第14話 悪夢
気が付くと、俺は見覚えのない森の中にいた。
(あれ? ここはどこだ……? 確か、コルナ村の宿屋に泊まってたはずだ)
周りを見渡すと、一面が鬱蒼とした森だった。
よく見ると少し離れた位置にユリカの後ろ姿が見えた。
(よく分からないが、ユリカも一緒だったみたいだな。よかった……)
状況は分からなかったが、ユリカの姿を見かけたことに俺は安堵する。
そして、俺は彼女に状況を尋ねることにした。
「ユリカ、ここはどこなのですか? 何が起きてるのですか?」
俺が尋ねても、ユリカは何も答えなかった。
そして、そのまま森の奥へと歩いていく。
「ユリカ? どこに行くのですか?」
再度尋ねても、ユリカは何も答えずに奥へ向かって歩いていく。
俺は怪訝な顔をしたが、彼女が何も答えずに奥へ歩いていくので付いて行くことにした。
そして、付いて行こうと思い立ち上がろうとして違和感に気づいた。
「え……? なんで……?」
立ち上がろうとしたが体が動かなかった。
腕にも足にも力が入らず、全く動かない。
そうしている間にもユリカは歩いて行ってしまう。
「ユリカ、待ってください!」
俺はユリカに向かって叫ぶが、彼女はこちらに振り向くことなく奥へ奥へと歩いていく。
その様子に俺は焦ってさらに叫ぶ。
「ユリカ、待ってください!! ユリカ!!」
何度叫んでも、ユリカは振り返らないし止まらない。
(ユリカ、なんでだ? なんで置いて行くんだよ……)
このままユリカに見捨てられると思った俺は、ついに泣き出してしまった。
そして、彼女に向かって泣き叫ぶ。
「ユリカ、待って!! 置いて行かないで!! ユリカぁーーっ!!」
必死に叫んだ俺は・・・。
「ユリカぁーーっ!!」
叫びながらすごい勢いで上体を起こし、目を覚ました。
俺は周りを見渡す。
そこは俺達が宿泊している宿の部屋の中だった。
(……夢か。最悪だ……)
俺は右手を右目の辺りに当てながら、目を閉じ俯く。
夢を見ている間に泣いたようで、触れた右目に涙の感触があった。
ただ、夢であった事実が分かり安堵する。
そして、ユリカのベッドに顔を向けた。
「え……?」
俺は思わず声を漏らした。
ユリカのベッドはすでにもぬけの殻だった。
それを見た俺はしばらく硬直したが、はっと我に返る。
そして慌てて部屋を出て、下の階に降りた。
俺が慌てて降りてきたのに気づいたおっちゃんはこちらに振り返り驚いた顔をする。
「エリアちゃん、そんなに慌ててどうしたんだ?」
「ユリカは……、ユリカはどこですか!?」
かけられた声には答えず、俺はおっちゃんに詰め寄りユリカの居場所を尋ねる。
詰め寄られた彼は少し動揺していた。
「ユリカちゃんなら朝早くに出て行ったよ。コルナの森をちょう……」
「うぐ……ひっぐ……、ゆりがぁぁーっ!」
おっちゃんの出て行ったの辺りまで聞いた俺は泣き出してしまった。
彼は驚いた表情のままおろおろしている。
すると、奥から女性が現れた。
おっちゃんと比べると若く見えるが、奥さんだろうか。
現れた女性は驚くと、おっちゃんを一睨みした後俺の元に駆け寄ってくる。
そして、傍まで寄るとしゃがみ込んで俺の背中を優しく撫で始めた。
「どうしたの? 大丈夫?」
優しく声をかけてくれたが、俺は泣くのを止めることができず返事ができなかった。
その女性に背中を撫でられながら、俺は泣き続けた。
しばらくの間泣いていたが、ようやく泣き止んだ。
人前で大泣きしてしまったことに恥ずかしくなった俺は赤くなりながら俯いていた。
撫でてくれていた女性は俺が泣き止んだのを確認すると、一度奥へ行き大きめの布を持って戻ってくる。
そして、俺の肩にかけてくれた。
「突然すみませんでした……。ありがとうございます、もう落ち着きました」
俺は二人に謝罪とお礼を述べる。
彼らは互いに顔を見合わせると、こちらに向き直った。
「いきなり泣き出したから、驚いちまったよ」
「ほんとにね。あなたが何かしたのかと思ったわよ」
女性はそう言い、おっちゃんに再び顔を向ける。
彼は心外だなといった表情を彼女に向けていた。
二人の様子を見ていると、仲のいい夫婦なんだろうなと思った。
俺がそう思って眺めていると、彼らがこちらに再び顔を向ける。
「とりあえず、落ち着いたみたいだからさっきの話の続きを言うぞ」
その言葉に、俺はつい固まってしまった。
俺の様子に気づいた女性がおっちゃんを睨む。
睨まれた彼は否定するように慌てて手を振った。
「違う違う! 変な話じゃないぞ。エリアちゃんがユリカちゃんの居場所を知りたいみたいだったから伝えるだけだよ」
おっちゃんは慌ててそう言った。
睨んでいた女性は、溜息を吐くと表情を和らげる。
それを見た彼は、安堵の表情を浮かべた。
「それでユリカちゃんだが、コルナの森に調査に行くと言って朝早くに出発したぞ。夕方には戻るからそれまでエリアちゃんのことをよろしく頼まれたんだ」
その話を聞いた俺は安堵の息を吐いた。
(置いて行かれたわけじゃなかったんだ、よかった……)
そう思ったら、少し心が落ち着いてきた。
でも、ふとユリカが言っていたことを思い出し、また表情が暗くなる。
(ユリカは盗賊団の残党探しのためにここにいるって言っていた。じゃあ、それが終わったらユリカは行っちゃうんだよね……。たぶん、俺にはここにいろって言うんだろうな……)
そう思うと、また目元が潤んできた。
元の世界のことを知っているユリカがそばにいてくれるのは非常に心強いし、できることなら彼女と一緒にいたい。
でも、今のままだと俺はただのお荷物だ。
戦闘では経験不足で役に立たないし、この世界での一般常識はなくお金稼ぎもできない。
一般常識はしばらくこの世界にいるから生活していれば少しずつ身に付くだろう。
だけど、戦闘は経験を重ねなければならない。
兎に角、場数を踏むしかないのだ。
(戦闘の訓練をしよう。ユリカと一緒に行けるように!)
