第31話 異世界の初風呂
俺達は依頼の依頼主であるリーズさんの部屋から、自分達の部屋へと戻って来た。
部屋へ戻ってくるなり、俺はベッドに倒れ込む。
そして、枕に頭を乗せながら顔だけユリカの方へと向ける。
ユリカはもう一つのベッドの方に寝転んだ。
「リーズさん……、凄い人でしたね。色々と……」
「確かにそうだな。最初に会った時の印象が最後の一瞬で崩れたな……」
「「…………」」
それだけ言うと、俺達は黙ってベッドに身を預ける。
しばらく、ベッドに倒れていたが……。
突然、俺のお腹が鳴った。
「ユリカ、夕飯はいつ頃食べられるのですか?」
「日が沈んだくらいに夕飯タイムが始まるから、そしたら一階に行こう」
「分かりました」
俺は身を起こすと、今度はベッドに寝っ転がる。
俺達はそのまま夕飯までの間、一言も喋らずベッドでゆっくりして過ごした。
「……お……ろ。め……だ」
突如、体が揺さぶられる感覚がした。
俺はゆっくりと目を開ける。
すると、ユリカの顔がすぐ近くにあった。
それに驚いた俺は、慌てて上体を起こす。
「ごめんなさい! 気づいたら眠ってて……」
「やっと起きたか……。いくら揺すってもなかなか起きないから、困ったぞ……」
「本当にごめんなさい!」
俺はユリカに何度も頭を勢いよく下げ謝る。
ユリカはそれを手で制止した。
「いや、そこまで謝らなくてもいいから。馬車旅の疲れが残ってたんだろうからな」
「ユリカ……」
俺は頭を上げ、ユリカを見上げる。
すると、突然ユリカは顔を背けた。
その横顔は、心なしか少し赤く見える。
「それより、夕飯の時間になったから一階に行くぞ!」
話題を変えるようにそう言うと、ドアの方へ向かって行く。
「はい」
俺はベッドから立ち上がると、ユリカを追いかけるようにドアへ向かって行った。
一階に下りた俺達は、空いている席を探す。
すると、奥の方の席が空いていたため、席を確保した。
「俺は料理を頼んでくるから、エリアはここで席をキープしといてくれ」
「分かりました」
俺が頷くと、ユリカはカウンターの方へ歩いて行った。
しばらく座って待っていると、ユリカが戻って来る。
「頼んできたぞ、今日は魚料理らしい」
「魚料理ですか……」
(そういえば、魚って元の世界と違うのかな?)
魚料理と聞いてふと疑問に思った。
「ユリカ、野菜は元の世界と違ったりなかったりするものがあるそうですが、魚はどうなのですか?」
「魚は名前が微妙に違うだけでほぼ同じだな」
「魚は野菜と違って、同じなのですね」
「まあ、料理がくれば分かるから」
ユリカは先程注文しに行ったカウンターの方に顔を向ける。
俺も少し楽しみにしながら、カウンターの方を見つめていた。
しばらくお喋りしながら待っていると、料理が運ばれてきた。
出来立ての料理から漂う匂いが食欲を刺激する。
「これは何の魚なんですか?」
「メニューにはサーヴァって書いてあったから、これは鯖だな」
「……えっ? サーヴァ?」
あんまりの名前に思わず聞き返す。
(なんか、名前適当っぽくないですか? もしかして、街道と同じノリ!?)
俺がそんなことを考えていると、ユリカがこちらを見つめてくる。
「エリア、魚苦手なのか? 美味しいから食べてみろよ」
どうやら箸を付けずに、ぼ~っとしてしまったからだろう。
ユリカに勘違いされていた。
「いえ、苦手という訳ではないですよ? ただ、名前がなんかあれだな~と思っただけで」
「スタゲにもサーヴァはあったぞ? 確か、酒飲みの場で決めたとかいうのをどこかで見た覚えがある」
「……それは知りませんでした」
俺の中にスタゲの豆知識が一つ増えたのだった。
夕飯を食べ終えた俺達は、部屋に戻りベッドに腰掛けてお腹を休めていた。
「たしかに、あれは鯖でしたね。味も触感も……」
「まあ、あまり深く気にしなくていいと思うぞ。名前が似てるってのは食材にする時分かりやすくていいし」
「たしかに、そうですね。新鮮でしたけど、この辺で魚が取れるところがあるのですか?」
「ああ、ここから南西の方にトレンスっていう港町があるんだよ。距離もそんなに離れていないから、新鮮なんだよな」
「そうだったのですね」
ユリカが俺の疑問に答えると、徐に立ち上がる。
「ユリカ? どこに行くのですか?」
「ん? ああ、風呂にお湯はってこようと思って……」
「お風呂あるのですか!?」
ユリカの言葉に、思わず反応してしまった。
日本人としては、やっぱりお風呂には入りたいものである。
「ああ、あるぞ。そういえば、コルナ村にいた時からお風呂入りたそうにしてたもんな」
「はい、ゆっくりお湯に浸かって温まりたいですね」
「じゃあ、お湯入ったら最初に入っていいぞ」
「ありがとうございます」
俺は笑顔で、礼を言う。
ユリカは微笑むと、風呂場の方へと向かって行った。
しばらくして、ユリカが戻って来た。
「エリア、風呂入れるぞ」
「はい、では入ってきますね。タオルとかも脱衣所にあるのですか?」
「入って左の棚に置いてあるぞ」
「分かりました」
俺はベッドから立ち上がり脱衣所に入って行った。
