第38話 コメスへ向けて
翌日の早朝、俺達は身支度と朝食を終えて、ギルドの前に集合していた。
「それじゃあ、お店に行くか」
「行きましょう」
「だな」
リーズとゼロスは頷いたが――。
「ユリカ、聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「ん? どうしたんだ?」
俺は気になったことがあるのでユリカに尋ねた。
ユリカは首を傾げ、こちらを見つめる。
「昨日と同じお店に行くのですか? そこで買えるものは結構買ったような気がするのですが……」
「確かにそうだが、パーティーの人数が増えたことを考慮して、食料とかもう少し買っておいた方がいいかと思ってな」
「なるほど、確かにそうですね」
ユリカの考えに、俺は納得する。
そこまで頭が回っていなかった。
「そういえば、聞き忘れてたが……。ゼロスは早朝から出発する時に寄ったりする店はあるか?」
「確かにあるが、ほとんど昨日のうちに済ませてあるぜ。後は水と食料くらいだが、そういう店に行くなら他に寄るところはないな」
「分かった。リーズはどうする? 昨日の薬屋、寄るか?」
「私も昨日購入した分で足りていますから、大丈夫ですよ」
「分かった」
リーズとゼロスに確認を取ったユリカは最後に俺の方へ顔を向けた。
「エリアは気になった店とかあるか? 寄ってみたい店があるなら、食料とかを買い終わった後で寄れるが……」
「えっとですね……。すっかり忘れていたのですが、クッション買えるお店……ありますか?」
「あ~、それか~。カリーサ来る時、大変だったもんな」
「何かあったのですか?」
ユリカの反応にリーズが不思議そうな表情でユリカの方を見る。
ゼロスも話の続きを待っているのか、ユリカの方に目を向けていた。
「エリアはカリーサに来るときに初めて馬車に乗ってな。それで……」
「ユリカ! その話は止めてください!」
ユリカがその時の話をしようとしたので、慌てて止めた。
我ながら実に子供っぽいことをした自覚はあるのだ。
その時は必至だったから、全然気づかなかったが……。
思い出したら、恥ずかしさのあまり頬が熱を帯びてきた。
これが黒歴史というやつか!
「なんか面白そうな話だが、本人が嫌がってるからやめてやれ」
「私は興味あるというか、ぜひ聞きたいですね!」
ゼロスはユリカを止めるが、ゼロス本人は笑いながら言っているので説得力がなかった。
リーズの方はというと、めっちゃ食いついている。
目を輝かせながら俺の話に興味津々といった感じだ。
頼むユリカ、勘弁してほしい。
「ストップ、ストップです! それでユリカ、クッション売ってるお店ってあるのですか?」
「いや、カリーサにはないな。コメスに行けば間違いなくあると思うが……」
「え……」
話は逸らせたが、ユリカの言葉に俺は固まる。
それはつまり……。
(クッションなしで馬車旅か~……。絶望した!)
俺が固まっていると――。
「エリアちゃん! よろしければ、私のひざの上に乗りますか?」
「えっ!?」
リーズが突拍子もないことを言い出した。
ユリカやゼロスも何も言わず驚いた表情でリーズの方を見る。
さすがにそれは無理がある。
「お心遣いだけ受け取っておきます。さすがに無理がありますよ」
「大丈夫ですよ! 座ってる間も存分にだき……しっかり固定しますからね!」
「……」
俺は一瞬背筋が寒くなった……気がした。
リーズさんの表情を見ると、真剣と書いてマジと読みそうなくらい真剣な表情をしている。
(リーズ……。今、本音がチラッと漏れてた気がするのは気のせいか?)
俺はリーズの発言は聞かなかったものとして話題を変えることにした。
「クッションが売っていないのは辛いですが、ないものはしょうがないですよね。食料品を買いに昨日のお店に行きましょうか」
「あ……ああ、行くか」
「……だな」
ユリカとゼロスは察してくれたのか、困惑しつつ頷いてくれた。
リーズの方はというと笑顔を浮かべている。
というか、笑顔で反応を待っている、と言った方が正しいか。
そして、俺達三人が昨日の店へ向かって移動を始めると、リーズも慌ててついてきた。
俺達は西口方面まで移動し、昨日のお店に寄って食料や水等の物資を調達した。
今日買った分は俺とユリカで半分ずつ腕輪に仕舞ってある。
いざという時のために持っておけ、とのことだ。
そして、予定通りのことを済ませると昼頃までどうするか相談をしていた。
「馬車が来るまで時間がありますけど、どうしますか?」
「誰か行きたい店あるか?」
「それなら、昨日の雑貨屋に少し寄ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。他に希望がなければ、とりあえず雑貨屋行くか。ちょうど場所も南口だしな」
リーズの希望で俺達は南口方面にある雑貨屋へ行くことになった。
しばらく歩いて南口の方へ移動してきた俺達。
南口の停留所を通り過ぎ、雑貨屋を目指して移動する。
開店準備中の店が並ぶ通りを歩き、昨日最初に寄った雑貨屋に到着した。
「リーズは何を探しにきたんだ?」
「それは……、店を見てからのお楽しみです」
ユリカが尋ねると、リーズは可愛い仕草で内緒にする。
その仕草に少し、ドキっ! 、としながらも俺とゼロスも首を傾げていた。
リーズが店に入って行ったので、俺達三人も後について入って行く。
リーズの後に続いて店の中を見て回る。
さすがに、昨日今日では商品に違いは見られない。
そのまま後についていって、店のある一角まで来ると、リーズは商品を確認し始めた。
