第144話:星海は開かれる(後編)
「さて、お次はどう来るのやら。」
尊の網膜投射モニター(ラティーナ)にはネーヅクジョイヤを始めとしたレーダーの情報とリンクしている。
「第2射来ます。」
「義兄さん、グランドキャニオンに降下します。」
シモンは低空を進むことを決め、船団は縦列陣形をとりながら"大峡谷"と呼ばれる谷へ降りる。そうすればミサイルに対する防空が軽減されるはずだ。
尊は重力子力場を展開しつつ、ミサイルを次々に防御する。
シモンの判断によって防御は格段に楽になる。
(しかし、なぜ今まで出てこなかったんだろう? この火力なら前回の宇宙港攻略戦に投入してもよかっただろうに……)
戦いながら尊はいぶかしむ。母艦と同時に展開するミサイル艦。何か奥の手があるのだろうか?
尊は自信満々のトトメスの不敵な笑みが脳裏を過る。
「かかりおったわ。」
トトメスは喜んだ。小躍りして、といって良いほどの喜びようだった。
「"オシリスの杖"を発動させよ。」
艦内にアラート音が鳴り響く。ミサイル艦同士がアストラルバリアを連携させ、船団の上空に赤い光のラインによって出来たは巨大な円が表れた。
「結界!?」
尊はアストラルバリアのはりかたに違和感を覚えた。赤いラインは円の中にも伸び、魔方陣のような紋様が浮かび上がる。
「結界陣展開完了しました。」
報告にトトメスは満足そうに頷く。
「この惑星から消えて無くなれ、不知火尊!」
トトメスがトリガーを引くとミサイルが発射される。ミサイルは結界陣の中央の上空に達すると向きを変え結界陣の中に侵入する。そして閃光が生じる。爆発したのだ。尊は船団の上部にバリアを展開する。凄絶な爆風が襲いかかった。尊は空気中のナノマシンに命じて分子運動を停止させ、温度を下げようとするが、間に合わない。それほど、熱の波動が激しいのだ。
「重力子力場最大展開……!」
バリアを絶えず展開しても、絶え間ない爆風が次から次へ襲いかかる。
「義兄さん、バリアや装甲が限界に近くなっています。」
シモンが叫ぶ。
「無駄だ、無駄だ、無駄だ!!」
トトメスは愉快そうに叫ぶ。
「苦しんで焼け死ぬがいい。この奴隷どもが。神の罰を受け、我らを侮ったことを後悔するがよい。」
「重力子力爆弾か……。」
尊はこの爆発の正体に思い当たった。
(重力子はこの物質世界ではボソンだ。フェルミノンである電子がボソンを受けきれず、崩壊する。その時発生する膨大なエネルギーがこの爆発の正体だ。いや、それだけではない。爆心があまりにも高熱、高圧力になるので空気中の水分の水素が核融合を起こしているだろう。確か、殺傷力が強すぎて銀河連盟では使用も保有も禁じられていたはず。……まあ、まだスフィア王国は加盟してはいないが……
しかも、結界陣で封鎖しているので、まるで圧力鍋で煮物をにるように効率を落とさないわけか。)
尊の全力を持ってしても、バリアで支えきることができるものではない。
(ここまでか……)
尊が片膝をつく。通信で皆が苦しむ声がこだまする。
「助けてください。士師! 私たちをお助けください!」
悲痛な叫びだ。尊の意識が朦朧となる。
「……よ、お困りのようだな。」
すでに両膝をつく尊の傍らにキング・アーサーが立っていた。
「何でも一人で抱え込むな。お前さん、いつもお舅さんに言われてなかったか?」
意地の悪い笑顔を浮かべている。
「ええ、そうでしたね。忘れていました。今、手一杯なんです。助けていただけませんか?」
尊は額に脂汗を浮かべながら助けを求めた。確かにすっかり忘れていた。自分は一人ではない。いつも支えてくれる人たちがいた。
「俺たちはチームだ、だろ?」
長めの癖っ毛の亜麻色の髪に手をやりながら現れたのは第3のセラフ"棗凜太郎"である。
「召喚陣オープン!」
彼が右手を前に上げると船列の左右に多数の召喚陣が現れる。爆風は出口を見出だすと一気に抜ける。尊の負担は一気に軽くなった。
「凜、ありがとう、助かります。」
尊は立ち上がったが、ふらついてしまう。その手をとって支えたのが第2のセラフ"鞍馬光平"である。
