第18話 吐露
(……助けて、……助けてユリカっ!!)
俺が心の中でそう願った時だった。
突然小屋の外からすごく大きな音が響いてきた。
何か大きなものが落下したかのような音だ。
「あっ? 何の音だ!」
「外の方からしたぞ!」
「ちっと様子見に行くぞ!」
「ちっ! 人が愉しんでたのによ!」
その音に男達はすぐに警戒態勢を取る。
俺のいたベッドから離れ、何やら話し合っていた。
「おい、二人はここに残って中から様子を見てろ。俺らは外に出て見てくる」
「分かった」
「あいよ」
「ひゃははは! んじゃ、見に行くか!」
そう言って、男達は二手に分かれた。
目に狂気が混じってた男と嫌悪感が一番酷かった男が外へ様子を見に行き、残りの二人は中から様子を窺うらしい。
「ったく! なんだってんだ」
「大型の魔物でも出たのか? この辺は狼どもしかいなかったはずだが……」
そんな会話をしながら、彼らは外の様子を窺っていた。
(大型の魔物!? 俺動けないのに! 嫌だ……、死にたくない!)
残党達の話を聞いた俺は目から涙を溢れさせる。
だが、それは俺の勘違いだったようだ。
小屋の中から様子を窺っていた二人の顔色が突然変わったのだ。
「おい!? あのガキ……」
「あ? ……げっ! 俺らの団潰したガキじゃねえか!?」
男達はそう言い酷く慌てている。
それを聞いた俺は驚きながら、内心期待してしまった。
(盗賊団を潰したガキって……。もしかして……、ユリカが外に!?)
昨日ユリカも依頼で盗賊団を潰したと言っていた。
別人の可能性もあるが、可能性は高いだろう。
そんなことを考えているうちに、男達は慌てながら話し合っていた。
「おい!? どうするよ? 窓から逃げるか?」
「それがいいかもしれねえな。あいつらじゃ、あのガキには勝てねえだろ。そうと決まりゃさっさとずらかるぜ」
男達はそう言い、小屋のドアとは反対方向にある窓に近づく。
そして、音を立てないように窓を開けそこから逃げて行った。
小屋には縛られたまま放置された俺一人だけになった。
屋外からはズドンとかドガンとかすごい重い音が響いてくる。
おそらくユリカがハルバードを振り下ろしているのだろう。
しばらくして、外がしんと静まり返った。
俺は一応警戒しながらドアの方に顔を向けている。
そして、ドアが開かれ中に入ってきたのは……。
「……、……!? エリアっ!!」
「んんーー!!」
小屋に入ってきたのはやはりユリカだった。
入ってきたユリカは警戒しながら部屋を見回して中を確認し、俺を見つけるとすぐに駆け寄ってくる。
そして、彼女は腰のベルトに付けたナイフで俺の両手足のロープを切り猿轡を外してくれた。
俺は上体を起こし、両手足のロープが付けられたところを確認する。
抵抗しようと暴れたせいか両手足首が赤くなっていた。
俺はユリカの方に顔を向けると、安心したように泣き始めてしまった。
「ゆりがぁ! ありが……」
「ばかやろうっっ!!」
俺は泣きながらユリカにお礼を言おうとしたが、突如怒鳴り声を上げたユリカに遮られた。
その声に反応して、俺の体はびくっと震える。
彼女の顔は真剣だった、真剣に怒っていた。
「お前……、俺は宿で大人しくしてろって言っただろっ!! なんで、こんなところにいるんだよっ!!」
「……ごめ……なさ……」
ユリカの怒鳴り声に小さくなり、俺は泣きながら謝った。
彼女が怒っている理由は分かっている。
それだけに言葉が出ない。
「自分がどんな状態だったか、分かってるのか!? もう少しでどうなってたかちゃんと分かってるのか!?」
「……ごめん……なさい……」
ユリカは怒りの表情を崩さない。
俺は俯いたまま泣いていた。
助かったという安堵の気持ちと迷惑をかけて申し訳ないという気持ちで……。
俺がそうしていると、突然彼女が俺の胸元に顔を埋めるように抱き付いてくる。
俺は突然の行動に泣き顔のまま驚いていた。
「……ユ……リカ……?」
「……で……か……」
ユリカが何か言っているが聞き取れなかった。
彼女の方を見ると肩が震えているように見える。
そしてしばらくすると、俺の顔を見上げた。
その顔からは涙が溢れていた。
「エリアが……無事でよかった……!」
「……!? ユリカ……ごめんなさい……! ごめんなさい……っ!!」
俺は泣いていたユリカを抱き締め返す。
そして、俺達は抱き合いながらしばらくの間泣き続けた。
しばらく泣いて落ち着いた頃、俺達はお互いに少し距離を空けながら小屋のベッドの上に座っていた。
お互いに目の前で泣いた恥ずかしさにより顔を背けながら。
