第43話 ギルドからの依頼
宿屋の外に出た俺達は、ギルドへ向かって人波に流されるように進んでいた。
馬車を降りてから幾分時間が過ぎたはずだが、全く人通りが減っていない気がする。
ゼロスの話によると、宿屋からギルドまでは十分弱らしいが、これは着くまでに時間がかかりそうだ。
「なかなか着きませんね……」
「まあ、この込み具合だしな。普段はここまでじゃねえんだけどさ。やっぱり、宿で聞いたお祭り効果かね」
「たぶん、そうだろうな。俺もここまで混んでるのは初めて見るしな」
「お祭りは明後日からだそうですし、これからまだまだ増える可能性もあるでしょうね」
「これ以上、増えるのですか……」
俺はあまりの人込みにげんなりしていた。
これ以上増えたら、外を出歩けないんじゃないかと思う。
そんなことを考えていると、俺達の先頭を歩くゼロスが前方左の建物へと寄っていく。
どうやら、あれがコメスにあるギルドの様だ。
「予想以上に時間がかかったが、何とか到着だな」
「ああ……、やはり人込みは辛いな……」
俺とリーズがゼロス達の傍に到着すると、ユリカが少し辛そうにしていた。
ちなみにここまで移動している間は、俺がリーズと、ユリカがゼロスと手を繋いでいた。
「ユリカ、大丈夫ですか?」
「ああ……、まあなんとかな。やはり、小さいと何かと不便なんだよな」
「ユリカちゃん、小さいということは可愛いということです! 悪い事ばかりではないはずです!」
リーズはユリカに何やら力説する。
おそらく、ユリカをフォローしようとしたのだろう。
だが、それを聞いたユリカは少し混乱気味になっていた。
「えっ……? そ、そうなのか?」
「いえ、私に聞かれても……」
ユリカが俺の方を向いて尋ねてくるが、俺は答えられない。
だって、俺もよく分からないからな。
「話は後にして、とりあえずギルドの中に入ろうぜ? 外にいると、人波に流されちまいそうだろ?」
「そうですね、中へ入ってしまった方がよいでしょう」
「そうだな」
「そうですね」
俺達は、ギルドの中へと入って行った。
コメスのギルドはしっかりした石造りの大きな建物だった。
カリーサのよりも明らかに大きい。
ただ、建物内の構造はあまり差がなく、各スペースが広くなったような感じだ。
他の違いといえば、入って左手の休憩スペースが酒場になっていることくらいだろうか。
「まずは依頼の確認ですよね?」
「ああ、とりあえず確認してみようか」
「だな」
「そうしましょう」
俺達は入って右手にある掲示板の方へと向かって行く。
掲示板のサイズもカリーサのものよりも大きく、そこには多くの依頼が貼られていた。
「おい、あれ見ろよ。聖盾のゼロスじゃね?」
「マジだ。ていうか、その隣にいるのってユリカちゃんじゃん!」
「Bランク同士がパーティー組んでるの初めて見るわ」
「てか、その後ろの二人もめっちゃ可愛いじゃん。聖盾の噂、マジだったのか。羨ましいな~」
掲示板に貼られている依頼を確認していると、酒場の方で飲んでいる冒険者のものらしき会話が耳に入ってくる。
俺達がギルドに入ってからだが、視線が俺達に集中しており、何やらひそひそとした声が聞こえていた。
そんな状態だったので、なんか落ち着かない。
隣を見ると、リーズも俺と同じ様に落ち着かない様子だ。
ユリカとゼロスは特に気にした様子もなく、掲示板の依頼を確認していた。
「今日は依頼が多いな」
「たぶん、祭りの効果だろうな。ほら、この辺りの依頼、どれも祭り関連ばかりだぜ」
ゼロスは掲示板の右端の方を指差す。
ユリカはその方向に顔を向けて確認する。
そして、今度は左端の方を向いた。
「だが、祭り関連以外の依頼の方が報酬はよさそうだぞ」
今度はユリカが掲示板の左端の方を指差す。
ゼロスは指差された方を確認した。
「マジだ……。じゃあ、報酬がいい方から選ぶか?」
「そうだな、その中から選ぶのがいいかもしれない」
