第23話 コルナ村での最終夜
晩ご飯を食べた俺達は部屋に戻ってきた。
今はそれぞれのベッドに腰掛け、お腹を休めている。
俺はふと気になっていたことを思い出したので、ユリカに聞いてみることにした。
「ユリカ、聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「ん? なんだ?」
ユリカがこちらに顔を向けて質問を促す。
「あの、トイレのことなんですけど……。ずっと気になってたんですが、なんで異世界なのに水洗式なのですか? しかも、技術が進んでるのはそこだけで……。便器はともかく、これを応用すれば手洗い場はあってもよさそうな感じなのですが」
「ああ~……、それか……」
俺がそう質問すると、ユリカは苦笑いをしながら話してくれた。
「それはな、水洗式用の魔道具の製作に全てを注ぎ込んだ魔道具製造師がいたからだな。まあ、水洗式を作ったら燃え尽きたらしくてな。それ以来、魔道具自体作っていないらしい」
「なるほど、そんな転移者がいたのですね」
ユリカが苦笑いをしたままそう答えたので、俺は理解したように頷く。
しかし、彼女は首を横に振った。
「いや、転移者じゃなくてこの世界の人間らしいぞ?」
「え?」
俺の言葉を否定したユリカの言葉に、俺は目を丸くする。
てっきり生産職の転移者が作ったのだとばかり思っていたからだ。
「そうなのですか?」
「どうもそうらしいぞ? その魔道具製造師はマニュアにいるらしいが、元々変な発明をする人らしくて街では有名らしい。俺も噂で聞いたことがあるだけだから、このくらいしか分からないけどな」
「そうだったのですね。いずれはマニュアにも行くかもしれませんし、直接会う機会もあるかもしれませんね」
「エリアは、カリーサ以外の街も行きたいのか?」
ユリカが尋ねてきたので、俺は頷く。
「ええ、せっかくですからこの世界を見て回りたいですね。同時に元の世界に帰る方法も探したいと思ってます」
「俺も元の世界に帰る方法は探しているから他の街も見て回りたいなら行ってみるか? まあ、その前にカリーサの冒険者ギルドに依頼完了の報告をしてからだけどな」
俺が今後どうしたいかを話すと、ユリカがそう提案してきた。
俺は彼女の提案に頷く。
「ありがとうございます、手掛かり探し頑張りましょうね!」
「おう! ……まあ、それなら早く馬車旅には慣れないとな」
俺が礼を述べると、ユリカは頷き笑った。
俺は首を傾げながら、彼女を見つめる。
「どういうことですか?」
「まあ、実際に乗ってみれば分かるさ」
ユリカは笑ったままで、詳しくは語らなかった。
(よく分からないが、明日になれば分かるのか。じゃあ、いっか……)
俺はよく分からなかったがひとまず納得しておくことにした。
それからしばらくの時間が流れた。
俺達は寝間着にしている服に着替え、明日に備えて腕輪のアイテム欄を整理したりして過ごしていた。
俺は一通りの確認を済ませ、ベッドの上でのんびりしている。
ユリカの方に目を向けると、まだ整理の途中のようだった。
(あとは寝るだけだけど、まだ眠くならないし暇だな~……)
俺はベッドでごろごろしながら、何か話題はないかと考える。
すると、適当に思い浮かんだのでユリカに話しかけた。
「ユリカ、ユリカのキャラネームってなにか由来があるのですか?」
「え……?どうしたんだ、突然……」
俺が何気なく話題を振ると、ユリカは怪訝な表情をした。
予想外の反応に思わず目を丸くする。
「あの……、何か聞いたらまずい話だったのでしょうか?」
「い、いや……?そ、そういうわけじゃ……ないぞ?」
俺が確認するように聞くと、ユリカが何やら目を泳がせ始める。
(こ、これは……何か面白そうな予感がするぜっ!)
俺は勢いよく上体を起こしてユリカに向き直り、再度尋ねてみた。
「そうですか……。で、何か由来があるんですよね?」
俺は笑顔でユリカを見つめる。
目を輝かせながら。
「え、えっと……その……」
ユリカは視線を左右に逸らしながら、言葉に詰まっている。
そんな彼女を俺はじ~っと見つめていた。
「いや……だからその……。……きの……」
「ユリカ、よく聞こえません」
俺がそのままの表情で見つめていると、観念したのかユリカは顔を赤くして俯き何かを呟き出す。
よく聞こえなかったので、俺は再度話を促す。
しばらくふるふると震えていたユリカだったが、突然顔を上げた。
「あ、姉貴の名前から取ったんだよ、悪いかっ!」
「……え?」
ユリカは顔を真っ赤にしながら、やけ気味にそう言った。
俺は思わず目を丸くした。
それは予想外の理由だったからだ。
(てっきり好きなゲームやアニメのキャラ名が出るのかと思ったら、予想外の回答きたーーっ!! なにやら楽しくなってまいりました! 今のユリカすごく可愛い!!)
俺は興奮気味にユリカをさらに追撃する。
「ユリカのキャラ名はユリカのお姉さんから取ったものだったのですね。ユリカはお姉さんが大好きなのですね」
「え、えっとな……その……そういうのじゃないというか……な? なんていうか……」
ユリカは顔を真っ赤にして手を振りながら慌てていた。
(なんだこれ……。反応が可愛すぎるんだけど!)