俺はふと気になることができたので、ユリカに尋ねてみた。
「……あの、ユリカ。なぜ、この場所が分かったのですか?」
俺が尋ねると、ユリカはこちらに顔を向ける。
その顔はまだ真っ赤で、目は泣いたため充血していた。
「森の中の広場……エリアと初めて出会った場所あるだろう? あそこに戻ってきたら足跡が増えてたから、それを辿ってきたんだ。村の方向から来てたからすごく嫌な予感がしてたんだ。まあ、正解だったがな」
そう言いながらユリカは俺を睨む。
俺は申し訳なさそうな顔で彼女の方を見ていた。
「……あっ! そういえば、これ途中で拾ったんだ。エリアのだろう?」
ユリカは腕輪を操作し何かを取り出す。
それは大鎌だった。
俺はそれを受け取って確認してみる。
「……はい、これは確かに私の大鎌です。ユリカが拾ってくれたのですね、ありがとうございます」
確認すると、それはたしかに俺の愛用の大鎌だった。
俺はユリカに礼を述べる。
そして、大鎌を仕舞うために宣言した。
「帰還せよ! ソウルイーター!」
俺が宣言すると、光が大鎌を覆っていく。
そして、光が完全に大鎌を覆うと光が縮小していき消滅した。
俺が大鎌を仕舞うのを見届けたユリカは話を続ける。
「で、それを拾ったすぐ傍には焚き火をした跡が残ってたからな。慌てて先を急いだら、この小屋を見つけたのさ」
「そうだったのですね……。先程まで、もう駄目かと思ってました……」
先程の縛られてた時のことを思い出し、目元が潤んできた。
俺は服の袖で目元を拭う。
ユリカはそんな俺を心配そうに見守っていたが、急に真剣な表情をした。
「……なあ、なんで森に来たんだ? 俺は宿で待ってろって言ったのにさ」
ユリカの質問に、俺はすぐには答えられなかった。
しばらく黙ったままどう言うべきか悩んだが、結局思ったことを正直に言うことにした。
「……それは、ユリカに認めてもらいたかったからです。ユリカと一緒に行動できるように……。残党を私が討伐すればユリカに認めてもらえると思って……」
俺の言葉にユリカが驚いた表情をした後、暗い表情をして俯いた。
俺は彼女に一度目を向けてから話を続ける。
「それに、ユリカは残党の討伐が終われば村を出て行くんですよね? そしたら、私は……」
俺は途中で言葉を切り俯いてしまった。
先を話すのが怖かったからだ。
そんな俺を見て、ユリカが暗い表情の顔を上げてこちらを見た。
「エリア……、悪かったな。すごく不安な思いさせたみたいでさ。確かに、俺はお前を認めることができてなかったのかもな……。だから、心配で村で待ってるように言ったんだし」
ユリカは暗い表情のまま、そう言った。
そして、少しの間を空け話を続ける。
「俺はお前がまだゲーム感覚が抜けてないと思ったから、置いて行ったんだ。それに……、お前には残党討伐は無理だと思ってたから……」
「それは認めていないからですか? ……確かにゲーム感覚はまだ残ってると思いますが、それは少しずつ改めていきます」
ユリカの言葉を疑問に思った俺は不安そうな目でユリカを見つめながら質問し返した。
それに対して彼女は首を横に振り、真剣な表情をした。
「いや、認める認めないじゃないんだ。俺はただ残党の討伐とだけ言ったが、実際討伐っていうことは殺すってことだ。エリア、お前は人を殺すことができるか? この世界に転移してまだ三日のお前に」
「…………」
ユリカの問いに、俺は答えることができなかった。
元の世界にいた頃は平和な生活をのんびりと送り、殴り合いの喧嘩すらした覚えがなかった。
当然、人はもちろん他の動物だって殺す機会なんかあるわけがない。
彼女の言ってることはごもっともなことだった。
「それとゲーム感覚のことだが、今のままだとおそらくは抜けないだろうな」
「え……? それはなぜですか?」
ユリカにそう言われた俺は思わず聞き返した。
この世界で生活する以上ゲーム感覚が危険なのは理解している。
だから、少しでも早く抜けるようにこの世界に慣れようと思っていたのだ。
「お前のその口調、確かRPだって言ってたよな? それを続けている限りはどうしてもゲーム感覚が残っているように俺には見えるし、実際そうなんじゃないかと思ってさ」
「そんなことは……」
否定しようとして言葉に詰まる。
自分でも完全に否定はできなかったからだ。
それにユリカが言っていることも理解できる。
だが、自分の中に疑問が生まれた。
(俺はゲームだった時、RPしていた。だが、今はどうなんだろう。今の話し方はRPなのか? それとも、今はこの話し方が素になってるのか?)
