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はるかかなたのエクソダス3 ~インディペンデンス・デイ  作者: 風庭悠
第14章:明日なき明日へ~ヘリオポリス動乱編
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第99話:捕虜交換

 今回の捕虜交換に、尊が自ら向かうことはなかった。それこそ罠の可能性があり、騙し討ちや、搭乗させたスパイによる高性能爆弾などで自爆されてしまっては大事になってしまうからだ。それで、今回はカレブとエリカがその任にあたった。


捕虜交換といっても、先の戦いで捕虜となったのはジェドエフラー麾下きかにあった648名であった。彼らは健康状態にも問題がなく、虐待や拷問の痕跡あともなかった。尊が一切そのような行為を禁じており、違反者は厳罰に処すと定めていたからである。


 一方、アマレクが提示していたのがテラノイド労務者とその家族12万4,500人余り、多くは"アブの災厄"で倒産した企業に勤務していた者たちであり、さらに尊の求めに応じてGOSENのメンバー18人の内6人が家族を連れての移住を決意した。


ネーヅクジョイヤは今回は尊と共に彼らを見送りに出ただけで、ヘリオポリス近郊上空にとどまった。輸送船団の帰路、敵に追撃を受けたり、輸送船団に紛れてヘリオポリスに突入しないようにするためであった。


アマレク側の代表は空戦騎士団オグドアッドを所有する大貴族の一員(メンバー)で唯一の女性であるネフェルタリ・アナスタシス伯爵夫人であった。彼女は貿易業を代々営む大店おおだなの惣領娘で爵位を既に父から受け継いでいた。商家の娘らしく奴隷は家事労働で使役している程度で、テラノイドの独立にも柔軟な態度で臨むと目されている。


フェニキアにも留学した経験もあり、惑星内外の事情にも詳しく、アマレク本星とも太いパイプがあり、初の女性大統領が誕生するとすれば彼女をおいて他はない、とさえ言われるほどの才媛である。「才媛」といっても既に30代にさしかかっており、女性としても盛りであった。


彼女は戦闘時以外に軍服を纏おうとはしない。今日も真珠色のイブニングドレスという出で立ちで軍服だらけの会場にあって異彩を放っていた。

彼女が指定した会場は、メンフィスから700kmほど離れた彼女の領地であった。

彼女の一族が経営するホテルで式典は行われた。


「スフィア国軍代表として参りました。カレブ・ヨハンソンです。」

カレブは堂々と名乗り、敬礼する。ネフェルタリが答礼すると、花の香りの香水が薫る。カレブは妖艶なデコルテを露出したドレスに目を遣らぬようにしていた。ネフェルタリは艶やかに微笑むとカレブの肩に触れた。


「あら、ミスター代理人(エージェント)じゃないのね。お会いできると思ったのに、残念だわ。」

彼女は尊が来なかったことを婉曲に揶揄していた。無論、駆け引きの一つなのだろうが、尊もカレブに幾つかの答えを仕込んでいた。


カレブも微笑みながら返す。

「ご安心ください。私も代理人の代理人エージェントです。今日はお会いできて光栄です。伯爵夫人。」

エリカはカレブがあまりにも真顔で言うので噴き出しそうになるのを必死に堪えていた。

「あら、お若いのにお上手ね。」


女性らしい豊かなプロポーションの彼女に若さを褒められたエリカは少しムッとしていた。

「どうせ若さ以外で勝てる要素がありませんよーだ。」

エリカは心の中で、ネフェルタリの肢体に目を奪われまいと努めているカレブに毒づいた。

 無論、彼女が嫌味で言っているのか、心底そう思っているのか、判断できるほどエリカは付き合いが有るわけではないのだが。


 カレブもエリカの険しい表情を見て、これならラザロを連れてくればよかった、と少し後悔していた。エリカはポーカーフェイスは出来ないタイプなのだ。もっとも、カレブではなくジョシュアであれば恐らく、

「エリカ、お前の胸筋の方が立派だぞ、よかったな。」

と余計なコメントを添えて、肘鉄を食らっていたことだろう。


 さて、捕虜の名簿や健康状態を記した診断書などといった書類の交換、そして輸送中の相互攻撃禁止の契約書の締結などの手続きが淀みなく進んでいった。ここら辺の手際の良さは彼女が実業家である由縁であろう。


最後は、カレブとネフェルタリとの握手で終わった。この後、ネフェルタリが主催する交歓会が行われた。この間に、館の外では捕虜の交換が行われている。テラノイド側はかなりの人数が動くので、時間がかかるのだ。


 しかもこの間に記者会見を開いたり、マスコミ各社からのインタビューを受けたり、パーティーに参加したりとハードスケジュールをこなしていた。

 最後の、送礼式の前、カレブとエリカはようやく休憩時間にありつけた。カレブはロングソファに身を沈めると、それはそれは長い溜め息をついた。本人は深呼吸のつもりだったのだが。

「うわあ、ゼロスのヤツ、いつもこんなことしてんのか。ホント俺には向いてないね。」

カレブは心底そう思った。


「そうね。アタシもうんざり」

エリカも同意する。その時ドアがノックされた。

「はい。」

カレブがゆっくりとドアに隙間を開ける。その瞬間、そこを人影がすり抜けた。びっくりしたエリカが思わず銃に手を伸ばした。


「待って。私よ。マリアン・マクベインよ」

突然の、そして意外な訪問者に二人はびっくりした。エリカとマリアンは名前を呼び会うと抱擁を交わした。その後、残してきた家族や共通の知人や同級生の近況を報告すると、マリアンは本題を切り出した。

「義兄さんに会えないかしら?」


「それは記者ジャーナリストとして? それとも義妹として?」

エリカは尋ねた。昔のマリアンの義妹としての態度は必ずしもエリカにとって好ましいとは思っていなかったからだ。


「そうね。図々しい、って言われても申し開きのしようもないわね。……どっちもよ。」

エリカにとって、マリアンの答えは意外だった。

「約束はできないわ。今、彼の両肩には全人類の命運がかかっているの。それに……」

エリカはそこで言葉を止めた。もう、立場や責任だけでなく、ゼロスはもはや"不知火尊"という人間になっているのだ。


「ゼロスは昔とはずいぶん変わったぞ。失った記憶も取り戻しているし、ほぼ別人といっていい。会ったらかえってがっかりするかもしれないぞ。」

カレブがエリカの言葉を継いだ。マリアンは黙って頷いた。


「そうね。……"あの頃"はもう、返ってこないもんね。でもね。私。……事実(それ)に向き合いたいの。私、義妹(いもうと)として義兄(あに)に言ってなかったことも、言わなければならないこともある。だから記者になったの。義兄を追うためにね。」


「……マリアン、それであなた記者になろうと思ったの?」

エリカは驚いて声を上げた。

「そうね。ゼロスには伝えておくわ。連絡先はこの前に貰ったところで良いのね?」

「ありがとう、エリカ。」

時間が迫ってきたため、マリアンは去った。


「ねえ、どう思う?」

「罠かな、ってこと?」

マリアンが去ってからエリカの問いにカレブは少し考えた。

「たぶん、彼女が大人になった、ということじゃないのか。きっとあのころなんでも許される、と思っていた過ちに気が付けるくらいの大人にはね。」





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