第30話 初めての依頼(クエスト)
受付での冒険者登録と説明を聞き終えた俺達は、依頼の用紙が貼ってある掲示板の前に来ていた。
掲示板は結構な大きさだが、それに比べて貼られている用紙の枚数はあまり多くなかった。
俺は貼ってある用紙に目を通していく。
(採集系の依頼はそこそこあるけど、魔物討伐などの依頼はあまりないな~。というか、大半の依頼がG~Fランクの物ばかりだな……)
「どうだ? 何か受けたい依頼あるか?」
黙々と用紙に目を通していると、ユリカに声を掛けられた。
「まだ目を通している最中ですが、これといったものはまだですね。というか、多くがG~FランクでEランク以上の依頼はあまりないんですね」
「まあ、この周辺は凶悪な魔物とかいないから比較的平和なんだよな。俺が受けてた依頼みたいなのが特別なだけかもしれないな」
「スタゲの頃も初心者が拠点にする街でしたもんね」
ユリカとそんな話をしていると、ミミカさんがこちらにやってきた。
「ミミカさん、どうしたのですか?」
「新しい依頼が入ったので、それの掲示にきました。少しの間、失礼しますね」
ミミカさんは手に持っていた依頼の用紙を掲示板に貼っていく。
手にしていた用紙を全て貼り終えると、こちらを向いた。
「終わりましたので、失礼しますね」
ミミカさんは笑顔で会釈してから受付の方へ戻って行った。
俺は早速新しく貼られた依頼を確認する。
その中で一つの依頼が目に留まった。
「ユリカ、この依頼はどうですか?」
「ん? どれだ?」
俺が一枚の用紙を指差すと、ユリカはその先に目を向けた。
[依頼ランク:E 報酬:銀貨10枚 依頼内容:特別な植物採集のため、カリーサ大森林へ探索に行きます。その際の同行者を募集しております。詳しい内容の説明は直接おこないます。]
それを見たユリカは、少し考える仕草をした。
いきなり護衛の様な依頼はまずかっただろうか。
「う~ん、多分大丈夫だろう。俺も一緒だしな。それじゃあ、これ受けるか?」
「はい!」
俺は頷いた。
そして、俺達は掲示板から用紙をはがすと、受付へ向かった。
受付に戻って来た俺達は奥で作業中のミミカさんに声を掛ける。
「ミミカさん、依頼を受けたいので手続きをお願いします」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
俺が呼びかけると、作業を中断したミミカさんがこちらへやってきた。
俺は彼女に依頼の用紙を渡す。
その用紙を受け取ると、ミミカさんは確認していく。
「Eランクの依頼ですね。依頼はユリカさんと一緒にですか?」
「はい、そうです」
「ああ、エリアと一緒に受けるぞ」
ミミカさんの質問に俺達は頷いた。
「それでは、パーティーランクの確認をいたしますので、ギルドカードの提示をお願いします」
そう言われた俺達はそれぞれのギルドカードを提示した。
ミミカさんはそれを受け取ると何かの装置の上に置き、何かを弄り始める。
しばらくすると、動かしていた手を止めギルドカードを返却した。
「ギルドカードの提示ありがとうございました。パーティーランクはDランクなので、依頼は受けられますね」
ミミカさんはそう言うと、用紙の右上の辺りに判子を押した。
「これで依頼の受付完了です。この用紙はなくさないように大事に扱ってくださいね」
「はい」
俺は用紙を受け取る。
そして、失くさないように腕輪の中に仕舞った。
「これでギルドでの用事は済みましたね。どうしましょうか?」
「それじゃあ、少し店でも見て回るか? 買い足したいものもあるし、エリアも街の中見てみたいだろ?」
「そうですね、見て回りたいです」
「ミミカ、俺達は街の中を回ってくるよ」
「はい、いってらっしゃ……、……ちょっと待ってください!」
俺達がギルドを出て行こうとすると、ミミカさんが慌てて俺達を呼び止める。
「どうかしたか?」
ユリカがミミカさんにそう尋ね、俺も首を傾げる。
「ごめんなさい! さっきの依頼の件で伝え忘れていたことがありまして」
ミミカさんは両手をぱんっ! と合わせ、謝る仕草をした。
「さっきの依頼に関して、依頼主から伝言を預かっています。依頼の詳しい話があるので、依頼を受けた方は依頼主の部屋を訪ねてほしいと。宿屋深緑亭の三〇二号室に滞在しているそうです」
「深緑亭なら私達が泊まっている宿と同じですね」
「ああ。そういうことなら店とか回るのは明日にして、宿に戻ろうか」
「そうですね」
ユリカの方針に俺は頷く。
依頼主の部屋を訪れるため、俺達は宿屋深緑亭に戻ることにした。
ギルドで依頼を受けた俺達は、依頼主がいるという宿屋深緑亭の三〇二号室の前に来ていた。
部屋の前まで来たのはよかったのだが……。
「……エリア、早く」
「も、もうちょっと……待ってください……」
三〇二号室の前に来てから十分くらいは経過しただろうか。
その間、ユリカに何度か脇腹をつつかれながら部屋の前に立ち尽くしていた。
「ただノックして声を掛けるだけだぞ。そんなに難しくないだろ」
「分かってはいますが……、緊張してしまって……」
「そんなんじゃ、冒険者できないぞ?」
「うぅ~……」
俺は頭を抱えて、唸る。
こうしている間にも宿屋の従業員や利用客がこちらをちらちらと一瞥しながら後ろを通り過ぎていく。
(緊張して、手が……。でも、ずっとこうしてる訳にはいかないし、やるしかないか)
俺は深呼吸をして体を落ち着かせると、ドアをノックしようと腕を上げる。
