の肉だと信じたくないのかもしれない。
「なぜ狼の……いえ、魔物の肉が料理に使われているのですか……?」
「へ?」
疑問に思った俺がユリカに聞くと、彼女は変な声を上げた。
そしてしばらく考え込んだ後、顔を上げる。
「いや、俺も詳しくはわからないぞ? ただ、この村では昔から狼の肉を食肉にしてたって言う話なら聞いた覚えがあるが……」
「そうですか……」
ユリカの話では昔から食べているからということらしい。
それを聞いた時、ふとゲーム時代のことを思い出した。
(そういえば、最初の頃にクエストで狼の肉と毛皮を集めるクエストあったよな。どこのか忘れたけど、たしかNPCのクエストで……)
思い出したら気になってきてしまった。
「ユリカ、コルナ村ってゲーム内にもありましたよね?」
「ああ、あったな。たしか適正レベル二十くらいだったか? ……初期の頃過ぎて名前以外はうろ覚えだな」
ユリカからの返答を聞いた俺は、がっくりと項垂れた。
狼の肉事件が自分の中で落ち着いた頃、それは突然やってきた。
なにやら、体が少し震える。
(……? なんか、少し寒気が?)
そう思ったが一瞬のことだったので気のせいかと思って、気にしなかった。
そして、数分後それは確かな感覚となる。
(トイレ行きたい……)
感覚的に尿意を感じ、トイレに行くことにした。
「ユリカ、トイレってどこにあるのですか?」
「ん? トイレなら階段降りてから左に曲がって、あとは通路に沿って行けばあるぞ」
「ありがとうございます、ちょっと行ってきます」
ユリカに聞くと場所を教えてくれたので、俺はトイレに向かう。
一階に降りて彼女に言われた通りに進むと、行き止まりのような場所に二つの扉があった。
片方には青い印が付いており、もう片方には赤い印が付いていた。
俺は迷わず青い印が付いた扉に手をかけようとして、ふと立ち止まる。
(……ちょっとまて。このまま入ったらまずいんじゃないか?)
扉についている印の色を見て素でいつも通りに入ろうとした。
だが、自分の今の体がエリアもとい女性の体になっていることを思い出し踏み止まる。
扉にかけようとした手を戻し、赤い印の扉をじっと見て固まる。
(今は女性の体だから、こっちに入るべきだが……。さすがに男にはハードル高すぎるって!)
そう、こんな可愛い見た目でも中身は男だ。
すんなりと、俺はこの赤い印の扉を選ぶぜ! というわけにはいかない。
どうすればと、悩んでる間にも限界は迫っている。
俺はスカートの上から股の辺りを手で押さえ、もじもじしながら悩み続ける。
しかし、限界を感じた俺は覚悟を決め、躊躇する手を無理矢理動かして赤い印の付いた扉を選ぶ。
そして、中に入り鍵をかけた。
中を見渡すと、見た感じ和式のトイレだった。
とりあえず、入ったはいいがどうすればいいか勝手が分からない。
だが限界が近づいていてやばい感覚がしているため、とりあえずこうだろうと想像してすることにした。
俺はとりあえずスカートを腰辺りまで上げて押さえながらしゃがみ、パンツを膝の辺りまで下す。
そしてしばらくそのままでいると、数秒の後放出され始めた。
全てを出し終え、すっきりした表情でパンツを履こうとした時に、まだ濡れている感覚を覚えた。
(そういえば、女性はしたら紙で拭くんだったっけ)
そのことを思い出し周りを見渡すと、それ用っぽい紙があったのでそれで拭き取る。
そして、改めてパンツを履き立ち上がった時、何かのボタンを見つけた。
(なんだ? これ……)
しゃがむ位置の真横に赤くて丸いボタンがあった。
よく分からないボタンやスイッチを押すと酷い目に遭うのはお約束だが、トイレにあるものなので大丈夫だろうと思い押してみる。
ボタンを押すと、便器の中を水が勢いよく流れて行った。
(ああ、水洗用のボタンだったのか)
納得した俺は、トイレの中にある手洗い用に置かれていると思われる桶の水で手を洗ってからトイレを後にした。
そして、すっきりした顔でトイレから部屋に戻る途中で、何かの違和感を覚える。
(……ん? ここ、たしか異世界だったよな? なんで、水洗式トイレあるんだ!? てか、便器用だけで手洗い用はないのかよ!)