ユリカとゼロスが掲示板の前で相談していると、受付の方から足音が近づいてくる。
俺は足音の方を確認すると、ガーネットのような赤いポニーテールの女性がこちらに向かって走って来ていた。
その手には多くの用紙を持っている。
どうやら、新しい依頼を貼りに来たようだ。
「すいません、ちょっと新しい依頼貼るんで……って、ゼロスとユリカじゃないか! 久しぶりだね!」
「あ、姉さんじゃねえか、久しぶりだな」
「ナナリー、久しぶり」
こちらに走って来た女性はユリカとゼロスに声を掛ける。
どうやら、顔見知りのようだ。
そして、ゼロスにそう呼ばれた女性は眉をひそめる。
「ゼロス、姉さんって呼ぶのは止めてくれと言っただろう! それに歳ならあんたのが上じゃないか!」
「すんません、ついな……」
「全く……。それで、いつ頃こっちに戻ったんだい?」
「着いたのは今日の昼過ぎだ」
「なんだ、ついさっきだったのかい。でも、タイミング的にはちょうどいいね」
「ちょうどいい?」
ユリカが不思議そうな表情で女性を見つめる。
女性は俺とリーズの視線に気づいたのか、こちらを向いた。
俺とリーズの顔を交互に見た後、ユリカとゼロスの方に向き直る。
「それにしても、二人とも珍しいじゃないか。誰かとパーティー組んでるなんてさ。というか……」
その女性は言葉を切ると、再度俺とリーズの方を見る。
そして、深く溜息を吐いた。
一体どうしたのだろうか?
「ゼロス、あんた……。ほんとに噂通りになっちまったね」
「いや、ちょっとまってくれ! 噂通りって……」
突然、ゼロスが狼狽える。
女性はその様子を見ると、笑っていた。
「いや、だってね~。このパーティー見たら納得しちまうよ」
「それは偶々だって!」
「そういうことにしといてやろうかね」
その後も女性が笑い、俺達二人の方を再度向く。
「自己紹介してなかったね。あたしはナナリー・ウェスティア。ここコメス支部で受付とかをやってる。よろしく頼むよ」
「私はエリアと申します。つい最近冒険者になったばかりの新米です。よろしくお願いします」
「私はリーズ・アルフェルトと申します、よろしくお願いいたします」
「エリアにリーズだね。よろしく頼むよ。あたしのことはナナリーと呼んどくれ」
ナナリーさんは笑いながら、再びゼロスの方へと顔を向ける。
「ゼロス、こんな可愛い子達どこで……」
ナナリーさんがゼロスと話を続けようとすると――。
「ナナリー、俺達に何か用事でもあったのか? こっちに気づいてから寄って来ただろ? さっきも、ちょうどいい、とか言ってたしな」
「おっと、そうだったね。すまないが、ちょっと一緒に来てもらえるかい? 支部長が、いい冒険者が来たら呼んできて欲しい、って言っててね」
「支部長がか? 何かあったのか?」
「いや、あたしも詳しくは知らないんだよ。ただ、そう頼まれていただけでね」
「なら、支部長に会って話を聞いてみよう。それで……」
ユリカは俺とリーズの方を向く。
すると、ゼロスとナナリーさんも俺達二人の方を向いた。
「後ろの二人も一緒で構わないか? 一緒に行動しているから、何かあるなら一緒がいいんだが」
「その辺は特に何も言われてないからねぇ~、大丈夫じゃないかい」
「そうか、なら一緒に連れて行くぞ」
「分かったよ。後ろのお二人さんもついてきとくれ」
「「分かりました」」
俺とリーズが頷くと、ナナリーさんは受付カウンターの奥へと向かって行く。
俺達はその後ろをついて行った。
俺達はナナリーさんの案内の元、ギルドの奥へ向かって通路を歩いていた。
時々、すれ違う職員からの視線を感じながら奥へと進んで行く。
しばらく行くと、行き止まりの部屋の前に来た。
ナナリーさんはその部屋の扉をノックする。
「ナナリーです。例の件で冒険者を連れてきました」
そして、部屋の中へ声を掛けた。
すると――。
「入りたまえ」
中から男性の声が聞こえた。
「失礼します」
