第42話 商業都市コメス
翌日の早朝、鳥の鳴き声で俺は目を覚ました。
俺は布団の中でもぞもぞする。
すると、顔の辺りに何やらとても柔らかい感触があった。
(柔らかい……、何だろう?)
俺は半分寝ぼけた状態で、手で触れてみる。
それは、揉んでみるととても柔らかく弾力があった。
「んっ……、んん……」
そしてそれを揉んだ時、何やら変な声が聞こえてきた。
俺は目を少し擦ると、確認する。
その正体は――。
「ん……、すぅ~……」
「……え?」
いつの間にか隣にはリーズが寝ており、俺を抱き枕の様に抱き締めながら眠っている。
というか、なぜ俺のベッドにいるのか。
(……ってことは、さっきの柔らかい感触の正体って!?)
俺は慌てて自分の手を確認してみる。
すると、俺の手はリーズの豊満な胸を揉んでいた。
その事実を確認した瞬間、頬が一気に沸騰し目が覚める。
そして、慌てて抱き締められた状態から抜け出して、距離を取った。
「り、リーズ! なんで、私のベッドにいるんですかっ!?」
俺が思わず大きな声を出すと、他の二人も起き出した。
そして、眠そうな目でこちらを見つめる。
「ん……エリア……、どうした? 朝から騒いで……」
「エリア……ちゃん……? どうか……しましたか……?」
「朝起きたら、ベッドにリーズが~!?」
俺はリーズの方を指差す。
二人ともまだ寝ぼけ気味に目を擦ったりしている。
しばらく俺の方を向いていると、徐々に意識がはっきりしてきたのか表情が変わっていく。
そして、ユリカは表情が変わったまま、固まる。
対してリーズの方は特に気にした様子もなく、のんびりとした動作でこちらに向き直っていた。
「……エリアとリーズは、なんで一緒に寝てるんだ?」
「分かりません。朝起きたらこうなっていました……」
「……う~ん、ベッドを間違えてしまったのでしょうか。ごめんなさい……」
「えっと……」
リーズはそう言い、素直に頭を下げる。
謝られた俺は、困惑しながらユリカの方を見つめる。
俺とリーズの様子を見ていたユリカは大きな溜息を吐いた。
「リーズ、勝手にエリアのベッドに入るなよ……」
「うっかりやってしまった様です。ごめんなさい、エリアちゃん」
「次からは気を付けてくださいね」
「はい……、本当にごめんなさい」
ユリカにそう言われたリーズは申し訳ないといった表情で、俺に再度頭を下げる。
俺はリーズの表情を窺う。
リーズの表情は本当に反省している様にも見えたので、今回は許すことにした。
「エリア、大丈夫だったか? 何かされたか?」
「朝起きたら抱き枕にされていただけなので、特には……」
「本当にごめんなさい。でも……、体が凄くリフレッシュできてます」
「……リフレッシュするとしても止めてください」
「はい……」
俺がそう言うと、リーズはしょんぼりとした。
なんか、朝からいきなり疲れた気がする。
「リーズ、あまりにも目に余るようなら……。ゼロスと相部屋になってもらうぞ?」
「ユリカちゃん!? それは許してください! 身の危険を感じます!」
「じゃあ、ちゃんと自分のベッドで寝てくれ」
「以後気を付けます!」
リーズは敬礼の様なポーズを取る。
なんだろう、俺の中のリーズ像がどんどん崩れていってる気がする……。
「それよりも急いで支度した方がいいですよね? 結構時間が経ってしまいましたし……」
「たしかにそうだな。急がないと馬車が出てしまう可能性がある。リーズもなるべく手早く頼む」
「分かりました。それではエリアちゃん、そのまま座っていてください」
リーズはそう言うと、俺の背後に回り込む。
俺は警戒して、ユリカのベッドに避難する。
「エリアちゃん、髪をとかすだけですよ。だから、そんなに警戒しないでください」
「自分で出来ますから、大丈夫です。それに髪をとかすなら、リーズも大変そうじゃないですか。綺麗な長い髪をしていますし」
「あ、ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ。それよりも……」
「お前ら……、さっさと支度しろ!」
声の方を向くと、いつの間にか身支度を終えたユリカが傍に立っていた。
頭を見ると、髪型もいつもの小さなツインテールになっている。
「いつの間に……」
「エリア、着替えとかが心配なら脱衣所の方でやってきな。ほら、急いで支度する! リーズもなるべく急いでな」
「は、はい! じゃあ、ちょっと脱衣所の方に行ってきます!」
「分かりました。急いで支度いたします」
俺は脱衣所の中へ入り、そこで身支度を整えた。
ゼロスと合流し朝食を済ませた俺達は、昨日馬車が止まっていた所へ向かって歩いていた。
泊まっていた宿から十分くらい歩くと、馬車が止めてある場所が見えてくる。
俺達が馬車に近づくと、昨日の御者がこちらに顔を向けた。
「皆さん、おはようございます」
「「おはようございます」」
「「おはよう」」
「どうやら、出発には間に合ったみたいだな」
「ええ、こちらもちょうど準備が整ったところでしたよ」
「それはよかったです」
「もう馬車に乗って待っていても大丈夫か?」
「はい、問題ありませんよ。しばらくしたら、出発いたしますので」