違和感の正体に気づき、心の中でそっと突っ込んだ。
部屋に戻ると、そこには誰もいなかった。
「あれ? ユリカどこ行ったんだろう……」
つい呟いてしまった。
俺はそのままベッドに座り、ユリカが戻ってくるのを待つことにする。
それから、しばらくして桶と数枚の布を持った彼女が戻ってきた。
「お、戻ってたのか」
「ユリカ、どこに行ってたのですか?」
「ああ、これをもらいに行ってたんだ」
そう言うと、手に持っていた桶と数枚の布を見せてくれた。
桶を見ると、中には水が入っている。
湯気が立っているのでどうやらお湯のようだ。
「これ、何に使うのですか?」
俺はユリカが何のために持ってきたのか分からず聞いた。
「この宿屋には風呂がないからな、代わりに布をお湯で温めて体を拭くのさ」
「なるほど。……やっぱり、お風呂なんてありませんよね……」
ユリカの説明を聞き、落胆した。
やっぱり日本人ならお風呂、最低でもシャワーは浴びたいのだ。
「やっぱり風呂に入りたかったんだな。でも、ないものはしょうがないからこれで我慢するしかないぞ」
「はい……」
俺の様子を見て、ユリカは苦笑いを浮かべる。
そして、持っていた布の何枚かを俺に手渡し桶を指差す。
「お湯沸かすにも結構時間かかるから、これを一緒に使ってくれ」
「わかりました、ありがとうございます」
俺は頷きながら、礼を述べた。
ユリカはそれだけ言うと桶をベッドの真ん中のテーブルに置き、俺に背を向けるように座る。
それを見た俺も、慌てて彼女に背を向ける。
そして、服を脱ごうとして手が止まった。
(これ、どうやって脱ぐんだろう……? 首の辺りきついけど)
男の俺は女性の服などゲーム内でしか見たことがないし、当然実物も見たことはない。
首回りを触っていると、襟元の部分にボタンがあるのを感じた。
そして、ボタンを外そうと手を動かす。
(ボタンあったけど、なんだ? ボタン外しにくい・・・)
しばらくボタンと格闘して外すと、首回りが緩んだので頭から一気に脱いだ。
脱ぎ終わった服を広げて、首元を見てみる。
襟元はワイシャツに似たような感じになっていて、襟元の部分にはボタンが付いていた。
ただ、ボタンがついていたのは右側だった。
(こんな風になってたのね、どうりで外しにくいと思った。というか、だいぶ体軽くなったな)
脱いだ服を持ってみると、服にしては結構な重さがあった。
服をベッドに置き、体を拭こうと思い体を見下ろして思わず固まる。
目に入るのは白く滑らかな肌と純白の下着に包まれた大きな双丘。
森の中でも確認のために触りはしたが、服の上からだったので直に見るのは初めてだった。
(そういえば、直に見たのは初めてだったな……。……なんか、どきどきしてきた……)
ついまじまじと見つめていたが、背後からの物音で我に返る。
そして、恥ずかしくなり頬が熱くなってきた。
(後ろにはユリカがいるんだった! 向こうは手慣れてるだろうし、早く拭いて終わらせないと! 何かしてるのを見られた日には……絶対弄られる!)
