第24話 旅立ち、そして冒険の始まり
俺は顔に降りかかる朝日で目を覚ました。
上体を起こし、体を伸ばす。
「ん~……」
俺が体を伸ばしていると、隣のベッドからもぞもぞと物音がする。
そちらに顔を向けると、ユリカがちょうど起きたところだった。
「ユリカ、おはようございます」
「ああ……、おはよう~……」
俺が起きたユリカに挨拶すると、彼女は眠そうな顔をしながら挨拶を返してきた。
俺はベッドから出て立ち上がると、腕輪を操作してメニューを表示し装備欄をタッチする。
そして、装備欄にいつも着ているゴスロリ服とアクセサリーをセットして着替え、髪型変更でいつものツーサイドアップに整える。
一通り済ませた俺がユリカの方を向くと、彼女もちょうど準備ができたようだった。
「それでは、朝食に行きましょうか」
「そうだな、とりあえず朝飯行くか」
俺がそう言うと、ユリカが頷く。
俺達は部屋を出て下の階へ降りていった。
下の階に降りるといつも通りにカウンターの中で仕事をしているおっちゃんがいた。
俺達が降りてくると、彼は俺達に気づく。
「二人共、おはよう!」
「おはようございます」
「おはよう」
「すみません、二人分の朝食をお願いします」
「あいよ! ちょっと待ってな」
俺が朝食を頼むと、おっちゃんは頷いて返事をしカウンターの奥に入って行った。
俺達は適当な席に座って待つ。
「ユリカ、朝食を食べたら早速買い出しですか?」
「ああ、馬車が来るまでに準備しなきゃならないからな。慌てることがないように早めに済ませた方がいいだろう」
俺が食べてからの予定を聞くと、ユリカが頷きそう言った。
「まあ、買い出しと言ってもコルナ村で売ってるのはこの村で採れた農作物くらいなんだけどな。道具とかは街まで行かないと売ってないんだ」
「じゃあ、買い出しと言っても食料とか水だけなのですね」
俺がそう言うと、ユリカは頷く。
そんな話をしていると、おっちゃんが朝食を持ってきてくれた。
「おまたせ、朝食できたぜ」
「ありがとうございます」
持ってきてくれた朝食を俺達の前に置いてくれているおっちゃんに、俺は礼を述べる。
メニューはこの村で採れた野菜のサラダにスープ、それに焼きたてのクロワッサンのようなパンだった。
「おっちゃん」
俺達の朝食を運び終えカウンターの方に戻ろうとするおっちゃんをユリカが呼び止めた。
「依頼が終わったから、俺ら今日でこの村を出ることになった。世話になったな」
「そうなのか、そいつは寂しくなるな。またコルナ村に来たときはぜひうちに泊まってくれよ」
ユリカが今日村を出ることを伝えると、おっちゃんは少し残念そうな顔をした後笑いながらそう言った。
「また来たら、その時は泊まりに来るさ」
「そうですね」
ユリカがそう言い、俺も同意するように頷く。
それを聞いたおっちゃんは嬉しそうな表情をするとそのままカウンターの方に戻って行った。
「それでは、食べましょうか」
「だな」
「「いただきます」」
俺がそう言うと、ユリカも頷き俺達は朝食を食べ始める。
新鮮な野菜をふんだんに使用した朝食はとても美味しいものだった。
朝食を終えた俺達は、一旦部屋に戻ってきた。
そして、おっちゃんに頼んで用意してもらったお湯の入った桶と布で顔を拭いて宿を出る準備をする。
「忘れ物はないよな?」
「はい、ちゃんと確認しましたから」
ユリカにそう聞かれたので、自分が使っていたベッド周りを見回しながら頷いた。
「この世界に来てまだ数日ですが、この部屋にずっと泊まってたから宿を出るのがちょっと寂しく感じますね」
「お? それじゃあ、エリアはまだこの宿に泊まってるか~?」
俺が少し寂しそうな顔をしてそう言うと、ユリカがからかってきた。
俺はムッとした顔をする。
「ユリカ、意地悪です」
「ごめんごめん、冗談だって」
俺がそんな顔をして言うので、ユリカが両手を合わせて笑いながら謝ってきた。
「まあ、許してあげます」
「ありがたや~」
