第35話 初めての依頼報告
ウーマンイーターの蔓が増し、俺の体に巻きついてきてピンチだった時に突如現れた男性に助けられた。
俺はひざ裏と首後ろを持つ抱っこ――お姫様抱っこで運ばれ、ウーマンイーターとある程度距離がある位置まで来ると、男性は俺を降ろした。
「あの……、ありがとうございます」
降ろされた俺は、すぐに男性に礼を述べる。
本当にやばかったので、俺は安堵の息を吐いた。
「まあなんだ……、話は後だ」
少し照れた様に顔を背け、男性はすぐにウーマンイーターの方に向かって行く。
そして、俺を助けたのと同じ様に、ユリカとリーズさんを順番に蔓の拘束から解放し、俺の元まで運んできた。
「すまん、助かった」
「ありがとうございます。…………」
ユリカとリーズさんは礼を述べる。
だが、リーズさんはその男性と少し距離を取り、ちらちらと目を向けていた。
ウーマンイーターの方は多くの蔓を切られたからか、いったん叫ぶと動きが鈍くなっていた。
「全員無事な様でよかったぜ。俺はあのマンイーターにとどめをさしてくる」
男性は剣を抜いて構えると、弱ったウーマンイーターに一気に接近していく。
そして、ウーマンイーターの頭部を切り刻んだ。
「シャアァァ…………」
少しの声を上げると、ウーマンイーターは動かなくなり、蔓も動きを止めた。
ウーマンイーターが動かなくなったのを確認すると、俺達三人も男性とウーマンイーターの傍に近づいて行く。
俺達三人が近寄ってきているのに気づいた男性は無造作に束ねられた茶髪を揺らしながら俺達三人の方へと振り返る。
「とどめはさしたから、もう大丈夫だ」
「危ないところをありがとうございました」
「ありがとうな。全員捕まってたから、さすがにやばかったんだ」
「先程はありがとうございました。……ですが、この様な森の奥地になぜいらっしゃったのですか?」
俺達は男性に再度礼を述べる。
リーズさんも礼を述べるが、何か引っかかっているのか警戒するような目で男性を見ていた。
そんなリーズさんの様子を見て、男性は困ったという風に頭をかく。
「なぜも何も依頼で来ただけだぜ? なんでも謎の赤いマンイーターがカリーサ大森林にいるって目撃情報が複数あるから、至急調査及び討伐して欲しいって依頼が来ててな。探しながら奥地まで来たら、偶々お前らを見つけたって訳だ」
「そうですか……」
リーズさんは納得したという表情はしていなかったが、それ以上は何も言わなかった。
「おっと、そういえば自己紹介してなかったな。俺はゼロス・カーダ。今の話から分かる様に冒険者をやっている」
「ん? もしかして、あんた……。聖盾のゼロス、なのか?」
「おや? お嬢ちゃん、俺の事知ってるのか。たしかに、そう呼ばれてはいるな」
「やっぱり、そうだったか」
ユリカは予想通りだったと頷いている。
だが、俺は聞いたことがない名前だった。
リーズさんの方を見てみると、まだ警戒は解いていない様なので、おそらく俺と同じで知らないのだろう。
「有名な方なのですか?」
俺が尋ねると、ユリカは頷く。
「ああ、直接会うのは初めてだが、ギルドとかで噂は聞いているからな」
「俺、噂になってんのか。いったい、どんな噂になってるかは聞きたくねぇな……」
本当に嫌なのか、ゼロスさんは顔をしかめる。
本人が嫌そうにしているので、噂については触れないことにした。
「私はエリアと申します。昨日、冒険者になったばかりの新米です。よろしくお願いします」
「俺はユリカだ。エリアと同じく冒険者をしている。よろしくな」
