50話の記念日
漫画家をやっている。節目の時、盛大なことを考える。
「やべぇな」
漫画家、蓮山銅也は悩んでいた。月刊誌で連載を一つしているのだが、4周年記念の50話目で、カラーイラストの用意が整わなかったのだ。
「編集に怒られちまう」
口下手な彼にアシスタントがおらず、現在、暇で協力をお願いできる人もいない。
不眠不休は初めてじゃないが、漫画家になれた歳も遅めであって体力的に厳しいところがあった。
「まだ50話目が終わっていないのに。期日は明日だぞ」
こーいう時は少し前から準備していくのが普通なんだろうが、あいにく自分には難しい。月1連載でもひーはー言っている。ホントにアシスタントを雇おうかな、背景が特に欲しい。でも、背景を描ける人ってあんまりいないんだよね。ほとんどキャラばっかり……。
「だーっ!無理無理!50話仕上げるだけで無理だー!何が4周年記念だーー!!」
あまりの忙しさに頭を抱え、ペンタブを投げつけたい気持ちを抑える。
俺には無理なのだ。ちゃんとした時間がもっと欲しい。
◇ ◇
「カラーは?」
「ありません!」
しょうがなく、蓮山は素直に。
「50話って言っても、4周年と2か月じゃないですか。俺、一回も原稿だけは落としませんし」
「………………」
「それでしたら、60話、5周年の方が数字的にキリが良くてー」
言い訳を始めるのであった。
社会人としてそれどうなの?みたいな感じではあるが、できなかったのだからしょうがなく、別の機会にしてもらおうとする作戦。
だが、当然ながら。
「そんな言い訳通じるかーー!ウチのセンターカラーができてねぇってヤバイだろうが!!」
「できねぇもんはできねぇぞ!あと半日でどー仕上げろってんだ!!50話の節目だから、こっちも斬新なネタを考えていたのに!その上、センターカラーまでやれるか!!イラストレーターに頼みやがれ!漫画家は暇じゃねぇんだよ!!」
なんだかんだ、こうして蓮山が言えるのには。この月刊誌で上位の評価を得ている事に起因する。
「なにが50話の記念だよ!やる事多すぎなんだよ!マイペースにやらせてくれよ!!」
「今でも十分にマイペースだろうが!他の漫画家と比べて、テメェが遅いのが悪いだろ!?」
「1人なんだよ!1人の方が気楽で、理想通りに仕上がるからなんだよ!!」
売る者と作る者では意見が割れるのは当然。編集者からすればアシスタントの1人くらいやりたいのだが、蓮山は口下手に加えて、作りたい物は作りたいという職人タイプ。元々、漫画家というのは生き方として捉えている。これでも社会人上がりだから、性質が悪い。
「言い訳する暇あったら描け」
「くっ!指示だけで楽だな」
とはいえ、悪いのは蓮山。しかし、自分の力量ではとてもセンターカラーなんて今から間に合うわけがない。というか、51話を描きたいんですけどね。
なにが50話の記念だよ。ありがた迷惑だわ。
「はぁ~」
まぁ、無理だという事は伝えた。漫画を作るのは好きだが、カラーイラストはどーも苦手だ。月刊誌のトップとくればプレッシャーも掛かって、腹痛もくる。
50話なんてこなきゃ良かった。
プルルルル
「はい、蓮山です」
『蓮山さん。とりあえず、別の巻頭カラーをセンターカラーに押し上げる形でこのトラブルは終わらせたから。描かなくていいよ』
「ホントっすか。それは助かりました」
『助かる?まったく、せっかくのセンターカラーだぞ!アニメ化の話だって来てるのに、センターカラーを逃したのは大きな痛手だぞ!!』
「…………取返しますから、50話の方は良かったでしょう?」
『それは良かったがね。相変わらずに。って、話を逸らすな!今度はちゃんとカラーをやれよ!!アニメ化までしないと雑誌ってのは廃れちまう!お前はウチの期待の1人なんだぞ!!』
ガチャァッ
「期待ねぇ……はぁ……」
泥船に縋るのはどうなんだ。
俺は俺で手一杯で、のんちゃん関係の話しか描けないだけなんだぞ。それ以上の事は何もできないのに……
「…………しかし、月刊誌で50話か」
良くやって来たな。もう4年以上も経ったか。3年前はコンビニでバイトしながら漫画描いてたな。飯山さんは7回忌かな?懐かしいな。よくここまでやって来たな。振り返ると凄いな。
編集が怒鳴ってくれるのも、そーいうわけか。普通はシカトするし。俺も偉そうになっていた。
人って変わるんだな。
「ケーキでも買ってくるか。ちょい遅いけど」
自分もきっと変わっていく。描く物も変わっていく。
「アニメ化よりグッズ化がいいな。のんちゃんの抱き枕カバー欲しいな」
よくここまでやって来た。そうやって、俺は幸福にも今の生き方を続けられる日々を嬉しく思っている。
60話はしっかりとカラーを仕上げたいな。