第146話:その称号は救国卿
エリカの声のトーンは一段下がっていた。ここからは真面目に行くべきだろう、尊は肚を決めた。
「アーニャ、本当に綺麗です。私には勿体無いぐらいです。」
「ホントにねー」
エリカのツッコミに尊は一度咳払いする。
「今まで私を支えてくれて本当にありがとうございます。おかげで大願を成就することができました。これからもずっと私の傍にいてくれませんか?」
「はい。喜んで。」
アーニャの眼には泪が浮かんでいた。化粧崩れを恐れた美容師が慌ててそれを拭う。
アーニャのドレスや宝飾品は母君が婚礼の際に着ていたものを手直ししたものだった。ミーディアンの村で挙げた結婚式と同じものだ。今の尊の立場であれば新しい物で揃えることもできたであろうが、テラノイドの中でこのドレスを超えるものを拵えることのできる職人はまだ、いなかったのだ。
「用意出来たかー?」
そこにカレブやエンデヴェール家の人々、"チーム"の面々が入って来る。皆挙って尊に背中を向けてアーニャをほめそやす。カメラマンのシモンが所在なさげにうろうろしていた。
3人の妹たちは、尊を取り囲んでいた。
「にいに、膝」
ターラは尊の膝に乗る。
「タラ子。衣裳がシワになるよ。」
尊の左腕に自分の腕をからめながらブリジットが注意する。
「ブリ子もそんなに強くしたらシワになる。」
同様に尊の右腕に体ごと絡まるようにサビーネも姉に注意する。
「兄さま。次は私と結婚式だからね。」
「ええー、ねえ様ずるい!」
喧嘩が始まる。
「ほら、ブリ子、サバ子、タラ子、写真撮るよ」
シモンが慌てて仲裁に入る。こんな幸せな日々がずっと続けば良いのに。でも、それが単なる願望に過ぎないことも知っている。
「皆! 義兄さんと姉さんを中心に写真撮るよ!ほら並んで並んで!」
辛い時期がいつか必ず終わるように、楽しい時もまた永遠ではない。だからこそ、この一瞬、一瞬を大切に生きていきたい。敵味方を含め、たくさんの死と向き合ってきた。自分も死を覚悟せざるを得ない状況に何度も直面してきた。シモンは今の幸せを切り取るかのごとくカメラのシャッターを押していた。
王立劇場の大ホールでは、たくさんの市民が詰めかけ、新郎新婦の入場を待っていた。
司会者はジョシュアが務めた。いつものおちゃらけ感はどこへやら、なかなかの伊達男っぷりである。尊一人のためならどかかでおふざけも入るだろうが、今回はアーニャのためでもある。
「新郎新婦の入場です。」
会場後部のおお扉が開き、ウェディングマーチとともに尊とアーニャが入ってくる。
拍手と歓声がオーケストラの音を掻き消すかのようにあがる。3mはあろうかという裾をひきながらアーニャはしずしずと歩んだ。ミーディアンの村で村人たちと家族だけで行った質素な式から何年経っただろう。あのときは、村の有志で作ってくれた簡素な式だった。それも嬉しかったし、今日の式も本当に嬉しい。
「これで、ヌーゼリアルだけでなく、このスフィアでも正式な夫婦ですね。」
尊が真っ直ぐ前をみつめながら行った。アーニャも尊の方を見ずに小さく頷いた。
祭壇で司祭として二人を待っていたのはバラクであった。
「そういえば、あなたはこちらが本職でしたね。」
白と赤の祭服で決めたバラクは照れ臭そうに苦笑を浮かべた。
バラクのもとで夫婦の誓いを終える。尊はアーニャのベールをあげるとキスを交わした。
列席した人々の歓声もクライマックスを迎える尊たちも手を挙げてそれに応えた。バラクが合図をすると、ジョシュアがアナウンスする。
「ご出席の皆様、静粛に願います。これより国王陛下からの祝辞があります。」
どよめきが起こる。確かに、一般大衆の前に国王が姿を現すのは稀だからだ。
舞台後方のカーテンが開くと玉座が現れ、そこに国王アーサーの姿があった。重力子投影による"触れる"ホログラムである。
「尊、そしてアーニャさん、結婚おめでとう。」
案外陳腐な出だしで始まり、普通のあいさつが続く。その後だった。
「不知火尊。」
尊はアーニャと腕を離すと、一人王の前に出てかたひざをついてひざまずいた。王も立ち上がると宝剣を抜き、尊の肩にあてる。
「これにて、平和は達成され、軍事活動は終了した。汝の功績は大にして称賛すべきものである。それゆえ、不知火尊、汝の士師としての任を解く。」
静まり返っていた会場がどよめく
。
「そして、汝に全ての騎士団、すべての祭司団、すべてのギルドを束ねる王権代理人を引き続き担って欲しい。これからはそれに相応しい爵位を与え、大公爵とする。
号は救国卿、スフィアの歴史にあって、汝はそう呼ばれるであろう。この度は大儀であった。」
士師の中で「大公爵」の尊称を与えられたのは、魔獣を駆逐して聖杯システムを稼働させて人類を飢えと危険から救った「富国卿」と称された宝井瞬介以来約530年ぶりのことで2人目の栄誉であった。
これで、不知火尊と彼を支えた仲間たちの物語は一度終える。