それを確認すると、ナナリーさんは部屋の中へと入って行く。
俺達もその後に続いて、部屋の中へと入って行った。
部屋へと入った俺は周囲に目を向ける。
部屋の中は広く、部屋の手前の方にはテーブルにソファー、奥には大きな机。
そしてそこには、おそらく四十代と思われる男性が座っていた。
「わざわざご足労をかけてすまないね、冒険者諸君。私は冒険者ギルド・コメス支部の支部長コルネロ・ウェスティアだ。どうぞ、よろしく」
支部長は軽く会釈する。
俺達も会釈を返した。
「それでナナリー君、この方々の冒険者ランクはいくつなのかね?」
「こちらの二人がBランク、後ろの二人は一人は新米冒険者で、もう一人の方はパーティーの仲間だそうです」
ナナリーさんは最初にユリカとゼロスを紹介し、その後俺とリーズを紹介した。
「ふむ、Bランク二人か……。……問題は後ろの二人か」
支部長は俺とリーズの方を交互に見る。
「新米冒険者の君、ランクはいくつかね?」
「えっと……、Fランクです」
「ふむ、なるほど……。それでそちらの女性は冒険者ではないと?」
「はい、私は冒険者ではありません」
俺とリーズの返事を聞いた支部長は顎に手を当て、物思いにふけ始めた。
しばらく思考していたが、考えがまとまったのか顎から手を離しこちらに目を向ける。
「長々とすまなかったね。本題に入るとしよう。君達にギルドから正式に依頼をしたい。もちろん、報酬や冒険者ランクに関わるデータにも反映される。ナナリー君、地図を頼む」
「はい」
ナナリーさんは棚から棒状に丸まった地図をテーブルに広げる。
そして、彼女は右側のソファーに腰掛けた。
「君達もソファーに座りたまえ」
促された俺達はナナリーさんの向かいのソファーに座る。
すると、コルネロさんはナナリーさんの隣に移動し、腰掛けた。
そして、地図上のある一点を指差す。
「ここが我々のいる街、コメスだ。ここから、およそ二時間くらい歩いた位置に……」
そう言いながら、コメスを差していた指を斜め下の方へと動かす。
そして、その一点を指差し始めた。
「ダンジョンがあるのだが、ここの調査を依頼したい」
「このダンジョンに何かあるのか?」
ユリカが尋ねると、コルネロさんは顎に手を当ててしばし考える。
「ここら一帯に見たことのない魔物の目撃例がいくつか届いているのだよ。実際に戦闘をおこなった冒険者によると、鉄の様に硬く刃が通らなかったそうだ。ただ、魔法は有効だったようで難を逃れたらしい」
「なるほどねぇ~、見たことのない魔物が現れたのはここからと睨んでいる訳だ」
「その通りだよ。調査をせねばならないが、おそらくダンジョンの中はもっと危険だろう。だから君達の様な高ランクの冒険者を頼らざる負えないのだよ」
「なるほど、それで俺達に依頼を、ってことか」
「その通りだ。ナナリー君、依頼用紙をここに」
「はい」
ナナリーさんは一枚の用紙を取り出すと、こちらに見えるようにテーブルの上に置く。
「これが依頼用紙だ。内容を確認してくれたまえ」
俺達は用紙の内容に目を通していく。
[依頼ランク:EX 報酬:銀貨50枚 依頼内容:現在詳細不明の魔物が出現している。その原因と思わしきダンジョン死の虚空迷宮の調査を依頼したい。]
用紙にはそう書かれていた。
依頼ランクEXって……。
「内容は把握してもらえたかな?」
「ああ、話は分かった。少しだけ、仲間と相談したいのだが、構わないか?」
「もちろんいいとも」
コルネロさんから許可があったので、俺達は相談することにした。
「用紙を見たと思うが、この依頼どう思う?」
「報酬はすごいが、記録のない魔物と戦うのが問題だな。対策とかができねえし……」
「魔法が有効ということくらいしか分かってないんですよね」
「そうですね、それ以外の方法が分からないというのは困りますね」
俺達がそう話していると、ユリカはコルネロさんの方を向く。