普段のユリカは頼りがいのある兄貴のような感じのため、今のおろおろしてる姿は普段とのギャップがありすごく可愛らしかった。
「別に隠さなくてもいいじゃないですか。……というか、反応から分かりますよ?」
「くぅ~~……」
俺がにやにやしながらユリカにそう言うと、彼女は唸りながら頭を抱えだした。
「ユリカ」
「……なんだ?」
俺がユリカの名を呼ぶと、少し怒り気味の返事が返ってきた。
「それはlikeですか? それとも……」
「……エリア。あまり調子に乗るなよ……?」
俺がにやにやしたまま尋ねると、俺が言い終わらないうちにどすの利いた返事が返ってきた。
その声に、俺は背筋が寒くなり顔が強張る。
ユリカは顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。
それを見た俺は……。
即座に顔を背けた。
怖いからではなく、可愛すぎたからだ。
(ユリカ……、声は怒ってて怖いけど、そんな可愛い表情を見たら頬が緩んじゃうんだがっ!)
俺は必死に顔を背ける。
かなりお怒り気味のユリカに、今の俺の表情を見せるわけにいかないからだ。
俺が必死に顔を背けていると、彼女が大きな溜息を吐いた。
「はぁ~……。エリア、あのな? 加減間違えるとまずいこともあるってことは覚えろよ? それと……、頬が緩みまくってるぞ」
「……ふぇ!?」
ユリカにそう言われた俺は思わず固まった。
(あれ? ばれてる!?)
俺は渋々ユリカの方に顔を向ける。
彼女は笑顔だった。
額に筋を浮かべながら。
それを見た俺の表情は強張り、さらに固まる。
「……やっぱり、緩んでたな」
「ゆ、ユリカ!? もしかして……」
ユリカの言葉で、俺は理解した。
自分は鎌を掛けられたのだと。
「あの……、ユリカ……?」
「……」
俺はおろおろしながら、ユリカに呼びかける。
そんな俺をユリカは表情を崩さずに黙って見ていた。
(ユリカ、頼む。何か言ってくれ!)
笑顔で額に筋を浮かべ、無言で俺を見るユリカは怖かった。
それを続けられた俺は徐々に目元が潤んでくる。
この体の涙腺の緩さに思うところはあったが、ひとまずは置いておいた。
しばらく俺を見つめていたユリカは、おもむろに立ち上がる。
すると、こちらに近づいてきた。
俺はびくっと震えると、彼女の行動を見守る。
ユリカは俺の傍まで来ると、座っている俺の目線と同じ高さに合わせるように腰を落とす。
そして、こちらにどんどん顔を近づけてきた。
(ユリカ!? 近い近い!?)
ユリカの顔がどんどん俺の顔に近づいてくる。
俺の心臓は激しく鼓動し、頬が熱くなってきた。
彼女のような可愛い女の子の顔が近くまでくればそうなるのは当然だ。
お互いの顔はもう目と鼻の先まで迫ってきていた。
俺は恥ずかしさに顔を逸らそうとすると、ユリカに両手で顔を固定される。
「ゆ、ユリカ!? あのあの……! 近い、近いですよ!?」
「……」
俺は顔を真っ赤にしながらユリカに言うが、彼女は何も言わずさらに顔を近づけてくる。
「ゆ、ユリカ! 待って、待ってください!! な、何する気ですかっ!?」
無言で顔を近づけてくるユリカに、俺は恥ずかしさとともに混乱した。
しばらく無言で顔を近づけていたユリカだったが、突然立ち上がると自分のベッドの方へ戻り腰掛ける。
「ふぇ?」
俺はユリカの行動の意味が分からず、変な声を上げてしまった。
ユリカは顔を俯き何やら震え始める。
そして、顔を上げると……。
「エリア、お前! あはははははっ!!」
いきなりお腹を抱えて、爆笑し始める。
ユリカの様子を見て、俺も彼女が何をしようとしてたのか理解した。
「ユリカ、私をからかったのですねっ!」
「お前、いい反応だったわ! 顔真っ赤ですごい可愛かったぞ!! あはははははっ!!」
俺は涙目で顔を真っ赤にしたままユリカを睨み付ける。
しかしユリカはそんな俺を見ても、お腹を抱えたまま爆笑し続けた。
「お前だって、さっき同じことしたろ~? その仕返しだよ!」
ユリカは笑いながらそう言った。
そう言われては強く文句を言えなくなってしまう。
「それはそうですけど……!」
「さっきのお前はよかったぞ~? 涙目で顔真っ赤にして慌ててる姿はほんとに行っちゃおうかと思ったくらいだったな~」
俺は不満げに小さく抗議してみたが、ユリカは意に介さずニヤニヤしながらからかってくるだけだった。
(行っちゃおうってあのままってことか? それって……)
ふとあのままだとどうなるか想像して、さらに頬が沸騰した。
それには俺自身が困惑した。
(おい、俺! なんでその程度でこんなになってんだよ!)
俺は両手で熱を帯びている両頬を押さえる。
そんな俺の様子を見て、ユリカがまた爆笑していた。
しばらくして頬の熱が引いてきた頃、ふと欠伸が出た。
さっきまではまったくなかった眠気が急に襲ってきたのだ。
「そろそろ寝るか? 明日は朝から買い出しとか行くしな」
「はい……」
俺の欠伸を見たユリカが俺にそう尋ねてきたので、頷く
部屋の魔道具の照明を消し、俺達はそれぞれベッドに入った。
ベッドに入った俺は目を閉じながら、ここ数日のことを振り返る。
寝落ちしてこの異世界に転移してから、今さっきベッドにこうして入ったところまでを。
振り返って見ても、ずっとユリカの世話になりっぱなしだった。
何よりもユリカに出会えなければ、この世界に転移した日にきっと自分は死んでいただろう。
そう思うと、ユリカには感謝してもしきれなかった。
(ユリカ……、お前に出会えなければ今の俺はここにはいなかった。ありがとう、ほんとにありがとう! そして……、これからよろしくな!)
そんなことを考えているうちに俺の意識は闇に飲まれた。