俺は考え込んでしまっていた。
考え込んでしまった俺を、ユリカが心配そうに見つめてくる。
しばらくそうしていた彼女は、一つの提案を俺にしてきた。
「エリア、無理にとは言わないが敬語をやめてみるのはどうだ? 転移する前はRP以外ではほとんど使ってなかったんだろう? 元の時に近づけてみるのはどうかと思ってさ」
「敬語をやめる……ですか? う~ん……。……確かに、転移される前はそうでした。ですが、今はこの話し方の方がしっくりくるんです。確かな理由は分かりませんが、たぶん肉体が変わってしまったからでしょうか……」
俺はユリカの提案に、先程まで考え込んだ疑問の答えを元に答えた。
俺が出した答えは、この体はRPだった時の話し方が素だということだ。
実際に心の中は元の時と何も変わらない。
だが、いざそのまま口に出そうとすると言葉に詰まるのだ。
それはつまり、この体が話し慣れていない話し方だからだろう。
なら、この体に合わせて敬語で話した方が俺としても楽なのだ。
「だから、私は今の話し方でいこうと思います。この体でいる限りはこちらの方が会話が楽なのです」
「そうか……、分かった。なら、さっきの提案は忘れてくれ」
俺がそう答えると、ユリカは頷き訂正する。
そして、彼女は優しい表情を浮かべる。
「最後に……」
ユリカが言葉を切った。
俺はユリカの方に顔を向けながら、続きを待つ。
俺がそうしていると、ユリカは俺の傍まで移動して頭を撫でてきた。
「なんかすごく心配してるみたいだが、俺はお前を置いて行ったりしないから安心しろ」
「……!? ユリカ!!」
ユリカの言葉を聞いて安堵のあまり俺は泣いてしまった。
ずっと心に重くのしかかっていたものが軽くなっていく。
俺はしばらくユリカに頭を撫でられながら、泣き続けた。
しばらく泣いて落ち着いた俺は顔を赤くしながら俯いていた。
先程までのように辛かったり苦しかったりしたからではなく、恥ずかしさのあまりである。
(……おい俺、今日何度泣いたよ……。確かにずっと、ものすごく不安だったさ。置いて行かれるかもしれないと思ったら、心がずっと苦しかったし感情がコントロール不能だったさ。でもよ~……、さすがに泣きすぎだろ俺。しかも、人前であれほど……)
思い出したら、さらに頬が熱くなってきた。
そして、恥ずかしさを誤魔化すように右手で顔を覆う。
そんな俺の様子をユリカが心配そうに見つめていた。
「エリア……? 大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です。ちょっと心の整理の問題なのでしばらくすれば落ち着きます、たぶん……」
俺はそのままの体勢でユリカに答えた。
ユリカもしばらく様子を見ようと思ったのか、深くは聞かずそっとしておいてくれるようだった。
(ありがとう……、ユリカ)
俺は心の中で礼を述べる。
そうして、俺達はしばらくの間お互い一言も喋らず静まり返った小屋の中にいた。
どのくらいの時間が経っただろうか。
俺は心の方も落ち着いたので、村に戻ろうかとユリカに声をかけようとした時……。
外の方から大きな地響きのような音が聞こえてきた。