「その魔物達、魔法が有効ってこと以外には何か分かっていることはないのか? 何でも構わない。何か聞いていないか?」
「すまないが、魔物に関する情報はこれくらいしかなくてね。基本的に目撃者は遭遇しないようにしていたようなのだよ。だから、目撃以外の情報は乏しくてね」
「なるほど、それなら仕方ないか……。それで、この依頼の期限とかはどうなっている?」
「期限は設けてはいないが、出来るだけ速やかに解決していただきたい。この魔物達が生息域を広げ、街の周辺にまでやってくるのは避けたいのだよ」
そう言い、コルネロさんはソファーに深く腰掛け直す。
確認を終えたユリカは、俺達の三人の方へ顔を左右に向ける。
すると、それまで黙って聞いていたゼロスが俺達三人の方へと顔を向けた。
「……なあ、この依頼受けねえか? 細かい期限がないのなら、まずは様子見してからってこともできるだろ? 場所もそんなに離れてねえし」
「まあ、たしかにそうだな。報酬もかなりいいし、俺は受けてもいいと思う。エリアとリーズはどう思う?」
「そうですね……、情報もなしにいきなり、とかではないのなら受けてもよいと思いますよ」
「私も、受けていいと思います。たしかに、街まで来られたら困りますよね」
「なら、受けてみるか」
「だな。エリアの言う通り、街までその魔物がやってきても困るしな」
「そうですね」
「はい」
俺達の意見がまとまると、俺達はコルネロさんの方に向き直る。
「この依頼は受けるぞ。それで、そちらからは何かあるか?」
「一つ確認をしておこう。調査は君達四人でおこなうのかね?」
「そのつもりだ」
「そちらの新米の君と冒険者ではない君も一緒にか? 私達としてはBランクである君達二人に頼みたいのだがね」
「それは、どういう意味だ?」
ユリカはコルネロさんを睨む。
どうやら、新米冒険者の俺と冒険者ですらないリーズが足手まといになると思っているのだろう。
部屋の空気が重くなった様に感じた。
「どういう意味も何もそのままの意味だとも。先程も話した通り、相手は未知の魔物が相手なのだ。それを考慮しての言葉だとも」
「悪いが、この二人も一緒じゃないと、この依頼は受けられないぞ?」
「ふむ……。何か理由があるのであれば、聞かせてもらおう」
ユリカは変わらず睨み付けながら話しているが、コルネロさんは特に気にした様子もなく話を続ける。
「まず一つ目に、この魔物は魔法が有効だという話だったな。だが、俺は魔法を使えない。ゼロスもそうじゃないか?」
「ああ、俺も魔法は使えないぜ」
話を振られたゼロスは頷く。
ゼロスの返答を聞いたユリカは、コルネロさんの方を向いた。
「……だそうだ。そして、この二人は魔法が使える」
「ふむ……、なるほど」
今度は俺とリーズの方を手で指し示す。
コルネロさんは再び俺とリーズの方を交互に見る。
ユリカの隣ではゼロスが驚いた顔で、俺達二人を見ていた。
そういえば、ゼロスの前で魔法を使ったことはなかったな。
「そして二つ目に、俺達と同程度の戦闘がおこなえる。戦力としては非常に心強い」
「……なるほど」
コルネロさんはユリカの話を聞くと、顎に手を当てて再び考え込む。
どうやら、この動作は考え事をする時の癖なんだろうな。
「……分かった。Bランク冒険者である、君の意見を尊重しよう。諸君四人での調査を認める」
「そういう事なら、この依頼は正式に受けるぞ」
俺達四人での調査が認められたため、ユリカはそう宣言した。
隣では、ゼロスが大きく息を吐いている。
重苦しい空気から解放され、俺も安堵した。
「ではナナリー君、受付の方でこの依頼の手続きを頼む」
「分かりました」
ナナリーさんは用紙を持つと、部屋の扉の方へと歩いて行く。
俺達もソファーから立ち上がると、ナナリーさんの後をついて行った。
「諸君らの活躍を期待している」
部屋を出ていく俺達に、コルネロさんの言葉がかけられる。
ナナリーさんに先導されながら、俺達は部屋を後にした。