「私はリーズ・アルフェルトと申します。よろしくお願いいたします」
「三人とも、よろしくな。ところで俺からもいくつかいいか?」
「はい」
俺は頷いて、ゼロスさんに続きを促す。
「まずはユリカちゃんだが、もしかして、ギルドで噂の天才少女か?」
「え?」
「ユリカちゃん、有名人だったのですか?」
ゼロスさんの言葉に驚いた俺とリーズさんはユリカの方を見る。
俺とリーズさんがユリカの方を見ると、ユリカも知らなかったのか驚いた顔をしていた。
「何でも、僅か14歳でBランク冒険者になったっていう」
それを聞いたユリカは何やら少し悩んでいるようだ。
「天才少女……云々は分からないが、確かに俺はBランクの冒険者だな」
「やっぱり、そうだったか! 俺もあんたの噂を色々聞いてるからな、お互い様か」
「俺も自分が噂になっているのは初めて知ったぞ……」
ユリカは苦笑いを浮かべる。
ユリカの表情を見たゼロスさんは話題を逸らすためか、他の質問をしてきた。
「それでもう一つ聞くが、三人はここで何してたんだ?」
「それは依頼ですよ」
「そういえばエリアちゃん、昨日冒険者になったばかりって言ってたな。じゃあ、初めての依頼ってわけか。だが、こんな奥地に何の用だったんだ? Gランクの依頼にはここまで来るような依頼はないと思うが……」
「いえ、依頼はEランクですよ。ユリカとパーティーを組んで受けたんです」
「そういうことか、納得したわ」
「それで……」
俺はリーズさんの方を向く。
「リーズさんは依頼主さんなんです」
「なるほどな~」
ゼロスさんはリーズさんの方を向く。
すると、リーズさんの眉がぴくりと動いた。
「……それより、採取を済ませてカリーサに戻りましょう?」
自分の話をされるのが嫌なのか、ゼロスさんを警戒しているのか、リーズさんは話題を逸らすようにそう言った。
確かに、脅威だったウーマンイーターは排除されたので、今なら安心してカリーサグラスを採取できる。
「採取? 何か採りに来たのか?」
「はい、カリーサグラスを採りに来たんです」
俺は頷くと、俺達の目的を説明する。
それを聞いたゼロスさんは辺りを見渡した。
「カリーサグラスか……。あれは暗いところに自生しているが、この先に行くのか?」
「いえ、すぐそこに……」
俺が指差そうと光っていた方を向くと、既にユリカとリーズさんが採取をおこなっていた。
俺も慌ててユリカ達の方へと向かう。
その後をゼロスさんもついてくる。
それから、しばらくカリーサグラスの採取をするのだった。
ある程度の量を採取し終わった俺はリーズさんに尋ねる。
「リーズさん、カリーサグラスはこれくらいあれば大丈夫ですか?」
俺は採取したカリーサグラスをリーズさんに見せる。
リーズさんは俺が採ったカリーサグラスを確認した。
「そうですね……。……ええ、これだけあれば大丈夫でしょう」
確認を終えたリーズさんは頷いた。
どうやら必要な量は採取できたようだ。
俺は腕輪を操作すると、アイテム欄にカリーサグラスを仕舞う。
その様子を見ていたゼロスさんは驚いた表情を浮かべる。
「エリアちゃんの付けてるそれ……、ストレージリングじゃないか?」
「え? はい、そうですけど……」
「……なぜ、そんな当たり前のことを、みたいな表情で言うんだ?」
そう言いながらゼロスさんが一歩前に出ると、リーズさんが突如後ろから俺を抱きしめた。
俺の背中には二つの大きく柔らかな物が押し付けられる。
それが何の感触か理解できた俺は、少し頬が熱くなってきていた。
(リーズさんの……、すごく柔らかくて大きい……。……ってそうじゃない!)
