第143話:星海は開かれる(前編)
クライマックス!!
[星暦1001年3月30日]
翌年3月の大移動は、まさに大仕事であった。南半球に住む5,000万人のスフィア人が北半球へ。また、それに倍するアマレク人が、北半球から南半球へと移動したからである。もっとも、家財などの移動はその前からすでに始まっており、最終的な仕上げとしての人員輸送が始まっていたのである。その多くが起動エレベーター間のシャトルで、また、大型の軍事輸送スローンズで行われた。
アモンの警告もあり、襲撃には気をつけてはいたが、それといった動きは見えてこなかった。人手不足の影響もあり、尊も陣頭にたって指揮を行っていた。
やがて、最後の船団がスフィア人をのせてヘリオポリスへと出立する日が来た。アマレクの新首都となるアヴァリスから5隻の輸送スローンズとネーヅクジョイヤがそれにあたった。その船団は合わせて10万人以上の人を載せていたのだ。出発は空港からで、中天(成層圏内)航行の予定である。
空港には多くの人々が詰めかけていた。奴隷養子として、家族関係だった者たちもいれば、共に職場で働いていた者たちもいたこちだろう。この光景は、アマレク人がテラノイドたちをいつでも過酷に扱ったわけではないことを示している。
実際、マリアンの実家であるマクベイン家もそうだった。ストーさんを含め、どんな奴隷たちとも良い関係を保っていた。
だからこそ、尊は2つの国民を引き離したのである。それはアマレクとスフィアの間の身分の『固定化』を避けるためであった。
そして、奴隷が使えない、ということが、アマレク市民の怒りを惹き起こしていた。
「戦争には負けた。それは認める。過酷に扱われていた奴隷もいた。それも認める。しかし、我が家は違う。なぜ取り上げられねばならないのか。」
アマレク人にとって、奴隷はスマートフォンやインターネットのようなもので、なくても命に別状はないものの、もはやそれがない生活は考えられないほど便利なものなのである。そうした不満は日増しに強くなっていった。
最後の航海は順調だった。しかし、ネーヅクジョイヤのレーダーに幾つかの光点が表れる。まるで船団を囲むように。
「船長。未確認飛翔体に包囲されている模様です。いったい何でしょうか?戦争は終わったはずですが?」
レーダー士は首をかしげる。
「攻撃の可能性があります。警戒を続けてください。」
中天(大気圏内)航路を選んだのは、両都市が赤道を挟んで対面の回帰線上にあり、さほど距離が離れていなかったからである。
「士師、未確認艦から通信を求めております。回線、開きますか?」
尊は聞き返す。
「使用周波数は?」
「アマレク軍標準のものです。」
その答えに何だろうと思いつつも
「開いてください。」
そう命じた尊は回線を開いて驚いた。画面に表れたのはトトメス・グレゴリウス大統領だったからである。彼は軍服を着こんでおり、何かを思い詰めたような表情をしている。尊は嫌な予感を感じていた。
「スフィア王国 国王代理人 不知火尊であるな?」
面識はあるはずなのにわざわざ確認する。
「これはこれは閣下、わざわざお見送りとは痛みいります。」
尊は軽く一礼する。
「うむ、見送りには違いないが、貴殿には冥府へと行っていただく。」
大統領の答えに狂気を感じた尊はなるべくなだめる様に語り掛けた。
「私には閣下の仰っておられる言葉が理解しかねます。戦争は終わったのです。もはや、憎しみではなく、癒しと赦しを目指す段階のはずですが。」
大統領の目は正気を欠き、なにか目の焦点がさまよっているようにも思えた。
「無論、私個人に君への怨みは無いとは言い難い。しかし、私が心配しているのは自国の将来のことだ。」
大統領はスーパーコンピューター"トート"と奴隷を失った自国の将来を悲観し、その元凶である尊をこの惑星から除去することにした、と述べた。
「安心せよ。これは余と貴殿の私闘である。国は関係ない。」
大統領のあまりに身勝手な言動に尊は目眩をしそうになる。もとより公人の私闘などあり得ない。
「閣下、私闘と仰るのであれば、私の民を巻き込むのは御免蒙りたいのですが。」
尊は危機に陥っていることを自覚した。
「うむ、ただ、君の持つ最強兵器と我がグレゴリウス家の最強兵器では趣が異なる。君の動きを封じることも戦いのうちなのだよ。覚えておくがいい。」
大統領の目に狂気と激昂が宿る。
「ご教示痛みいります。しかし、私がその教訓を活かせる機会があれば良いのですが。」
尊は嫌味を言ったのだがトトメスには伝わらなかったいうだ。
かっかと笑うと
「そうであるな。先に冥府へ行ってオシリスの裁判を受けておるがよい。」
(もうすでに勝ったつもりのようだが、余程自信があるのだろう。それに……『地球教』では死んだら魂は地球へと還るのだが。テラノイドとアマレク人の行き先が違うわけだ。)
「では、開始する。」
一方的な宣言と共に通信は切られた。仕方がない。尊は目を瞑り覚悟を決める。
「敵艦からミサイル発射を確認、追尾してきます。」
尊は先頭を務めるネーヅクジョイヤのシモンに連絡する。
「シモン、船団の指揮をお願いします。」
傍聴していたシモンが驚きの声を上げる。
「義兄さん、勝負を受けるのですか?」
「私が望んでなどいませんが、皆を巻き込むわけにはいきませんからね。」
尊の顔に苦悩と苦笑が張り付いているのを見てシモンも覚悟を決める。
「了解しました。気をつけて。義兄さん」
輸送スローンズのため、「艦隊」ではなく「船団」なのだ。しかも、ペイロードを稼ぐため、兵装を外している。ネーヅクジョイヤはもともと来る予定はなかったのだが、最後の船団である、という記念であちらに請われて付いてきてもらっていたのだ。
「ありがとうございます。シモンがいてくれて本当に助かりました。」
尊が杖を取ると背中から6枚の翼が現れ、尊を繭のように包み込む。中から閃光が漏れる。翼が開くと尊が白い衣を纏った状態で現れた。アモンのアヌビスと戦った時とはまた違った姿であった。「契約のセラフ」と呼ぶに相応しい出で立ちである。
床に魔方陣のような円形の紋様が出現し、回転したかと思うと尊の姿は消える。
次の瞬間、飛行するスローンの上に尊の姿が表れた。
ミサイルを射ってきたのは、尊を引き釣り出すためだろう。ネーヅクジョイヤは触手で、尊はアストラルバリアでミサイルを防ぐ。




