第39話 中継地点
俺達はカリーサから定期馬車に乗り、コメスを目指して移動していた。
道中、魔物が襲ってくることもあったが、俺達の相手ではなく一撃で処理できた。
今はコルナ村に到着し、その停留所でしばらく停車している。
後少しもすれば、おそらくは出発するだろう。
「コルナ村までは来たので、次はコメスですか?」
「いや、その前にリーリ村だな」
「リーリ村?」
俺の疑問に、ユリカが答える。
俺はリーリ村についての記憶を手繰ってみる。
しかし、思い出すことができなかった。
俺は首を傾げる。
「リーリ村はカリーサとコメスのちょうど中間くらいの位置にある村だな。位置関係から中継地としてよく使われるのさ。基本的にコルナ村で一夜を明かすことはないが、リーリ村ではほぼ確実に一泊するぜ」
「中継地点とされるだけあって、リーリ村には様々な宿屋がありますよ」
「そうなのですね」
首を傾げている俺に、リーズとゼロスが補足してくれた。
どうやら、コメスの前にリーリ村に寄ることはほぼ確定らしい。
俺はユリカの傍に行き、小声で話しかける。
「ユリカ、リーリ村ってスタゲにありましたか? なんか、思い出そうとしても思い出せなくて……」
「スタゲにもあったぞ。リーリ村周辺には優秀な素材が手に入る高難易度のダンジョンがあったから間違いない。俺も結構周回してたしな」
「それなら、間違いなさそうですね。私はあまりそういうダンジョンには行ったことがありませんでしたから」
俺が小声で話すとユリカも同じ様に返事をした。
記憶から引っ張り出せなかったが、どうやらスタゲの頃からあったようだ。
高難易度ダンジョンは一部を除きギルメンと何度か行ったことがあるくらいで基本近寄らないから、覚えてなくても無理はない。
「お前ら、どうかしたのか?」
俺達がこそこそと話しているとゼロスに声を掛けられた。
俺はゼロスの方を向くと、何でもないという様に両手を振って誤魔化す。
「いえ、何でもないですよ」
「ああ、何でもないから気にするな」
「そうか? ……まあ、いいが」
俺の言葉に同意するようにユリカも頷く。
さすがに、リーズとゼロスにスタゲの話はできない。
そんな俺達を怪訝な表情でゼロスが見ていた。
「ゼロスさん、女の子に詮索はいけませんよ? 色々ありますからね」
「そんなもんか? まあ、ちょっと気になっただけだ」
リーズのフォローが入り、ゼロスはそれ以上何も聞いてこなかった。
俺達はリーズの思わぬフォローで助けられる形となった。
リーズに、サンキュー、と言いたい。
そんなことを思っていると、馬車がゆっくりと動き出した。
どうやら、リーリ村に向けて出発するようだ。
「馬車、すぐ動き出しましたね」
「まあ、乗る人はほぼいないからな。あの時の俺の様に、特別な用事がなければコルナ村に行くこともないからさ。だから乗る人も必然的にほとんどいないんだ」
「なるほど、たしかにそう言われればそうですね」
ユリカの言葉に納得し、俺は頷く。
コルナ村は農村だから、あまり外部に出かける人もいないだろう。
その上で来る人もほぼいないとなれば当然そうなるか。
俺は窓の外に目を向ける。
馬車は村の広場を出て、来た時とは反対方向に曲がり速度を上げていく。
そして、リーリ村へと向けて出発した。
コルナ村を出発してから、かなりの時間が経過した。
俺達はその間もお喋りしながら、のんびりと過ごしていた。
「リーリ村までは、後どのくらいかかるのですか?」
「そうだな……」
ユリカは窓の外を見る。
俺も同じ様に窓の外を見るが、コルナ村を出てからあまり景色が変わった気がせず分からなかった。
リーズとゼロスの方に目を向けると、二人も窓から外の様子を見ていた。
「たぶん半分はもう来てるだろうから、夕方には着くんじゃねえかな」
「夕方ですか、今日中に着くなら安心できますね」