「「……ぷっ! あははは!」」
俺も本気でそんな顔をしてたわけではないので、謝って来たユリカを許す。
すると、ユリカが両手を合わせ拝むような姿勢をしてノリノリでそんな返しをしてきた。
しばらくそうしていたユリカと顔を見合わせると、俺達は笑い合った。
そんな馬鹿なことをしながら、俺達は最後にもう一度忘れ物がないかを確認し桶と布を持って部屋を出る。
そして、下の階へ降りていった。
俺達は下の階に降りるとカウンターへと向かう。
だが、カウンターには誰もいなかった。
なので、俺は使った桶と布をカウンターに置いておく。
「それじゃ、買い出しに行くぞ」
「はい」
俺が桶と布を置いたのを確認したユリカがそう言ったので、俺は頷く。
俺達はそのまま買い出しに行くために宿を出ようとした。
「二人共、ちょっと待ってくれ」
宿を出ようとした時、背後から呼び止められた。
後ろに振り返ると、おっちゃんと奥さんが立っていた。
ちなみに、気になっていたので昨日の夜にここで働いている女性のことについておっちゃんに尋ねたら妻だと言っていたのだ。
「これから、馬車旅でしょう。よかったらこれを持って行って」
そう言って奥さんが、俺にバスケットを手渡してくれた。
中を見てみると、何種類かのパンが入っている。
まだ焼きたてなのか、いい匂いがしていた。
「いいのですか?」
「馬車旅は長くなるから大変でしょう。持って行ってちょうだい。それに……」
俺が困惑した表情で尋ねると、奥さんが笑顔を浮かべる。
「エリアちゃん、とても心配だもの。そのまま見送るのはちょっと、ね……」
「へ?」
「ぷっ! くくくっ!」
奥さんが心配そうな表情をしながらそう言うので、きょとんとした顔をしてしまった。
隣に目をやると、顔を背けながらユリカが口を押さえて震えている。
そして、押さえきれていない笑い声が漏れてこちらに聞こえてきた。
(俺、まるで小さな子供扱いされてないか? ユリカは平気みたいだけど、俺はそんなに不安になのか……。あとユリカ、笑ってるのばれてるからな!)
俺は隣で笑いを堪えているユリカを睨み付ける。
「あはは……、ごめんもう笑わないから許してくれ」
「思いっきり笑っていましたよね」
俺が睨み付けていると、ユリカが謝ってくる。
だが、俺はムスッとして口を尖らせた。
「ほんとに悪かったから、機嫌直してくれ」
「まあ……、分かりました」
俺が渋々そう言うと、ユリカが安堵の溜息を吐いた。
そしてユリカはおっちゃん達の方を向いたので、俺も彼らの方に向き直る。
二人の方を見ると、優しい表情で俺達を見守っていた。
「は、話が逸れてしまいましたね。パンありがとうございます。道中でいただきますね」
「ええ、仲良く食べてね」
「ありがとな。そうさせてもらうぜ」
俺は両手で抱えているバスケットを持ち上げて少し顔を隠しながらお礼を述べると、奥さんは笑顔でそう言った。
それに続くようにユリカも礼を述べる。
「そろそろ買い出しに行くから出るぞ。早めに済ませたいからな」
「そうですね。それでは私達はそろそろ行きますね」
「気を付けてね」
「気を付けてな。また来た時はうちを贔屓にしてくれよ」
俺達が宿の外へ出ると、おっちゃんと奥さんも一緒に外まで出てくる。
どうやら見送りしてくれるらしい。
俺達は見送りしてくれている彼らに手を振りながら食料品の買い出しに向かった。
宿を出た俺達は宿から少し離れた場所にあるこの村で採れた野菜を売っているお店に向かっていた。
まだ早朝のため外の空気はひんやりとしている。
もらったバスケットは宿を出て少ししてから、腕輪の中に仕舞っておいた。
「まだ朝早いですけど、お店はやっているのですか?」
「ああ、やってるぞ。この村の人達、皆早起きみたいだからな。その分、寝るのが早いから店が閉まるのが早いんだ」
「へ~、そうなのですね」
「だから、俺達みたいに定期馬車を利用する冒険者や旅人にはありがたいのさ。だいたい馬車が来るのが昼前後だからな」