俺はそう決心した。
俺が覚悟を固めた後、不意に体が震えた。
なにやら、少し肌寒い。
体を見てみると汗がびっしょりでTシャツが体に張り付いていた。
(朝からあんな夢見たからか……。これは汗を拭いて着替えるしかないな)
俺は汗を拭くためにお湯と布を頼むことにした。
「あの……、すみません。体を拭きたいのですが、お湯と布を頂けますか?」
「ああ、分かった……」
おっちゃんは返事をしたが、こちらを見つめたまま動かない。
怪訝に思った俺は首を傾げながらその巨体を見上げた。
そばで俺の様子を見ていた女性がおっちゃんの方を見て、その後俺の方を見る。
そして何かに気づくと、彼女は彼を睨み付けながらすぐ指示を飛ばした。
「あなた、どこ見てるのかしら? 早くお湯と布を持ってきてあげなさい」
睨み付けられたおっちゃんは、はっと我に返り慌てて奥へ入って行った。
俺は不思議そうな顔をして女性を見つめる。
「先に部屋に戻ってて大丈夫よ。お湯と布は私が責任もって運ぶから。それに、そんな恰好でここにいるのはよくないわよ?」
俺は自分の体を見下ろす。
よく見るとさっきは気づかなかったが、汗でTシャツが張り付き下着が透け胸の形がくっきりと見えていた。
俺は思わず腕で隠す。
そして、女性の言った意味とおっちゃんがなぜ動かなかったのかを理解した。
(おっちゃん、俺の透けた下着と胸見てたのか。さすがに男にそういう目で見られるのは嫌だな。……まあ、俺も同じ状況なら同じことしたかもしれないから責められない……)
この体は胸が大きいため服の胸部の辺りが大きく膨らんでいる。
そのため汗で濡れ体に張り付いてしまっている今は下着とともに谷間までくっきりなのだ。
男なら視線は意識しなくても自然とそちらに向いてしまうだろうから、見られるのは不快だが仕方ないと思ったのだ。
俺は先程言われた通りに部屋へ戻り、お湯と布を待つことにした。
しばらく部屋で待っていると先程の女性がお湯が入った桶と数枚の布を持ってきてくれた。
そして、ベッドとベッドの間にある小さなテーブルの上に置く。
「ありがとうございます」
俺は運んできてくれた女性に礼を述べた。
「気にしないでいいのよ、お客さんなんだから。冷えて風邪ひく前に早めに体を拭いてね」
運んできてくれた女性の言葉に、俺は笑顔で頷く。
それを見た彼女は微笑みながら軽く会釈をして、部屋を出て行った。
俺は腕輪を操作して装備欄から今着ている服を外し脱いだ。
そして、下着だけの姿となった。
(あ~……、やっぱ下着もびしょ濡れだな。当たり前だけど……)
そんなことを思いながら、下着を脱ごうとして手を止める。
(脱ぐよりアイテム欄に戻した方がいいな。洗濯してくれるし)
そう思った俺は腕輪を操作して、装備欄から下着を外しアイテム欄に戻す。
そうすると、下着は光に包まれ消えた。
裸になった俺は汗がべたべたして気持ち悪かったので、お湯で濡らした布で念入りに体を拭いていく。
ついでに、朝起きてから拭いてなかったので顔も拭く。
そして、濡れていない布で水気を拭き取った。
(下着の洗濯終わってるよな……?)
疑問に思ったが、アイテム欄から先程仕舞った水色の下着を装備欄に装備する。
すると、胸部と股の辺りが光に包まれ、水色の下着に覆われた。
下着はびしょ濡れではなく、洗濯済みで乾いた状態だった。
俺はその感触に少し感動した。
(もし、元の世界に戻れてもこの腕輪はぜひ欲しい! 絶対欲しい!!)
俺は感動しながら、いつもの服を装備欄に装備して着替える。
汗を拭いて着替えが終わった俺はすっきりした表情になった。
ふと髪に触れると寝癖が立っていたので、俺は腕輪を操作して髪型を整える。
そして、使い終わった桶と布を持ち、部屋を出て下の階に降りていった。
下の階に降りると朝食の用意ができていた。
俺はカウンターにいたおっちゃんに声をかける。
「これ、ありがとうございました」
俺は桶と使った布をカウンターの上においた。
おっちゃんはそれらを受け取る。
「あいよ。エリアちゃんの朝食作ってあるから食べな」
おっちゃんは優しい表情でこちらを見つめた。
(さっき目の前で大泣きしちゃったからな~。……思い出したら恥ずかしくなってきた)
そう思った俺は、恥ずかしさで少し頬が熱くなった。
俺はおっちゃんに会釈してカウンターを離れ、朝食が用意された席に座り朝食にするのだった。