第40話 リーリ村
途中から歩き始めて二~三時間くらい経過しただろうか。
日も沈みかけ、辺りが紅に染まっている。
「もう日も沈んでしまいますね」
「そうだな。でも、もうそろそろ着くとは思うぞ」
「そうだといい……。あっ、あれ! 門見たいなのが見えてきましたよ」
「あれはリーリ村の入り口ですね。もうすぐ到着です」
俺達が歩いていると、前方に木製の大きな門が見えてきた。
ようやくリーリ村に到着のようだ。
よく見ると、門の傍に人影が見える。
近づくにつれ、人影は段々と鮮明になっていき――。
「ん? おーい! 三人とも着いたかー!」
人影の正体はゼロスで向こうもこちらに気づいたのか、手を振っている。
俺はゼロスに向けて両手で振り返す。
そして、俺達は合流した。
門まで辿り着いた俺達三人は、無事ゼロスと合流することができた。
「暗くなる前に到着してくれてよかったぜ」
「はい、本当によかったです」
「ああ、ぎりぎりだったけどな」
「それで、ゼロスさん。盗賊達は引き渡せましたか?」
「ああ、引き渡したぜ。その時に報酬も少しもらってる」
リーズがゼロスに尋ねると、ゼロスは頷きニヤリとした表情を浮かべる。
どうやら、無事に王国軍に引き渡しができたようだ。
これでとりあえず、一安心できる。
「それで、宿はどうしますか? おすすめの所があればそこがいいのですが……」
「それなら、心配いらないぜ。部屋の確保もできてる。三人部屋と一人部屋を一つずつな」
「それは助かるな。今からだと、俺の知ってる所は部屋が埋まってそうだったからな」
「それでは、宿屋に向かいましょうか。ゼロスさん、案内をよろしくお願いしますね」
「分かった。それじゃ、ついてきてくれ」
ゼロスは俺達三人の先頭に立ち、歩き始める。
俺達の到着を待つ間に、宿の手配をしてくれていたようだ。
俺達三人は前を歩くゼロスの後について宿屋へ向かって行った。
俺達はゼロスの案内で、ゼロスが部屋を確保した宿屋を目指して移動していた。
俺は村の様子を見るため、歩きながら周囲を見回す。
コルナ村にあったような木造家屋とそれよりも豪華でしっかりとした造りの建物とが入り混じっていた。
停留所の傍には馬車を停車させておく場所やカリーサ程ではないがお店もあったりと、なんとも不思議な眺めになっている村だ。
「なんだか、不思議な村ですね。建物の統一感とかが……」
「まあ、昔からの民家と比較的新しい宿屋やお店が混ざり合っているからな。そこはしょうがねえよ」
「私も初めてこの村に来た時は、エリアちゃんと同じ様な印象を受けましたよ」
「数年前はここまでじゃなかったんだけどな」
「じゃあ、建てられたのは最近なんですね」
俺達が喋りながら歩いていると、ふとゼロスが足を止める。
ゼロスが止まったので、傍を見ると豪華な造りの大きな木造家屋が建っていた。
その宿屋の両端はおそらく民家なのか、両隣の建物との差がすごい。
看板には、宿屋百合華亭と書かれていた。
「着いたぜ、ここだ。最近、リーリ村で泊まる時はいつもここに泊ってるのさ」
「ここ、俺もよく泊まる所だな。値段は少し高いが部屋と食事がよくてな」
「たしかに、お値段が高そうな宿ですね。でも、宿から感じられる雰囲気は素敵です」
「そうですね。そういえば、宿泊代は大丈夫だったのですか?」
俺は見上げていた宿屋からゼロスの方に顔を向けると、ゼロスに尋ねる。
すると、ユリカとリーズもゼロスの方を向いた。
「宿泊代、足りたは足りたんだが……。……すまん、もらった報酬ほぼ宿代で消えた」
「それはしょうがないな。まあ、一日ただで泊めてもらえたと思えば悪くはないだろ」
「ゼロスさん、大丈夫ですよ。これだけ立派な所なら、文句が出る訳ないでしょう」
「そうですね。それで、早速中に入りませんか? 私、気になります」
俺は宿屋の中が気になり、少しソワソワしていた。
すると――。
「エリア、あまりはしゃいで騒いだりするなよ? お前やりそうだから先に言っとく」
「だ、大丈夫ですよ~。たぶん……」