つい数時間前に弄られたばかりの俺はそれを回避すべく、急ぎ上下の下着を脱ぎ体を拭くために布を濡らそうと後ろを向く。
するとユリカも布を濡らそうとしてたのか、こちらを向いており彼女と目が合った。
向こうも俺と同じように一糸纏わぬ姿で、こちらを見つめている。
しばらくお互いの目を見つめたまま固まる。
ふと我に返ると途端に恥ずかしくなり、思わず両手で胸の辺りと下の方を隠し顔を俯ける。
自分のとは違う女性の体になっている状態を見られるのは、俺の方としては女装させられている姿を見られているくらい恥ずかしかった。
いや実際に女装したことがある訳ではないが、それ程恥ずかしいということだ。
しかも、可愛い女の子にそれを見られるとなおさら恥ずかしい。
その上、少しだけとはいえユリカの裸を見てしまったことがさらに拍車を掛けていた。
頬がすごく熱いので、たぶん顔が真っ赤になっているだろう。
俺の方を見て固まっていた少女はものすごい速さで自分のベッドの方に引き返した。
「エリア、すまん!」
そして、ユリカは慌てたように謝罪の言葉を口にした。
その言葉を聞いた俺は疑問に思い顔を上げる。
すると、こちらに背を向けたまま座る彼女が視界に入った。
「い、いえ……?」
俺は困惑しながらも、とりあえず返事をした。
よく分からないが、ユリカが後ろを向いているので今のうちに布を濡らしてから絞る。
濡らした布を絞り終えた俺は自分のベッドに戻り背を向け、彼女に声をかける。
「ユリカ、濡らし終わったのでいいですよ」
俺がそう言うと背後で動く気配がした。
俺は急ぎ布で体中の汗や汚れを拭いていく。
ただひたすら、無心を貫きながら……。
そうして、体中を拭き終わり濡らしてない布で水気を拭きとっていく。
水気を拭き終わると、先程脱いだ下着をつけ直そうとした。
下の方はすんなりとすんだが……。
(ブラの付け方なんて分からんぞ……)
とりあえず、下着を見てみた。
背中部分に止める部分があったので、それを考慮してやってみる。
とりあえず、両手を通してカップの部分に胸を収めたら、両手を後ろに回して止めた。
あとは体に違和感を感じないように適当に調整した。
止めるために手を後ろに回した時、あまりの柔らかさに驚いた。
(この体すごく柔らかいな! すんなり手回ったし、すげ~……)
元の俺の体はかなり堅くて、ここまで後ろに手が回ったりはしなかったのだ。
そして、最後に脱いだ服を着直して、襟元のボタンを留め、脱ぐ前と同じように正す。
終わったので、後ろに振り返るとユリカがこちらに背を向けて座っていた。
よく見ると、服装が上下とも赤い長袖のジャージになっている。
「ユリカ、終わりましたよ?」
「ん? そ……、そうか……?」
なにやら緊張した声でユリカが答える。
そして、ゆっくりとこちらを向いた。
俺の恰好を見ると少し驚いた表情を浮かべた。
「……エリアは、その恰好で寝るのか?」
「え?」
ユリカにそう聞かれ、思わず体を見下ろす。
たしかに、この服では寝にくそうに見えるだろう。
今の部屋の気温は感覚的には春くらいの気温だろうが、それでもこの恰好では暑そうだ。
(たしかに言われてみればその通りだが、そう言われても他に服持ってないしな~……)
俺はどうしようかと考える。
そして、ふと疑問が浮かび聞いてみた。
「ユリカは他にも服を持っているのですか?」
「ああ、ジャージ以外にも何着かは持ってるぞ」
ユリカは頷いた。
しかし、彼女には服を持ち運ぶようなスーツケースなり鞄なりが何もない。
「鞄とかありませんけど、どうやって服を持ち運んでいるのですか?」
「ああ~……、そっか。エリアは知らないんだな」
俺が尋ねると、ユリカはなにやら納得したように何度か頷いた。
俺がよく分からず小首を傾げていると、彼女が自分の左手を差し出し袖を捲る。
その手首には銀色の腕輪を身に付けていた。
「それはな、この腕輪で運んでるんだ。こいつはゲームだった時のメニュー機能の一部が使える腕輪でな。アイテムパック、マイキャラのステータス及びスキルや装備の確認、装備の付け外しができる腕輪なんだ。俺達はストレージリングって呼んでる。たぶん、お前の左手にもあるはずだぜ」
