第147話:さよなら、エンデヴェール。
[星暦1001年10月20日]
ーそれから半年後。
宇宙港"デジマ"にて、別れの日がやってきた。エンデヴェール家とそれに仕えて来たヌーゼリアル人の一行が、スフィアを離れ、母星へと帰還する日が来たのである。
それまで数年にわたって訓練を重ねて来たクルーたちを率いて、シモンは見ていて頼もしかった。
好男子の上、美形でリアル王子様であるシモンはスフィアの女性に絶大な人気を得ていただけに、彼の出立はスフィアにとって衝撃だったことだろう。
もっとも、エンデヴェール家のチビ妹たちもだんだん少女に育って来て、愛くるしい彼女たちの姿に国民的な人気があった。妹たちは尊と離れ離れになることを嫌い、同行をいやがっていたが、皆の必死の説得にようやく応じた。
もちろん、尊の妻であるアーニャは残留する。
出立の様子はテレビでも中継されていた。
「考えてみれば、もしアーニャとシモンがいてくれなかったら、人類はいまだ奴隷のままだったかもしれませんね。本当に感謝してもしたりないくらいです。」
別れ際、シモンと握手を交わしながら尊は名残惜しそうに言った。
「そうだね。ただ義兄さんがいてくれなかったら、僕らもいまだに、あの村でくすぶっていただろうね。」
シモンも尊に感謝を述べた。
「我が息子よ。達者でな。いつかまた、一緒に酒を酌み交わそう。」
ローレンさんも名残惜しそうだった。彼にとってこの20数年は良い充電期間に過ぎなかったのかもしれない。
「はい、父ぎみ。父ぎみもお達者で。いいワインとウイスキーをシモンに持たせました。道中楽しんでくださいね。」
尊もローレンと抱擁をかわす。
「尊さん、本当にお世話になったわね。とても楽しい休暇だったわ。」
「はい、母君もお元気で。ブリ子にチーズタルトを持たせましたから後で召し上がってくださいね。」
尊は母君クララの手の甲にキスをした。
「アーニャのことお願いね。」
クララに尊も答えた。
「はい。大切にしますからご安心ください。」
「皆、気をつけてね。いってらっしゃい。」
三人娘が船に向かって手を振っていた。
「はいはい、あんたたちも乗るのよ。」
本気ともボケともつかぬリアクションに母君もあきれたようにツッコミをいれた。
「兄さま、約束、約束だからね。絶対、絶対に忘れないでね。」
三人とも担ぎ込まれるかのように船に載せられていく。
「約束?」
そばにいたエリカが尊に尋ねる。
「大人になったらここに"帰ってくるから"結婚してくれって。」
尊が照れくさそうに言った。
「三人とも?」
「ええ。」
「ま、モテモテね。」
エリカはにやっとする。尊も片目をつぶると付け加えた。
「まあ、ほんとは後5年も経ったら、"汚いから洗濯物一緒にしないで"って言われるのがオチですよ。」
「さすが元義妹持ち、現実が分かっていらっしゃる。よしよし」
エリカは尊の頭を撫でた。
(彼女たちはこの惑星で生まれたのだから、故郷はここなんだ。)
尊は彼女たちが「帰りたい」とは思わない理由をおもんばかった。
船内にはアーニャがいて、出立時間のぎりぎりまで皆との別れを惜しんでいた。
「ねえ、ゼロス。アーニャと一緒に船まで見送りには行ってあげないの?」
エリカの問いに尊は答える。
「いいんですよ。今、彼女は娘として、また姉として伝えたいことがあるでしょうから。」
やがて、制限時間になり、アーニャがタラップを降りてくる。出立の時が来たのだ。彼女は顔を涙でくしゃくしゃにしていた。尊はアーニャを抱き締めた。
港のゲートが開かれ、タラップも船に引き上げられる。
ゆっくりとネーヅクジョイヤの船体が前に進んだ。モニターが外部カメラに切り替わる。重力子エンジンはアストラルドライブに向けて加速を始める。重力子は電子エネルギーに変換されると光子を出すので燃焼しているわけではないが光を放つ。
その光点が星の海に紛れて消えるまで、皆、名残惜しそうに見送っていた。
アストラルドライブに入ろうとした時、アポロン星系外へと悠然と飛行を続けるグレゴリウス家の戦艦"月の船"を追い越した。最後の敵だった無人の船にシモンはただ一人、敬礼を捧げた。
「姉さんを一人にしてしまって本当に大丈夫かな。」
名残惜しそうにモニター越しのスフィアの映像にみいっている母にシモンは尋ねた。
「大丈夫よ。一人じゃないから。」
クララの答えはどこか嬉しそうだった。
「そうだよね。義兄さんがしっかり守ってくれるよね。」
シモンの答えに、クララはくすっと笑った。
「違うわよ。私が『おばあちゃん』になるってことよ。さっき、直前になってアーニャが教えてくれたの。」
意味を悟ったシモンは
「それって、俺、義兄さんからはまだなにも……」
「まだ、尊さんにも言ってないんですって。」
「赤ちゃん……出来るんだね。異星人同士なのに。」
明日、ついに大団円。