ユリカが道案内するように先頭を歩いていく。
そんな風に話をしながら付いていくと、それらしきお店が見えてきた。
お店は完全に八百屋だった。
店頭から中へと続くようにたくさんの木箱が並んで置かれている。
そして木箱の上に籠を置き、その中には色取り取りの野菜や果物が入っていた。
「すごい種類ですね。あと、見たことない野菜や果物ばかりです」
「それはそうだろうな。元の世界と同じ野菜や果物はあんまりないからな」
俺が周りをきょろきょろと見回していると、ユリカは野菜や果物を手に取り始める。
「それで、馬車旅に良さそうな野菜や果物ってどれがいいんでしょう?」
「う~ん、そうだな~……。水で洗ったり、切るだけで簡単に食べられるものをいつも買ってるな。あまり細かい調理はやりにくいからさ。あとは、果物なら水分が多いものも買ってるぞ」
俺は近くにあった野菜を手で取って見ながらユリカに尋ねると、ユリカはいくつか購入候補の野菜や果物を選びながらそう答えた。
ユリカにそう言われたので、俺もそれらしい野菜や果物を手に取ってみるのだが……。
(……分からん。というか、さっき元の世界の野菜や果物はあまりないって言ってたな。じゃあ、買う物はユリカに任せて俺は荷物持ちしてた方がいいな)
手にした果物を眺めながら、俺はそう思った。
「ユリカ、買う物は私が持ちますよ。ユリカは野菜や果物を選んでください」
「そうか? なら、これ頼むわ」
手にしていた果物を戻し俺がそう言うと、ユリカは手に持っていた買い物籠をこちらに渡してくる。
俺は受け取り片手で持つが、結構重い。
中を見てみると様々な野菜や果物が入っていた。
なので、片手で持とうとした籠を両手で持つ。
そして、選んでいる彼女の後ろをついて回った。
しばらくして買う物を選んだユリカが俺から買い物籠を受け取ると、会計を済ませて戻って来た。
「結構な量でしたけど、カリーサまでは三日はかかるんですよね? その間、大丈夫なのですか?」
「普通なら冷却に適した木箱とかないとやばいかもしれないけど、俺達にはこれがあるからな」
俺が到着までに食料が駄目にならないか心配になり尋ねると、ユリカがそう言いながら左手の腕輪を見せてくる。
「腕輪のアイテム欄に入れておけば劣化しないんだ。だから、この中に入れておけば大丈夫」
「なるほど、この腕輪にはそんな機能もあったのですか!」
ユリカがそう教えてくれたので、俺は嬉しそうに彼女の腕輪を見つめる。
これで食料が駄目になる心配がなくなるからだ。
嬉しそうに腕輪を見ていた俺はふと気になった。
「この腕輪って私達転移者しか持っていないものなんですよね? 人前では出さない方がいいですよね?」
「いや、アイテム欄以外の性能はないが同じようなものはこの世界にもあるぞ。ただ、かなりの高級品で大商人や貴族くらいしか持ってないようなものだからな。人前ではあまり出さない方がいいのは確かだ。変なのに狙われたりする可能性があるからさ」
俺は疑問に思ったので尋ねると、ユリカが少し考えた後真面目な顔をしてそう答える。
俺は勢いよく頷いた。
(これ、そんなに高額な物だったのか……。変なのに狙われるのは絶対に嫌だな。人前では注意しないと)
ユリカの話を聞き、俺はしっかりと心に留めた。
その後は別の店で水を購入し、村の入り口辺りにある定期馬車の停留所という場所に向かっていた。
食料と水はユリカの腕輪の中に仕舞ってある。
「ユリカ、定期馬車の停留所ってもしかしてバス停みたいなものですか?」
「ああ、そうだぞ。定期馬車がバスみたいなものだな。まあ、速度は全然違うけどな……」
俺がそう尋ねると、ユリカは苦笑した。
馬車がバス並みの速度は出ないだろうなというのは俺にも分かる。
そんな風に話しているとそれらしき場所が見えてきた。
こじんまりとした停留所だった。
三~四人は座れる木製の長椅子が二つ並んで置いてあり、それを雨風や日差しから守る様に屋根と背もたれの辺りには木製の壁がついている。