「いや、安心するのは宿で部屋を取ってからだぞ? それまでは何とも言えない」
「そうですね。ただ、宿屋もかなりあったはずですから、どこかしらお部屋はあると思いますよ」
「部屋が取れなかった場合は……?」
俺は恐る恐る確認する。
すると――。
「野宿だぞ」
「野宿だな」
「野宿ですね」
三人共一斉に答える。
見事な悲しいハモリだった。
答えを聞いて自分でも、ですよね~、と思ってしまった。
せっかく宿屋が色々あるなら宿に泊まりたいものである。
「そうならないことを祈っています」
俺は両手を合わせて、お祈りする。
それを見たリーズは同じ様にお祈りをし始めた。
「リーズ……、一緒に祈ってくれるのですか?」
「ごめんなさい、エリアちゃん。……これはいつものお祈りです」
俺は思わずガクッとしてしまった。
初めて会った時もそうだったが、リーズはお祈りしている姿を偶に見かける。
たぶん、時間とかで決まってると思うが、ちゃんと聞いたことはないので詳しいことは分からない。
「気になっていたのですが、リーズは偶にお祈りしていますよね? 何を祈っているのですか?」
「これは、女神エルティア様へのお祈りです」
「女神エルティア様? どこかで聞いたことがあるような……」
「確か、創世神話に出てくる女神だったよな? どこかで読んだことがあるぜ」
「創世神話?」
創世神話をゼロスは知っているようだが、ユリカは知らないのか何か思い出すように考え込んでいた。
俺も女神エルティアに聞き覚えはあるのだが、どこで聞いたか思い出せない。
「はい、女神エルティア様は創世神話に出てくる七柱の内の一柱なんです。第四柱大地を生み出した女神、と言い伝えられています」
「大地を生み出した女神……」
「そうだったな。他はたしか、星、空、海、生物、感情、物質、だったか?」
「その通りです。ですが、ゼロスさんが知っているのは意外でしたね」
「意外ってのは酷くねえか? まあ、知ってたのは偶々だけどさ……」
ゼロスは心外だと言わんばかりの表情をしている。
創世神話……。
(転移者は知らなくて、現地人は知っていることなのか。なら、ゲームだった頃にはなかったものの一つってことになるが……)
普通に考えればそういうことになるが、何かが引っ掛かる。
そもそも聞き覚えがあるのがなんとも言えない。
だが、いくら考えても思い出すことができなかった。
俺が思い出そうと記憶を引っ張り出していると、馬車は急に停止した。
考え事をしていた俺は突然の反動で思いっきり体が背もたれの方へ引っ張られる。
「っ!? 何ですか!?」
「危なっ!?」
隣ではユリカが同じ様に背もたれに体を引っ張られていた。
俺達は慌てて、窓の外を確認する。
すると、数人の男達が馬車を包囲しようとしているかのように近づいてきていた。
「あれは盗賊だな。まず、間違いなく」
「格好からしてそうでしょうね」
「急いで迎撃するぞ」
「は、はい!」
俺達は馬車の外へと出て行った。
馬車から降りた俺達はすぐに周囲を確認する。
馬車のドア側の方にも数人の男達がおり、窓側と同じ様にこちらに近づいてきていた。
向こうも降りて来た俺達に気づくと、警戒するかのように一旦距離を取る。
「おい! 馬車からなんか降りて来たぞ! 気を付けろ!」
そして、そのうちの一人が声を張り上げる。
「ど、どうしましょう?」
俺は慌てて三人に声を掛ける。
自分でも分からないが、落ち着きがなくなってきていた。
すると、ユリカが俺の肩を軽く叩く。
「エリア、とりあえず落ち着け。それで、この状況どうする?」
ユリカは俺の肩に手を置いたまま、二人と相談を始める。
俺はユリカのおかげで少しずつ落ち着くことができた。
「相手は包囲するつもりだったのだろうけど、俺達に気づいて一旦距離を取ってる。今のうちに一気に叩くしかねえな」