脱衣所に入ると、中を見渡す。
左側に棚がありそこには大きいタオルと小さいタオルが分けて置かれていた。
右側には洗面所があり、見た限りだと元の世界にあるホテルの脱衣所という感じだ。
(なんか、すごく近代的というか……。普通に元の世界のホテル内そっくりだな。コルナ村が特別だったのか、それともカリーサが特別なのか)
俺は腕輪を操作してメニュー欄から装備欄を開く。
そして、装備欄に装備している服と下着をアイテム欄にドロップした。
すると、体が光に包まれて輝き出す。
輝きが収まると、着ていた服と下着は消えていた。
俺は棚にある小さい方のタオルを持つと、後ろを向く。
洗面所には洗面台の長さに合わせた大きな鏡があり、そこには澄み渡る空を思わせる綺麗な水色の髪と瞳をした美少女が映っていた。
少し目線を下げると、胸は大きく腰は括れた一糸纏わぬ姿が目に入る。
思わず見てしまった光景に、徐々に頬が熱くなっていく感覚があった。
目線を上に戻すと、小さなタオルを手に持ち顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている少女の姿が映る。
「っっっ!!」
俺は慌てて回れ右をしようとして足を滑らせた。
「ひゃあっ!」
そして、思い切りお尻を床にぶつけた。
床がそこそこ固く、ぶつけたお尻が痛い。
「エリア! どうし……」
「えっ?」
すると、俺の声かお尻をぶつけた時の音が響いたのか、ユリカが脱衣所に慌ててやってきた。
俺はぶつけたお尻をさすりながら、やってきたユリカを見上げる。
しばらく俺を見つめると、ユリカの顔が段々と赤く染まっていく。
「エリア、ごめん! すぐ出て行く!」
そして、ユリカは脱兎の勢いで脱衣所から出て行った。
俺は脱衣所の出口を呆然と見つめていた。
気を取り直した俺は初風呂を堪能するために浴室に入るが……。
入った正面に鏡があったため、また見てしまった。
そして、俺の顔が再び熱を帯びてくると、鏡の中の少女も頬を赤らめていく。
(孔明の罠、孔明の罠、孔明の罠っっっ!!)
俺は慌てて顔を逸らす。
そして、鏡の方に背を向けるように素早く湯船に入った。
しばらく湯船に浸かっていると、少しずつ気持ちも落ち着いてきた。
やはり、温かいお風呂は気持ちがいい。
「ふぅ~……、やっぱりお風呂はいいですね~」
改めて、浴室内を見渡す。
入って正面が鏡とシャワーで左側には湯船がある。
(浴室内も元の世界の一般家庭のお風呂と同じ感じだな~)
ある程度温まったところで、体を洗おうと湯船を出る。
鏡を極力見ないように気を付けて、素早く洗っていく。
体から頭まで無心の勢いで済ませ、浴室を後にした。
体と髪の毛の半分くらいまで水気が取れたので、腕輪を操作して寝間着に使っている白いTシャツと青いホットパンツに着替え、部屋へと戻って来た。
「ユリカ、お風呂出ましたよ」
そう言いながら、俺はベッドに腰掛け大きなタオルで髪の毛の水気を取る。
しかし、ユリカは何も言わずただ壁の方を向いていた。
「ユリカ? どうしたのですか?」
俺が質問しても、なぜか無反応だった。
「……?」
俺は首を傾げる。
しばらくしてから、ユリカはこちらに向き直った。
「エリア、さっきはすまなかった!」
「ユリカ!?」
ようやくこちらを向いたと思ったら、ユリカはいきなりベッドの上で土下座した。
どうやら、先程の脱衣所での件を気にしているようだ。
俺は慌ててユリカの頭を上げさせる。
「ユリカ、頭を上げてください! ……先程のは私を心配して様子を見に来てくれたんですよね?」
「あ、ああ。だが、さっき俺はお前の……。えっと~……」
先程の光景を思い出してしまったのか、ユリカの顔がまた赤く染まっていく。
「と、とりあえず……、その件は忘れてください。ユリカの様子を見ていると、私も恥ずかしくなってくるので……」
「わ、分かった……。……とりあえず、風呂行ってくる」
「はい」
ユリカはそそくさと脱衣所に入って行った。
ユリカが風呂に入ってる間、俺は腕輪を操作し適当にアイテム欄を確認する。
ある程度整理や確認ができたところで、ジャージ姿のユリカが風呂を済ませて戻って来た。
「お風呂に入って、落ち着きましたか?」
「ああ、少しはな……」
ユリカはベッドに座り、髪の毛を拭く。
その表情は先程よりも落ち着いているように見えた。
「それなら、よかったです。やっぱりお風呂はいいものですね」
「……そうだな。やはりタオルで拭くだけとは大違いだ」
俺が話題を変えるようにそう言うと、ユリカも乗っかってくる。
実際、数日ぶりのお風呂は最高だった。
やはり、すっきりすると気持ちがいい。
「明日も早いですし、もう寝ますか?」
「そうだな、早朝から出かけるしな」
ユリカが明かりを消すと、俺達はベッドに入る。
そして、顔だけユリカの方へと向けた。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
俺は目を瞑る。
しばらくすると、睡魔がやってきて眠りについた。