「り、リーズさん?」
突然抱きしめられた俺は困惑しながら、リーズさんに声をかけた。
しかし、リーズさんからは返事がなく、その目はゼロスさんを睨んでいるようだった。
ゼロスさんの方を見てみると、強張った顔でリーズさんを見つめている。
「あれ? 俺なんか警戒されてる?」
「ストレージリングの話をした直後にエリアちゃんに近づいたら、それは警戒すると思いますが?」
「いや~、流石の俺もそれは傷付くぞ……」
リーズさんの言葉は刺刺していた。
少しずつ険悪な空気が漂い出して、俺は二人の様子を見ながら困惑する。
その時――。
「あ~、なんだ。とりあえず、ウーマンイーターの部位を回収して街に戻らないか? ゼロスさんもメインはこいつなんだろ?」
ユリカはウーマンイーターの死体を指差しながら、話題を変えた。
リーズさんとゼロスさんはしばらくの間沈黙し、その後ゼロスさんは頷く。
「確かに、俺の依頼はこいつの調査と討伐だな。それを済ませちまうか」
ユリカの言葉に納得したゼロスさんはナイフを取り出すとウーマンイーターの死体を解体して、分別する。
その後ろ姿を監視するような目でリーズさんは見つめていた。
それぞれの依頼を終えた俺達四人はカリーサ大森林の出口を目指して移動していた。
空を見上げるとだいぶ日も傾いてきている。
暗くなる前に、出口には辿り着きたいところだ。
「暗くなる前に出口まで行けるかな……」
「日が落ちるまではまだ時間があるから大丈夫だろ」
俺がつぶやくと、それが聞こえたのかユリカが空を見上げながら答える。
「出口までもう少しだったはずだから、間に合うと思うぜ」
ゼロスさんも周りの木を確かめながら、ユリカの言葉に同意する。。
俺はリーズさんの方に目を向けると、ゼロスさんを警戒している気配が伝わってくる。
今の隊列は前からゼロスさん、リーズさん、俺、ユリカの並びなので表情までは窺うことができない。
それからは特に魔物と遭遇することもなく、しばらく進むと森の出口へとたどり着いた。
カリーサ大森林の出口から、約二時間程歩いてカリーサに戻って来た。
森の出口から出発した時はまだ日は沈んではいなかったが、カリーサに着く頃には既に日は沈み、辺りは暗くなってきていた。
「日が沈んでしまいましたけど、冒険者ギルドはまだやっているのですか?」
「まだやってるはずだから大丈夫だぞ」
俺が暗くなった空や周囲を見回しながら尋ねると、ユリカが教えてくれた。
「そんじゃ、さっさとギルドに報告に行こうぜ。のんびりしてて閉まっちまっても困るからな」
「はい」
「おう」
「そうですね」
ゼロスさんの言葉に俺達三人は頷く。
俺達四人はギルドの方へ足早に向かって行った。
俺達四人が冒険者ギルドに到着すると、ギルドには明かりがついていた。
それを確認すると、建物の中へと入って行く。
中に入ると、暗くなっている割にはそこそこの人がいた。
「もう日も沈んだのに結構人がいるのですね」
「たぶん、他の連中も俺達と同じで依頼の報告に来てるんだろ」
「ここは休憩所だけだが、他の街のギルドだと酒場を兼ねている場合がある。その場合はむしろ暗くなってからの方が人が多かったりするんだぜ」
「なるほど、そうなのですね」
「お話は後にして、まずは依頼の報告を先に済ませてしまった方がよいのではないでしょうか」
「そうですね」
リーズさんの言葉に、俺達三人は頷く。
そして、受付カウンターの方へ向かって行った。
受付カウンターに来ると、依頼の報告のためか数人の列が出来ていた。
俺達四人もその列に並ぶ。
しばらく並んでいると、俺達の番が回ってきた。
「ミミカさん、依頼の報告にきましたよ」
「エリアさん、ユリカさん、お疲れ様です。依頼達成の証とギルドカードの提示をお願いします」
「はい」
「分かった」
ユリカが先にギルドカードを提示し、カウンターの上にカリーサグラスと道中で魔物から集めた素材を置く。
俺もユリカに倣って同じ様に、ギルドカードを提示し、カウンターの上にカリーサグラスと魔物から集めた素材を置いた。
ミミカさんは俺達のギルドカードを受け取ると、装置の上に置く。
その後、カウンターの上の素材達を確認していた。
「エリアさん、ユリカさん、こちらは買い取りということでよろしいですか?」
「ああ」
「はい」
ミミカさんが魔物の素材達の方へ手のひらを向けると、俺達は頷いた。
「分かりました。それでは依頼主のリーズさんがいらっしゃいますのでこの場でお尋ねしますが、ご依頼の内容の特別な植物というのはこちらのカリーサグラスでよろしいでしょうか?」
ミミカさんは今度はカリーサグラスの方へ手のひらを向けると、リーズさんに尋ねる。