「そうなると、二手に分かれるか? 反対側にもいるからな」
「そうだな、振り分けはユリカに任せるぜ。全員の戦い方、おおよそ分かるだろ?」
「ああ、おおよそはな。俺とエリア、ゼロスとリーズで、二人は反対側を頼む」
「おう」
「分かりました」
「はい」
俺達三人はユリカの指示に頷いた。
そして、ゼロスとリーズは急いで反対側の男達の方へと向かって行った。
「エリア、俺が前に出るからお前は後方から援護してくれ。慌てない様に落ち着いてな」
「分かりました」
俺は頷くと、右手を前に突き出す。
隣ではユリカが同じ様なポーズを取っていた。
「来い! ハードブレイカー!」
「来い! ソウルイーター!」
俺達が宣言すると、俺達の右手に柄の部分が納まるように光が集まってくる。
集まった光達はそれぞれの武器を形成していく。
そして、武器の形成が終わると光は弾け飛び、俺達の武器が姿を現した。
俺達は武器を構えると、男達と向き合う。
「おい! なんだありゃ!」
「あれをやる奴はヤバイ奴だぞ! どうすんだ!」
ところが、俺達が武器を出した瞬間男達が慌てふためく。
どちらにせよ、これはただの隙でしかない。
この隙を見逃さず、ユリカは男達の方へと急接近していく。
ユリカが接近しているのに気づいた男達だが、時既に遅し。
「ソニックスラッシュ!」
ユリカはハルバードを横一閃し、真空刃を飛ばす。
そして、飛ばした真空刃は一か所に固まっていた男達に命中し、男達は吹っ飛ばされた。
ユリカは再起する可能性があるため警戒して様子を窺う。
だが、男達が動く様子がないことを確認すると素早く近づいて行き拘束した。
そして拘束した男達を運び、馬車の方へと戻って来る。
俺は捕まった男達から少し距離を取り、遠巻きに見つめていた。
「こっちはこれで片付いたかな。エリア、他に隠れてるやつとか見たか?」
「いえ、他にはいませんでした」
「そうか……。エリア、悪いんだけど向こうの様子を見て来てもらえるか? 俺はこいつらを見張ってるからさ」
「分かりました」
俺は頷くと、馬車を挟んで反対側――ゼロス達の方へと向かって行った。
馬車の反対側に来ると、こっちも既に終わっていた。
ゼロスの傍には拘束された男達が転がっている。
俺が近づいて行くと、こちらに気づいたリーズが傍までやってきた。
「こちらは迎撃完了しましたよ、エリアちゃん達は大丈夫でしたか?」
「はい、こちらも全員拘束しました。それで、この後はどうすればいいですか?」
俺はゼロスの傍に転がっている男達を見ながら、二人に尋ねる。
リーズは俺と同じ様にゼロスの方を向いた。
「向こうの奴らはユリカが見てるんだろ? なら、すぐ合流してリーリ村まで行っちまった方がいいな。こいつらに目を覚まされても困るしな」
「リーリ村に、ですか?」
「リーリ村に限った話じゃないが、各街や村には王国軍から派遣された騎士が常駐してるんだ。だから、奴らは軍の連中に引き渡せばいいのさ。ついでにいくらかの報酬ももらえるぜ」
「そういう風になっているのですね」
「では、私は御者さんにお話を通しておきますね。この人達は馬車に乗せて運ぶしかないのでしょう?」
「そうなるな。それはリーズに任せるわ」
「分かりました」
頷いたリーズは、御者の方へ話をしに向かう。
残った俺達は男達を運び、ユリカと合流した。
そして、拘束した男達を馬車に乗せ、見張りとしてゼロスも一緒に馬車に乗り込む。
「ゼロス、そいつらを頼んだぞ!」
「たしかに任された! 俺はこいつらと先にリーリ村に向かうぜ」
ゼロスはそう言い、馬車のドアを閉める。
それを確認したリーズは、御者に手で合図を送る。
すると、馬車はリーリ村へ向けて走り出した。
俺達三人は先にリーリ村へ向かう馬車を見送る。
そして、残った俺達三人は徒歩でリーリ村へ向かうことになった。