俺は確認するために袖を少し捲って左手を見てみると、手首にはユリカと同じ銀色の腕輪が付いていた。
自分の腕輪を見せると、彼女は頷く。
「ちゃんとあったな。たぶん、アイテムパックの中身はゲームだった時の手持ちになってるはずだぜ? 俺もそうだったからな。エリアはゲームの時に、装備中以外の服を持ち歩いてなかったのか?」
「どうだったかな……。とりあえず、腕輪の中を見てみます」
俺は右手で腕輪に触れてみる。
すると、空中にモニターが出現しメニュー一覧が出てきた。
上から順に、アイテム、装備、スキル、ステータス、設定と並んでいた。
俺の目はメニュー一覧の設定の項目に向く。
先程の話にはなかった項目だ。
「ユリカ、設定って何を設定できるのですか?」
「ああ、それはモニターが他人に見えるようにするか見えないようにするかの設定だな」
ユリカの話によると、自分のモニターが他者に視認できるようにするかの設定らしい。
俺は一応設定の項目を確認し、他人に見えないように設定しておいた。
そして、アイテム欄を確かめる。
「あ……」
「ん? どうしたんだ?」
アイテム欄を眺めて、つい声を出してしまった。
「いえ、失くしたとばかり思ってた私の武器が入ってたんです!」
俺は嬉しかったので、笑顔を浮かべる。
どうやら森で武器を使おうとした時に、武器が背中になかったのは腕輪の中にあったからだったようだ。
アイテム欄を確認してみると、回復アイテムや衣装、アクセサリーなどの装飾系装備、それに最後にした採取系金策クエストの余りアイテムがアイテム欄にあり、ゲームだった時と一緒のようだった。
俺はその中から、衣装のひとつを取り出してみる。
上は白い半袖のTシャツに、下は青いホットパンツ。
それらを取り出し、着替えるために再び着ている服を脱ごうとする。
それを見たユリカは顔を赤くしながら、両手を突き出し慌てて止めてきた。
「ちょっ、エリアストップストップ!? わざわざ脱がなくても着替えられるから!」
「え?」
ユリカが慌てて止めてきたため、彼女の方を見つめる。
俺が不思議そうな顔で見つめていると、こちらに向き合うようにベッドに腰掛け直す。
「腕輪のメニューに装備ってあるだろ? そこにその衣装を装備すれば着替えられるんだよ。服を脱ぐ時も装備から外せば下着だけになるぜ。まあ……、下着だけは自分で脱がないとだめだけどな」
「そうだったのですね……」
ユリカの説明通りに、先程の衣装を装備欄に装備してみる。
すると光が一瞬で体中を覆い、光が消えると着替え終わっていた。
俺はベッドから立ち上がって、全身を見回しながら服装を確認する。
(あっという間に着替え終わったな、これ便利だわ!)
確かめ終わった俺は再びベッドに腰掛けた。
「着替えた衣装はアイテム欄に入るからな。あと、服が汚れたりした時はアイテム欄に戻すといいぞ。洗濯したように綺麗になるからな!」
「この腕輪、洗濯機の代わりにもなるのですね。すごい便利です!」
ユリカの言葉に、俺は笑顔で便利な腕輪を撫でていた。
「でも、汚れを落として綺麗にはなるけど耐久値は戻らないからな? 0になったらボロボロになるから、気を付けるんだぞ?」
「わかりました。でも、洗濯機能だけでも十分便利ですよね!」
俺は上機嫌で答える。
そんな俺を見ながら、ユリカは笑う。
「確かにな~。洗濯できなかったら酷い臭いするだろうから、その点はありがたいな」
「ですよね。ふぁ~・・・」
そんなやり取りをしていると、俺は口元を手で押さえながらつい欠伸をしてしまった。
そして、一気に眠気がやってくる。
「エリア、眠そうだな。もう寝るか?」
「はい……。今日は、もう寝ましょう……」
俺達はそれぞれのベッドに入り、横になった。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
そして、どちらからともなくそう言った。
目を閉じた俺の意識は、今日一日の疲れのせいもあってかあっという間に闇の中に落ちていった。