「お前、初めてギルド行った時もそうだったろ? もし騒いだら……」
「騒いだら……?」
ユリカがこちらをジッと見つめてくる。
俺は思わずゴクリと息を飲む。
「今日、寝るまでリーズのペットな」
「「「えっ?」」」
あまりにも予想の斜め上の答えに、思わず固まる。
しばらく、そのままでいると――。
「ユリカちゃん、本当によろしいのですか? 嘘偽りはありませんねっ?」
物凄い早さでリーズが食いつき、再度確認を取る。
その目は物凄く輝いていた。
言い出しっぺのユリカが若干後ずさる。
「えっ? え~と……。……そうだ、嘘偽りはないぞ!」
「ユリカっ!?」
ユリカは少しの困惑ののち、リーズの言葉を肯定した。
それを聞いたリーズが俺の方を向く。
その目付きは鋭く、嫌なオーラが漂ってきていた。
「ひっ!」
俺は本能的に危険を感じ、リーズから距離を取る。
「エリアちゃん、ユリカちゃんが今日は好きなだけ騒いでいいと言っていますよ。楽しみましょうね」
「いや、そんなこと言った覚えはないぞ……」
「ですが、ユリカちゃん。今、それと等しい事を言いましたよね? ねっ?」
「近い近い!」
リーズはユリカに目線を合わせるように屈みながら、ユリカに顔を近づける。
ユリカは顔を赤く染め、両手でリーズを押し返し、距離を取った。
俺は今のうちにゼロスを盾にするようにその背後に隠れ、ユリカとリーズの様子を窺う。
俺の行動にゼロスは驚き、後ろにいる俺の方に顔を向けた。
「おい、エリア。俺を盾にするな! リーズがまた面倒な……」
「……ゼロスさん? 背後にエリアちゃんを隠して、何をするつもりですか?」
「何もしねえよ! エリア……、頼むから俺の後ろから出て来てくれ。俺がヤバイ……」
「わ、分かりました。ごめんなさい」
俺はそう言うと、ゼロスの後ろに隠れるのを止め前に出る。
俺がゼロスの前に出ると、リーズが俺の手を掴んだ。
「ふふふっ! それじゃあ、お部屋の方に行きましょうか、エリアちゃん」
「えっ!? ユリカ! ゼロス! 助けてくださ~い!」
俺はリーズに手を引っ張られる形で宿の中へ入って行く。
その場に残されたユリカとゼロスも慌てて俺達二人の後に続いて入って行った。
宿屋の中に引きずり込まれた俺は宿の中を見回す。
入って右手の方にカウンターがあり、左手の方にはテーブルにソファーが置いてある。
真ん中は階段があり、ある程度上った先は左右に分かれていた。
外観こそ宿屋という感じだったが、中は完全にホテルのロビーだ。
リーズは宿の中に入るとすぐに止まり、手を繋いだまま後ろを振り返る。
俺は思わず身構えるが……。
「二人とも、ちょっと待てって」
背後からゼロスの声が聞こえた。
どうやら、ユリカとゼロスを待っていたようだった。
まあ、どの部屋に泊まるのかはゼロスしか分からないのだから当然か。
俺達二人にユリカ達が追いつくと、ゼロスが俺達の前に出る。
「お前ら、どこの部屋取ったか分からないだろ? こっちだ、ついてこい」
ゼロスが中央の階段を上って行くので、俺達三人はその後をついていく。
階段を上っていると、分岐点があり、それを左に上っていった。
そして、二階に上がり部屋が並ぶ廊下を歩いて行く。
「取れたお部屋は隣同士なのですか?」
「部屋は二〇四と二〇九だな。隣同士ではないが、そんなに離れているわけでもないぜ」
俺は歩きながら部屋の番号を確認する。
今はちょうど二一〇と書かれていた部屋の前だった。
そして、その隣の部屋で止まる。
「ここが、三人部屋の二〇九だ。部屋の鍵はリーズかユリカが持っていてくれ」
「では、私が持っておきますね」
「分かった、リーズに任せるぞ」
ユリカがそう言うと、ゼロスはリーズに部屋の鍵を渡す。
リーズは受け取った鍵を仕舞った。
「俺はこの先の二〇四の部屋にいるから、何かあれば部屋まで来てくれ」
「分かりました」
ゼロスはそう言うと、自分が泊まる部屋の方へと向かって行く。
俺達三人はリーズに鍵を開けてもらい、部屋に入って行った。