「では、乗って待ちましょうか」
リーズの言葉に俺達三人は頷くと、馬車に乗り込む。
それからしばらくすると、村の大通りを抜けコメスへ向けて出発した。
リーリ村を出発してから数時間は経過しただろうか。
道中この街道に生息しているうさぎの魔物が襲ってくることはあったが、それ以外には特に問題もなくコメスへの道を進んでいた。
「コメスに着いたら、まずはギルドに行くのですか?」
「いや、まずは宿屋に行って部屋の確保だな。ギルドに行くのはその後だ」
「そうでした……。部屋が取れないと野宿でした……」
「そうならないように、最初は宿屋に行こうぜ?」
「そうですね」
俺は顔を引きつりながら、頷く。
昨日も似たような話をしたばかりだったのに、また同じ様なことを言ってしまうとは……。
「ギルドに行って依頼を受けるのですよね?」
「そうなるな。旅の資金も稼がなきゃならないからさ」
「まあそこはギルドに着いてからだな。いい依頼がありゃいいな」
「そうですね」
ゼロスの言葉に、俺は頷く。
Bランク冒険者のユリカとゼロスがいるし、大抵の依頼は受けられるだろう。
ならば、報酬がいい依頼にも期待が持てる。
「エリア、今回は俺達が依頼を選ぶぞ? いいか?」
「はい、いいですよ。その方がランクの高い依頼を受けられますからね」
「あれ? こういう場合って、依頼受けられんのか?」
「大丈夫じゃないか? もしくはパーティーランクを調べられるか、だろうけど」
「分からない点についてはギルドで確認してはどうでしょうか? その方が確実だと思いますよ?」
「たしかに、リーズの言う通りだな。それはギルドに着いてから確認しよう」
「分かった」
ユリカの言葉に、ゼロスは同意し頷く。
分からないことをここで考えてもしょうがない。
俺は窓の外を眺める。
すると、前方に街らしきものが見えてきた。
「ユリカ、あれがコメスですか?」
俺は窓の外を指差す。
三人とも俺の指の先を目で追った。
「ああ、そうだぞ。あれがコメスだ。でかい街だろ?」
「はい、かなり大きいです」
「コメスは品揃えがすげえからな。買いたいものがあれば、コメスに行けば大抵の物は手に入るんだぜ」
「やはり、何度見ても大きな街ですね」
リーズは窓の外に見える街を見ながら、呟く。
俺も同じ気持ちで、窓の外を見ていた。
「エリアちゃん、コメスに着いたら手を繋いで歩きましょうね」
「えっ? 何ですか、いきなり。どういうことですか?」
リーズの発言に、俺は身構える。
今朝のこともあったので、つい警戒してしまった。
「コメスは人通りが多いんだ。だから、はぐれない様に気を付けてくれ。悪いが、エリアは初めてだから念のため、リーズの言う通りにしてくれないか?」
「俺もその方がいいと思うぜ。まあ、百聞は一見に如かず、てな。到着すれば、分かると思うぜ」
「それよりも、ユリカちゃん。今、エリアちゃんを好きにしていいと……」
「それは言ってないぞ」
「そうですか……」
勢いよく尋ねたリーズに、ユリカは速攻で返答する。
リーズは少ししょぼんとしていた。
俺達が話をしていると、不意に窓の外が暗くなる。
しかし、すぐに明るくなり馬車は停止した。
「どうやら、到着の様だぜ」
「ああ、降りるか」
「はい」
「ですね」
俺達は停止した馬車から降りた。
馬車の外に出ると、周囲を見渡す。
舗装された石畳の道に、頑丈そうな石造りの建物。
カリーサやコルナ村とは雰囲気も含め、全然違う。
何より活気があり、周りには溢れんばかりの人々が往来していた。
(なるほど……。これはたしかに、気を付けないとはぐれちゃいそうだな)
ユリカ達の言葉をその目で理解した。
正に、百聞は一見に如かず、だ。
俺が周りを見ていると、不意に手を掴まれる。
いきなりのことに驚いて、掴んだ手を確認すると――。
「ごめんなさい、エリアちゃん。びっくりさせてしまいましたね。でも、早く繋がないとはぐれてしまいそうでしたし」
掴んだ手の主はリーズだった。
リーズは俺の手を掴んでこちらを見つめている。
おそらく、俺が周りに気を取られていたからだろう。
「いえ、私こそ周りに気を取られていてごめんなさい」
そして気づいたが、周りにユリカとゼロスの姿がなくなっていた。
俺が周りを見ている間に先に行ってしまっているようだ。
「よかった、ここにいたか。リーズに頼んでおいて正解だったな」
「だな」
声のした方を向くと、人波からユリカとゼロスが俺達の元へ戻って来た。
「エリア、見て分かったと思うがこの人込みだ。ちゃんと手を繋いだまま、前を見て歩いてくれ」
「はい……、ごめんなさい。つい周りに気を取られてしまって……」
「それじゃ合流できたし、改めて宿に向かおうぜ」
「ああ」
「「はい」」
俺達三人はゼロスの言葉に頷くと、宿屋を目指して移動し始めた。
宿屋を目指して、人で溢れ返す大通りを歩いて行く俺達。
しばらく歩いて行くと、前方にいるユリカ達が一件の建物の前で止まった。
どうやら、宿屋についたらしい。
俺とリーズも傍まで向かう。
「到着ですか?」
俺は宿屋を見上げながら、尋ねる。
看板には宿屋米須と書かれていた。
コメスって、こう書くのか……?