棚の商品を見てみると、数種類の色の布が置かれている。
別の段には糸や針などの裁縫道具が置いてあった。
「あの……、リーズ。布を見ていますが、何に使うのですか?」
「ふふふっ! それはですね……、エリアちゃん用のクッションを作ろうと思いまして!」
「えっ? 本当ですか?」
思いがけない言葉に頬が緩む。
そんな俺の様子を笑顔で見つめながら、リーズは頷く。
「でも、裁縫道具とかはどうするのですか?」
「いざという時のために、そういう道具は携帯していますから、大丈夫ですよ。ところで、エリアちゃんはクッションは何色がよいですか?」
「色ですか? えっと……、青系の色がいいですね」
少しの間考えてから、リーズに答える。
すると、リーズは棚にある布の色を確認し、そのうちの一色を選んだ。
「この中だと……、これでしょうか。エリアちゃん、色はこれでよいですか?」
リーズは棚から布を取り、俺に見せる。
それは水色の布だった。
色を確認した俺は、笑顔で頷く。
少しテンションが上がってきてしまった。
「はい!」
「では、この色でクッションを作りますね。後は……」
その後、リーズは作製時に必要になりそうな物を選び、購入する。
そして、俺達は雑貨屋を後にした。
俺達は南口にある停留所の長椅子に座りながら、馬車を待っていた。
馬車が来るらしい時間にはだいぶ早いが、リーズがクッションを作ってくれるということで早めに来たのだ。
俺はリーズの隣に座り、作製している様子を眺める。
すると、リーズは一度こちらに目を向けた。
「さすがに、見られながら作業をするのは緊張しますね」
「あ……、ごめんなさい。すごくてきぱきと製作が進んでいたものですから、つい……。リーズはよく裁縫をするのですか?」
「謝らなくて大丈夫ですよ。そうですね……、頻度は多くありません。必要があり、自分でできる場合は自分でおこなう、というくらいでしょうか」
「なるほど。でも、すごいです!」
俺は笑顔でリーズに言った。
俺はほとんどできないのもあるが、なんかそういうのかっこいいな、と思ったのだ。
作業をしているリーズの手からリーズの顔の方へ俺が視線を移すと、リーズは微笑みを浮かべていた。
その横顔からは何か神々しさのようなものを感じる。
その後も俺はリーズが作業している様子を眺めていた。
リーズが作業を始めてどれだけの時間が経っただろうか。
リーズは作業していた手を止める。
「エリアちゃん、完成しましたよ!」
リーズはそう言うと、完成したクッションを持ち上げて俺に見せる。
「すごいです! 触らせてもらってもいいですか?」
「よいですよ、エリアちゃんのために作ったのですから」
リーズは微笑みながら俺に完成したクッションを手渡す。
俺は持ち上げて色々な角度からクッションを眺めたり、クッションの弾力具合を確かめる。
お店に売っててもおかしくない程、しっかりした出来のクッションだった。
「リーズ、ありがとうございます! このクッション、お店で売ってても違和感ないです!」
「喜んでもらえたなら、私も嬉しいです」
俺は早速クッションを抱いてふかふか具合を堪能しながら、リーズを称賛する。
そう言われたリーズは笑顔を浮かべ、俺の頭を優しく撫で始めた。
「え?」
突然のことにリーズの方を見る。
すると、リーズは優しく微笑みながら俺を見つめていた。
撫でられているのもあり、少し恥ずかしくて目を逸らす。
「あの、リーズ。頭を撫でられるのは恥ずかしいです……」
「もう少し……もう少しだけ……!」
リーズは笑顔で俺の頭を撫で続ける。
恥ずかしかったが、リーズにはいいクッションを作ってもらったのでお礼のつもりで大人しく撫でられ続けた。
しばらくの間撫でられていると、満足したのかリーズが撫でるのを止めた。
「エリアちゃん成分、補充できました!」
「そ、そうですか……」
リーズは満面の笑みで額を拭う。
俺はそんなリーズの様子を少し困惑しながら見つめていた。
その時――。
「へ~、よく出来てるじゃねえか、そのクッション」
「確かに上手いもんだよな」
その声に反応して顔を向ける。
すると、いつの間に寄って来ていたのか、ユリカとゼロスがクッションを見ていた。
「はい! とてもふかふかです」
「エリア、よかったな。これで馬車も大丈夫だろ?」
「はい、大丈夫です」
俺はクッションを抱きながら、笑顔で頷く。
ユリカも穏やかな表情で俺の方を見ていた。
「そろそろじゃねえかな、馬車く……」
ゼロスがそう言いかけた時、南口から馬車が入って来た。
馬車は広場を一周して、出口の方へ向きを変えると停止した。
その様子を確認したユリカは空を見上げる。
俺も同じ様に空を見上げると、ちょうど太陽が真上の辺りまで昇っていた。
「どうやら、予定通りに来てくれたみたいだな」
「そのようですね」
「それじゃ、行くか」
「はい」
ゼロスの言葉に俺達三人は頷くと、ユリカを先頭に馬車に近づいて行った。
そして、ユリカは御者の傍まで近寄って行く。
「この馬車はコメスまで行くか?」
「コメスまでは行くぞ。ただ、そこから先はコメスで再度乗り換えてもらうしかないが……」
「いや、コメスまで行くなら、問題ない。四人乗せてくれ」
「はいよ。じゃあ、乗って待っててくれ」
「ああ」
ユリカは御者との確認を終えると、俺達の元に戻って来た。
「この馬車はコメスまで行くそうだ。乗って待っててくれってさ」
「分かりました」
「なら、さっさと乗っちまうか」
「そうですね、乗ってしまいましょう」
俺達は定期馬車に乗り込む。
そして、乗り込んでからしばらくすると、馬車はコメスを目指して出発した。