部屋へと入った俺は周囲を見回しながら進み、中を確認する。
入って少しの所にドアが二つあり、その中を確認すると手前がトイレで奥が風呂のようだ。
さらに進むと少し開けた場所に出る。
そこには壁沿いにベッドが三つ置いてあり、他にはテーブルに椅子が三脚置いてあった。
リーズは一番右端のベッドの方へと向かう。
もちろん、手を繋いだままの俺を引っ張りながらだ。
そしてベッドに腰掛けると、隣に座れという様に隣を軽くポンポンと叩く。
俺は叩かれた場所に座った。
「さて、エリアちゃん。まずは何をしましょうか? 何でもいいですよ」
「何を、と言われても……」
俺はユリカの方を向き、助けを求めるように見つめた。
最初は椅子に座ってゆっくりしていたが、俺がずっと見つめていると溜息を吐きながら立ち上がる。
「リーズ、とりあえずまだ騒いだりしてないから、エリアを離してやれ」
「さっき宿屋の前で騒いでいましたよ?」
「それは俺達全員そうだったから、ノーカンだ」
「ノーカン?」
「……さっきのは無しってことだ」
「……分かりました」
リーズは渋々掴んでいた俺の手を離す。
解放された俺は素早く真ん中のベッドの方へ移動した。
「ああっ! エリアちゃんが離れてしまいました……」
リーズはそう言うと、しょんぼりと肩を落とした。
俺は悪くないのに、今のリーズを見ていると罪悪感が湧いてくる。
だが、ここで隙を見せると何をされるか分からないので、しばらく放置しておくしかない。
ゆっくりしているはずなのに、ゆっくりできない時間が続いた。
俺達三人が部屋に入ってからしばらく経った頃、誰かがドアをノックする音が部屋に響く。
「ゼロスだ! もうすぐ夕飯が食べられるから、呼びに来た!」
ノックの音がした後、ゼロスの声が聞こえた。
俺達三人はドアの方へ向かって行き、ドアを開ける。
すると、そこにはゼロスが立っていた。
「よかった、部屋にいたか」
「もうすぐご飯を食べられるということでしたが、もう向かうのですか?」
「早めに行っておいて席を確保しようと思ってな。実は俺、既に腹減っちまってさ」
「俺も腹は空いてきてるな。そう言うことなら早めに行くか。エリアとリーズもそれでいいか?」
「はい」
「私もそれでよいですよ」
ユリカの言葉に俺とリーズは頷く。
俺もお腹が空いてきていたので、ちょうどいい。
俺達は一階に下りて行った。
俺達は一階にある食堂で席を確保し、ゆっくりしていた。
料理の注文受付まではもう少しかかるらしい。
今も調理中なのか、座っている俺達の方まで食欲をそそるいい匂いがしてきていた。
「いい匂いがしていますね。料理が楽しみです」
「ああ、こっちまで漂って来てるな。ここの料理はなかなか美味いんだよな~」
「たしかに、そうだな。今日は肉料理中心みたいだし。あ~、酒飲みてえな~」
「ゼロスさん、明日もありますからお酒は我慢してください」
「一杯くらいなら……」
「そういう事言う方は大抵、二杯目三杯目と飲みますよね? それにエリアちゃんやユリカちゃんもいるんですからね。だから、ダメですよ」
「仕方ねえな、我慢するか~」
ゼロスは残念そうな表情で天井の方を見上げていた。
席を確保してからのんびりしていると、段々と周りの席に他の宿泊客がやってきて騒がしくなってきた。
どうやら、もうすぐ注文受付が始まるようだ。
すると、ウエイトレスが出て来て周囲のテーブルで注文を受け始めた。
俺達の方にもウエイトレスが注文を聞きにやってくる。
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか?」
そう言われた俺はユリカの方へ顔を向ける。
そういえば、メニューを見た覚えがなかった。
「ユリカ、どうすればいいですか?」
「エリアは、俺と同じメニューでいいか? たぶん、今日は肉料理だと思うが……」
「はい」
ユリカに尋ねられた俺は頷く。
それを確認すると、ユリカはリーズとゼロスの方を交互に見る。
「リーズとゼロスはどうする?」