「はい、その通りです」
リーズさんは頷いた。
「分かりました。それでは、少々お待ちください」
ミミカさんはギルドカードを載せた装置を操作する。
少しの間操作した後、魔物の素材を確認し、カウンターの下にしゃがみ込んで何やらごそごそし始めた。
しばらくすると、カウンターの下でしていた作業が終わったのか立ち上がる。
「お待たせいたしました。まずはエリアさんですが、こちらが依頼の報酬と素材買い取りの代金です。それとギルドカードをお返ししますね」
ミミカさんが布袋をカウンターに置く。
そして、俺のギルドカードを返却した。
俺は布袋とギルドカードを受け取る。
「それとエリアさん、おめでとうございます。今回の依頼達成により、冒険者ランクがGランクからFランクに上がりました」
「え? ほんとですか?」
俺が再度確認すると、ミミカさんは笑顔で頷く。
予想より冒険者ランクの上りが早かったので、驚いてしまった。
「はい、この調子で頑張ってくださいね」
「はい!」
俺も笑顔で頷いた。
「エリア、昇格おめでとう」
「エリアちゃん、おめでとうございます」
「昇格おめでとう」
三人も笑顔で祝ってくれた。
祝われたのは嬉しかったが、周りの人の視線が俺に集まっていて少し恥ずかしい。
「ありがとうございます」
俺は三人にぺこりとお辞儀した。
「それでは、次にユリカさん。ギルドカードと素材買い取りの代金です」
「ああ、ありがとう」
ユリカは頷くと、カウンターの上の布袋とギルドカードを受け取る。
俺達が依頼の報告を終えると、それを見ていたゼロスさんはカウンターの前にいく。
俺達三人は後ろからその様子を見ていた。
「次はゼロスさんですね。突然の依頼となりましたが、ありがとうございました」
「まあ、ギルドに来ていきなりだったから驚いたけどな」
「では、依頼達成の証とギルドカードの提示をお願いします」
「分かった」
ゼロスさんは解体したウーマンイーターの部位とギルドカードをカウンターの上に置く。
ミミカさんはゼロスさんのギルドカードを装置の上に置き、ウーマンイーターの部位を確認していった。
「確認させていただきました。確かに、これは赤いマンイーターの様ですね。それで、何か分かったことはありますか?」
「いや、特に普通のマンイーターと変わりはなかったな。むしろ、弱いくらいだった」
「そうですか……」
ゼロスさんの話を聞いたミミカさんは考える仕草を見せる。
「そういえば……」
「どうかしましたか?」
ゼロスさんが何か言いかけると、ミミカさんは考えるのを中断しゼロスさんの言葉を待つ。
ゼロスさんは、俺達三人の方を向いた。
同じ様に、ミミカさんもこちらを見る。
「俺が赤いマンイーターを見つけた時、この三人がそのマンイーターに捕まってたんだよな」
「え!? そうなのですか? ユリカさんも一緒だったのにですか?」
「ああ」
驚いた表情でこちらを見ているミミカさんに、ゼロスさんは頷く。
「あの、ユリカさん。話を聞く限りだとゼロスさんよりも先に赤いマンイーターを見つけた様ですが、なぜ捕まってしまったのですか?」
ゼロスさんの言葉に、ミミカさんは驚いた表情で俺達を、特にユリカの方を見ていた。
「ああ、攻撃が全然効かなかったからな」
「銃や魔法も試したのですが、全て弾かれてしまいましたね」
「ものすごく硬くて、刃が入りませんでした」
「そんな……」
俺達三人の言葉に、ミミカさんが驚愕している。
ゼロスさんも驚いた表情で俺達三人を見ていた。
「じゃあ、なんで俺の攻撃は効いたんだ?」
「それはおそらくですが、ゼロスさんが男性だからだと思います」
「……は?」
俺の言葉にゼロスさんが固まってしまった。
どうやら、想定外の答えだったのだろう。
「エリアさん、それはどういうことですか? 女性だと攻撃が効かない、と言うことですか?」
「はい、おそらくそうだと思います。実際に私達の攻撃は効きませんでしたから」
「そうでしたか……。一応、討伐していただきましたが、またいつ現れるか分からない以上こちらでも対策を検討しておきます」
「はい、お願いします」
話が終わるとミミカさんは、先程と同じようにゼロスさんのギルドカードが載った装置を操作していた。
操作し終わると、カウンターの下で何かをしてから顔を出す。
「ゼロスさん、こちらが依頼の報酬になります。ギルドカードもお返ししますね」
「ああ」
ゼロスさんはカウンターの上の依頼報酬とギルドカードを受け取り、仕舞う。
報告を済ませた俺達四人は受付カウンターを離れ、休憩所の方へ向かって行った。