それはまるで田舎の方にある時刻表のないバス停のようだった。
「……ほんとに雰囲気が田舎のバス停ですね」
「何言ってんだ。ちゃんと雨風用の屋根と壁がついてるんだから、田舎のバス停より全然いいだろ」
俺が呆れるようにそう言うと、ユリカが反論してきた。
(言われてみればそうだな。そういえば、場所によっては屋根どころか座る場所もなかったな……。最近、バス乗らないから忘れてたわ)
俺はユリカの方に顔を向ける。
見るとユリカは停留所の椅子に座っており、俺に手招きしていた。
「とりあえず、座って待とうぜ。そのうち来るだろうからさ」
「そうですね」
座ったユリカが手招きしながらそう言うので、俺は頷いて隣に座った。
そして、空を見上げる。
見上げると青空が広がっており、眩しい日差しが降り注いでいた。
「屋根がなかったら、結構暑いですね」
「いい天気だしな。これから馬車旅だし雨に降られるよりは全然いいさ」
俺が空を見上げながらそう言うと、ユリカも同じように空を見上げる。
俺達はしばらくそのまま空を見上げながら、定期馬車を待っていた。
どれだけの時間が経っただろうか。
太陽が真上に来ようかという頃、遠くから何かの音がした。
こちらに近づいてきてるのか段々と音が大きくなる。
ユリカは音がする方に顔を向けると、立ち上がって体を伸ばした。
「やっと来たみたいだな」
ユリカの言葉を受け、俺も同じ方向を見ると何かがこちらに向かって来ていた。
どうやら、あれが定期馬車らしい。
俺も立ち上がりそのまま同じ方向を見ていると、段々とその姿がはっきりと見えてきた。
そして、馬車は村の入り口から村に入ると停留所に停止した。
馬車を運行している御者の人はこちらを見ると声をかけてくる。
「お嬢ちゃん達、馬車に乗るかい?」
「その前に一つ確認したいんだが、行先はカリーサか?」
御者の人が乗っていくか聞いてきたが、ユリカはその前に行先を確認する。
「ああ、この馬車はカリーサに向かうぜ」
「なら、二人乗るぞ」
行先を確認すると、ユリカは頷き俺達を指差した。
「じゃあ、乗ってくれ。少ししたら出発するぞ」
「分かった」
「よろしくお願いします」
御者の人がそう言うと、ユリカは馬車に乗り込んでいった。
俺も会釈をして馬車に乗り込む。
俺が乗り込む時、なにやら御者の人にじっと見られていた気がするが気のせいだろうか。
馬車は結構大きく、中に乗り込んで見回してみると予想よりも広い。
左右には向かい合うように座る場所があり、八人くらいは座れそうだった。
馬車の中に乗り込むとユリカが左奥の方に座っていたので、俺はその向かい側に座る。
「馬車に乗るのは初めてです」
「そりゃそうだ、元の世界じゃそもそも実物を見る機会がないしな」
俺が中をきょろきょろと見回しながらそう言うと、ユリカが笑いながらそう言った。
そして座っている右側の方には窓があり、村の広場が見えていた。
しばらく窓の外を眺めていると馬車が動き出す。
馬車は広場を回るように動くと再び村の入り口から出て、来た時とは反対の方向に曲がり、道を進み始めた。
「わぁ~……!」
俺は馬車の窓から見える景色を眺めていた。
窓から見えるのは街道沿いの草原。
バスよりは当然遅いが、それでもそれなりの速度では走っていた。
ちらりと向かい側を見てみると、ユリカも同じように窓の外を眺めている。
「なかなかいいもんだろ?」
「はい! とってもいい景色です!」
俺は窓の外を見ながら少し興奮気味に答えた。
そして、窓から見えるどこまでも広がるような広い草原を再び眺める。
(元の世界へ帰る方法を探す旅か……。この先辛いことや苦しいこともあるだろうけど、その分楽しいことや嬉しいこともあるだろう。それに……、ユリカと一緒なら大丈夫だよな!)
窓からの景色を眺めながら、俺はこれからの旅路に思いを馳せる。
そんな俺を乗せた馬車は街道を進んでいった。