「俺はいつも頼んでいるのがあるから、それにするかな」
「私はユリカちゃん達と同じものでよいですよ。どれが美味しいなどは分かりませんから」
「分かった。それじゃあ、シェフのおすすめ三つ頼む」
「シェフのおすすめ三つですね」
ウエイトレスは注文を聞くと紙にメモをする。
それを確認したユリカはゼロスの方を向く。
「ゼロスはどうするんだ?」
「俺も同じのでいいぜ。いつも頼んでるのがこれだからな」
「では、シェフのおすすめ四つですね。他にご注文はありますか?」
「いや、以上で大丈夫だ」
「それでは、少々お待ちください」
注文を聞き終わるとウエイトレスは奥の方へと入って行った。
「ユリカも、いつもシェフのおすすめ頼んでるのか?」
「俺もよく頼むな。日替わりのメニューだから、同じの頼んでいても飽きないんだよな」
「だよな~」
何やら料理の事でユリカとゼロスが楽しそうに話をしていた。
「シェフのおすすめって日替わりなのですね。私はここに泊まるのは初めてなのでメニュー、詳しくないんですよね」
「私もですね。いつも泊まる時はもう少し安い宿屋に泊まっていましたから」
「そうなのですか。そういえば、他にはどんな料理があるんでしょう?」
「あれ、メニューではないでしょうか?」
リーズが何か見つけたのか、ある方向を指差す。
俺も目で追うと、何やらギルドの掲示板みたいな大きさの物にびっしり紙が貼られていた。
たしかに、料理名と金額が記されているようだ。
今だに、こっちでの金銭感覚がないため高いのか安いのかよく分からなかった。
「エリア、どうしたんだ? なんか難しい顔してるぞ?」
「え? そうでしたか? いえ、あそこにメニューみたいなのがあるのですが、値段が高いのか安いのか判断がつかなくて……」
「まあ、そうか。買い物させたことなかったもんな。コメスに行ったら、自分で何か買ってみるか?」
「そうですね、このままだと困りますからね」
俺達二人の話を聞いていたリーズとゼロスは微妙そうな心配そうな複雑な表情を浮かべていた。
「やっぱり、エリアってさ……」
「いえ、違いますからね!」
「大丈夫ですよ。何か困ったことがあれば、私がなんとかしますからね! 遠慮せず言ってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
リーズが笑顔でそう言うので、ついお礼を言ってしまった。
いや、これくらい自分でなんとかできないとまずいな。
後でユリカに聞いてみよう。
そんなことを考えていると注文した料理が俺達のテーブルに運ばれてくる。
肉料理の正体だが、どうやら肉野菜炒めのようなものだった。
湯気が立ち昇り、いい匂いが食欲を刺激する。
「今日はこれだったか。これ美味いんだよな」
「美味いのは確かなんだが、俺には少し辛いな」
「ユリカは辛い物が苦手なのですか?」
「いや、苦手というわけではないんだが……」
どうも歯切れがよくない。
もしかしたら、ユリカの今の体は辛い物が苦手なのかもしれない。
俺達の話を聞いていたリーズが料理を口に運ぶ。
そして、よく咀嚼すると飲み込んだ。
「私はこのくらいの辛みであれば、よいと思います」
「そうか……。何だろうな、好みの問題か?」
「だと思いますよ」
俺も料理を口に運ぶ。
そして、咀嚼する。
肉は柔らかく適度な辛みがいい。
野菜もシャキシャキといい音を立てる。
正直美味しいが……。
「確かに美味しいですね。私としても辛みは程よく感じますね」
「エリアもそう思うか……。なら、好みのせいか……」
「ただ……」
「ただ?」
俺が途中で言葉を切るとユリカが尋ねる。
「すごく……、オン・ザ・ライスしたいです……」
「気持ちは分かるが、それはできないから諦めろ……」
「オンザライス?」
俺は少し残念そうな表情をしてしまった。
無理ならしょうがないので諦めるしかない。
隣ではリーズが俺の事を不思議そうな顔で見つめていた。
俺達はそんな風に楽しく料理を堪能していた。