そして、意を決してドアを何度かノックした。
「す、すみましぇん! ギルドの依頼の件で来ました! 依頼主しゃんはいらっしゃいますか?」
声は裏返り、所々噛んだがなんとか声を掛ける。
しばらく、何の返答もなかったが……。
「どうぞ、お入りください」
中から女性の声が聞こえた。
俺はドアを指差してユリカの方を見る。
すると、ユリカは入るぞと言わんばかりに頷く。
「失礼いたします」
「失礼します」
俺達は部屋の中へ入っていった。
部屋に入って、中を見回す。
どうやら、部屋の構造は俺達が泊まっている部屋と同じようだった。
依頼主さんの姿が見えないため、部屋の中を進んで行く。
そのまま進んで行くと、テーブルや椅子が置かれている辺りに到着した。
そこには、艶やかな黒髪ロングヘアの美しい女性が椅子に座っており、手を組んで一心に祈りを奉げている。
女性の後ろにある窓からは日光が差し込み、それに照らされた彼女と彼女の胸の上で輝く十字架のペンダントから神々しい雰囲気が漂っていた。
「「…………」」
その光景に、思わず俺達は見とれてしまった。
女性はしばらく祈り続け、祈りが終わると目を開けてこちらを向く。
「あなた方が私の依頼を受けていただいた方々ですか?」
「はい、そうです。私はエリアと申します」
「俺はユリカだ。よろしくな」
俺達が自己紹介すると、女性は交互に俺達の顔を見る。
「失礼いたしました、私は依頼主のリーズ・アルフェルトと申します。この度は依頼をお受けいただき、ありがとうございます。どうぞ、お掛けになってください」
そう促され、俺達は椅子に腰掛ける。
「大雑把な内容はギルドで聞いているとは思います。私はカリーサ大森林に用事があり、探索することになっています。その際の同行をお願いしたいのです」
「そこまでは確認しています。何か特別な植物を採取したいそうですが」
「ええ、カリーサ大森林の奥地に生息しているカリーサグラスを採取したいのです」
「カリーサ大森林の奥地か……、一つ質問いいか?」
「どうぞ」
気になるところがあったのか、ユリカが何か考える仕草を見せる。
「同行をお願いしたいという話だが、護衛ではなく同行なんだよな? もしかして、リーズさんは戦えるのか?」
「はい、戦闘はできます。ただ、カリーサ大森林に足を踏み入れるのは初めてです。なので、いくら戦えるとは言っても、一人で行くのは多少不安がありまして」
「なるほどな」
リーズさんの話を聞いて、ユリカは納得したようだ。
「出発はいつの予定になりますか?」
「そうですね……、可能であれば明日にでも採取に行きたいですね」
「明日か……、出発は早朝か?」
「いえ、昼前くらいに考えています」
「了解だ」
「はい」
リーズさんと話をし、他にも細かな予定を決めていく。
その結果、早朝に集合し必要な物資の買い足しをして出発することになった。
「だいたい確認できたと思いますが、お二人は何かありますか?」
「いや、俺は大丈夫だ」
「私も大丈夫です」
「そうですか、私も必要な話はだいたいできたと思います。あとは……」
リーズさんは立ち上がると、座っている俺達の後ろまでやってきた。
そして、突然後ろから両腕で俺達を抱き締める。
いきなりのことに俺達は困惑した。
「あ、あのっ! リーズさん!?」
「な、なんだ!?」
突然のことに慌てふためく俺達。
背中には、大きくて柔らかいものが押し付けられている。
思いっきり抱き締められているためか、俺達は身動きが取れない。
「ごめんなさい、もう我慢できなかったもので! こんなに可愛い冒険者が来てくれるとは思ってなくて! これは明日のお祈りは全力で行わなければ……。後、私のことはリーズと気軽に呼んでいただいて構いませんよ、というかむしろリーズと呼んでください!」
リーズさんは興奮状態で少し早口にまくしたてる。
しばらく抱きしめられてから、俺達はようやく両腕から解放された。
「ありがとうございます! これで明日も頑張れます!」
そう言うリーズさんの顔を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
(この依頼、ほんとに無事に終わるのだろうか……)
そんな心配をしている隙に、俺はもう一度リーズさんに抱き付かれた。
俺の顔はリーズさんの豊満な胸に埋められる。
(く、苦しい……)
さすがに辛くて、リーズさんの腕を軽く叩くと、俺の状態に気づいた彼女から解放された。
少し息を整えると、ユリカはどうしたのかと周りを見回す。
すると、いつの間にか少し離れた位置に立っていた。
「ユリカ、一人だけ逃げましたね!」
「いや、またそうなりそうだったから、ついな……」
俺が恨めしそうな目で見つめると、ユリカは俺の傍に寄ってきた。
「悪かったからそんな顔するなよ」
「一人だけ逃げるからです……」
「ごめんなさい、エリアちゃん。可愛かったからついやってしまいました!」
リーズさんはてへぺろといった感じに舌を出して、自分の頭を軽く叩く。
さっきまでの神々しさはどこいったというくらいの変わりようである。
「さて、明日のこともあるし、何もなければ今日は解散かな」
「私は、早くお部屋に戻りたいです……」
「そうですね。名残惜しいですが、私もいろいろ準備とかありますから、解散でよいでしょう。エリアちゃん、ユリカちゃん、明日はよろしくお願いしますね」
こうして俺達はリーズさんの部屋を後にして、自分達の部屋へ戻って行った。