漢字で書かれてるの、見たことないんだが……。
「ああ、ここがおすすめの宿だぜ。ギルドにも近いし、値段も手頃だ」
「そうなのか。俺はここに泊まるのは初めてだな」
「そうだったのか。でも、いい宿だぜ」
「とりあえず、中へ入りませんか? よい宿だと言うのであれば、お部屋の確保を優先した方がよいと思います」
「たしかにそうだな。とりあえず、部屋の空きがあるか聞いてみよう」
俺達は宿屋の中へ入って行った。
宿の中へ入った俺達。
ロビーは綺麗な石造りをしていた。
入って左手には、テーブルとイスがあり宿泊客が楽しそうに談笑している。
右手にカウンターがあったので、俺達はそちらに向かう。
「一つ聞きたいんだが、今日って部屋の空きはあるか?」
「お部屋の空きでございますか。お客様は何名様で?」
「四人だ。部屋は三人部屋と一人部屋がいいんだが」
「少々お待ちください」
そう言うと、受付の人は奥へ入って行った。
そして、待つこと数分。
カウンターに戻って来た。
「お部屋についてですが、申し訳ございません。ご希望のお部屋は既に埋まっておりまして。二人部屋でしたらご用意できるのですが、いかがいたしますか?」
受付の人にそう言われた俺達は、顔を見合わせる。
「二人部屋しかないそうだが、どうする? 今から他の宿に行ってみるか?」
「でも、空いているのですか?」
「それは行ってみないと分からないが……」
「明後日からお祭りがありまして、他の宿屋もほとんど埋まっていると思いますよ?」
俺達が話し合っていると、それを聞いていた受付の人がそう言った。
話通りなら、他の宿も同じ様な状態になっているのだろう。
それなら、ここに泊まるしかない。
「ここに泊まるしかないんじゃないか? 他のところに行ってる間に埋まっちゃうかもしれないしな」
「だよな~」
「そうですよね」
俺達三人がそう言うと――。
「……ちょっと待ってください。二人部屋と言いましたよね? じゃあ私達の内、誰か一人はゼロスさんと一緒の部屋ということですよね?」
「まあ、そうだな」
「そうですね」
「……そういえば、そうなるな」
俺とユリカは頷く。
隣ではゼロスが何やら強張った表情をしていた。
「部屋分けはどうするのでしょうか?」
「たしかに、それが問題だな」
「俺はとりあえず黙ってるから、お前らで決めてくれないか? なんか、嫌な予感しかしないんでな……」
「嫌な予感?」
俺は首を傾げ、ゼロスを見つめる。
見つめられたゼロスは何も言わずに目を逸らす。
結局そのまま何も言わないので分からなかった。
「……仕方ありません、私がゼロスさんと一緒のお部屋になりますよ。エリアちゃんとユリカちゃんをゼロスさんと一緒のお部屋にする訳にはいきませんからね」
「いいのか? リーズが嫌なら、俺がゼロスと一緒の部屋になるが……」
「エリアちゃんとユリカちゃんを魔の手から守るためです! 監視も兼ねていますから、大丈夫です! 何かしようものなら、私の銃が火を噴きます!」
「いや、何もしねえからっ! 監視も程々で頼むぜ、ほんとに……」
リーズの発言にさすがのゼロスも突っ込んだ。
ユリカは呆れた表情で見つめていた。
「そ、そうか……。それなら部屋分けは、俺とエリア、リーズとゼロス、だな」
「はい」
「ゼロスさん、何かしたら頭に風穴開けますからね!」
「ほんとに何もしねえから、そういうのは止めろっ!」
リーズの言葉に、突っ込みを入れていくゼロス。
何も起こらないことを祈るばかりだ。
「お決まりでしょうか?」
「待たせて悪かったな。二人部屋二つ頼む」
「かしこまりました、それではお部屋にご案内いたします」
俺達は受付の人の案内で部屋の方へと向かった。
部屋の案内が済み、部屋の場所を確認した俺達は、再びロビーに戻って来ていた。
ちなみに、泊まる部屋は二〇四と二〇五で隣同士だ。
何かあればすぐに合流できる。
「宿も取ったし、ギルド行くか!」
「ああ、そうだな。依頼を見に行ってみよう。その後どうするかは、後で考えることにしようか」
「はい」
「分かりました」
ユリカの言葉に、同意する様に俺達三人は頷く。
そして、俺達はギルドに向かうため宿屋の外へと向かった。