「尊、大丈夫か?」
「ええ、なんとか。ちょっと……いや、かなりヤバかったですが。」
彼の手に槍が現れる。短めの槍で投擲用のものだ。光平がそれを投げると結界陣をはるミサイル艦の一つを貫く。ミサイル艦は爆発して墜落し、結界陣は消えてしまった。
「何が起こった?」
トトメスは狼狽する。突然、結界が消えたかと思うと、まだテラノイドどもの船がまだ、生きているようだった。
「バカな!」
報告を聞きながらトトメスは激昂する。こんなことがあってはならない。私をこれ以上虚仮にすることは誰にも許されない。
「閣下!爆弾射出口が攻撃を受け、破壊されました。先日と同じ"イナゴ"です!」
「むう。」
第2射を準備させるつもりが先手を撃たれてしまった。トトメスは打開策を考え始めた。
「こんなこともあろうかと、手を打っておいたよ、"尊たん"。」
ヘラヘラと現れたのは第一のセラフ、宝井瞬介であった。
「"尊たん"は止めてください、と……まあ、今日はいいです。その、助かりましたから。」
「じゃあ、後は任せたよ。お前さんがかっこよくキめるんだ。」
4人の手が尊の肩に当てられる。尊の中にエネルギーが満ち溢れるようだった。
尊は杖をとり、それを頼りに立ち上がる。
「義兄さん、今の爆弾でいろいろやばいことになってる。もうぎりぎりだよ。」
シモンがモニター越しに叫ぶ。まだパニックに陥っているようだ。
「シモン、報告は具体的に、科学的に、してください。っていつも言っているでしょう。……これから私は星の海を開きます。さあ、ご覧なさい。奇跡の瞬間を。」
皆がモニターで見つめる中、尊は両手をいっぱいにひろげた。
「星の門よ、開かれよ。その空間は海、さえぎる波よ荒れよ。狂えよ。そして、顕われよ。まっすぐに開かれる救いの道。我らはそこに進むのみ。右にも左にもそれてはいけない。」
尊の詠唱とともに空が波のように渦巻き、空間が捻じ曲げられていく。
真っ青な空が両脇に引き裂かれ、波のように渦巻き、また逆巻いていく。
「空が……空が、開かれる。まるで海の中の道のように!」
人々から感嘆の声が上がる。
星のような光にに包まれた道筋がまっすぐに伸びていく。
「星の海が開く!」
表現は詩的だが間違っていた。しかし、いちいちそれにツッコミをいれるほど尊に余裕はなかった。
尊はシモンや輸送スローンズの船長に通信した。
「さあ、これが救いの道です。あそこへ進入してください。そう、まっすぐに!」
「"あれ"に、ですか?」
シモンが不安そうに尋ねる。
「そうです。残念ですが、私にはもう余力がありません。次は自分の身一つすら守りきれないでしょう。それとも、進むのが怖いのですか? シモン。」
シモンの脳裏に子供の頃に火のついた小屋に閉じ込められてしまった経験が過る。
シモンは悪夢を振り切るように頭をふる。誰を信じるべきなのか。答えは明らかなのだ。
「全船、進入せよ。先頭は私だ。後に続け!」
シモンの号令に、尊は頷いた。ネーヅクジョイヤが進入を開始する。
「あれはなんだ?」
トトメスは側近に尋ねる。
「さあ、恐らくはかの先住民の遺物でございまでょう。ワープゲートの一種では。」
宇宙空間には銀河連盟によって設けられたワープゲートがある。しかし、それはブラックホール/ホワイトホールの原理を応用したもので定点にしか存在しない。ゲートを任意に作り出すなど考えてもみなかった。
トトメスは残りのミサイル艦を収容する。
「我らも突入する。今なら背後を取れる。」
「しかし……」
諫めようととする側近をトトメスは制する。
「男には、やらねばならない時がある。このままでは、次の選挙で余が敗北し、臨時のままで大統領を辞めねばならぬことになる。余を先祖にも子孫にも顔向け出来ぬようにするつもりか。」
尊を乗せた最後の船が召喚陣の中へと消えて行く。
「全艦、突入せよ。貨物船が行けるところだ。戦艦が行けぬわけがない。」
モーゼ伝説といえば「海が開く」ですよ。
トトメス閣下の義経理論もグー




