第141話:第10の災厄;「初子は地に斃れる」
[星暦1000年11月22日]
その日はよく晴れた日であった。
闘技場に案内された一行はVlPルームに通された。
「こんにちは。皆さんお揃いのようですね?」
にこやかな尊に対して大統領以下、暗い顔をしていた。
「代執行人。私たちと一つゲームをしてもらいたいのだが、聞いてもらえるだろうか?」
あの尊大な大統領とは思えないほど下手に出てきた。尊は穏やかに返した。
「伺いましょう。」
「北半球はテラノイドに譲ろう。どうか、南半球と『トート』を返してはくれないだろうか?」
尊は『なるほど』、という表情をしたがその言葉にはかなりとげがあった。
「他人から奪っておいて"譲ってやる"、"返して欲しい"というのはいささか不適切な表現だと思いませんか?……それでどんなゲームでしょうか?」
大統領は少しほっとした顔をする。
「アモン・クレメンスと戦って欲しい。」
予想通りの展開であった。
「まさか生身同士というわけではありませんよね。個人としての戦闘能力は彼の方が上です。はるかにね。」
尊は苦笑する。
「アモン・クレメンスは我が国最強の兵器を持っている。それで、そちらの最強の兵器と手合わせをしてもらいたい。」
大統領の申し出に、尊は自分の顔はさぞかし意地悪く見えるだろう、そう思いながら続けた。
「わかりました。確かに最高のカードを残したままゲームを投了するのはさぞかし心残りでしょう。ただし、私がこのゲームに勝った場合、みなさんはすべての都市から出ていっていただくことになります。よろしいですね。」
尊は半ばあきれていた。大体こんな狭いコロッセオで収まる戦いでは終らない。二人とも本気を出せば恐らくルクソール一都市が廃墟になってしまうだろう。まあ、そこはアモンと調整すればいいのだ。
尊が単身コロッセオに出て行こうとすると
「準備はよろしいので?」
と聞いてくる。
「ええ、こんなこともあろうかとあらかじめ準備しておいたのですよ。」
涼しい顔で答えてやった。本当に大丈夫なのか、声がざわめく。
すでに闘技グランドでアモンが待っていた。
「あの時の続きをしよう。」
アモンの顔はすっきりとしていて悲壮感のかけらもない、戦士の顔をしていた。ついにこの時が来たのだ。
「はい、全力でお願いします。」
ぶわっという風と共に発光現象が表れる。最強の兵器、と言われていたがシルエットの大きさは等身大であった。真っ黒なジャッカルのマスク、黒いボディに赤と青のラインが走る。
「あれが『アヌビス』……随分と小さいな。大丈夫なのか?」
VIPルームからざわめきが起こる。さらにもう一つ真っ白なやはり人間大であった。流線型のマスクに金色と黒いラインが走る。
「相手は同じ大きさ?」
アヌビスの背中には黒く光る翼が4枚、尊の翼にも4枚の白く輝く半透明の翼が出ている。
「あれが熾天使、か。最上位の位階の天使。」
随行していたカレブがつぶやく。
「大きければ良いというものでもありませんよ。」
尊は手のひらからピンポン玉ほどの重力子弾を出すとコロッセオの壁面に発射する。
コロッセオの東側の観客席が瞬時に蒸発した。同様にアヌビスも西側の観客席を蒸発させる。腰を抜かすお偉方にアモンが告げる。
「今の威力が1%です。本気でやり合ったらルクソールごと消滅しますが。」
なぜ、最初から出さなかった、という声が聞こえる。
アモンは忌々しそうに答えた。
「そのつもりでしたが、あちらにもとんだ『化け物』がいましてね。お互いに最後まで出さないと約束したのです。約束は守りました。それでは尊の本気を見せていただきましょう。」
「では、お互い5%で。」
一度闘技場の中心で激しく拳をぶつけ合う。衝撃波が闘技場を吹き抜けた。これが戦闘開始の合図だった。
アヌビスが一旦離れると黒い球体のエネルギー弾を発生させる。尊は逆に間合いを詰めてそれを叩いて消し去る。
そのまま空いた尊の脇腹にアヌビスが正拳を入れる。尊はそのまま吹き飛んで、コロッセオの客席が一部破壊された。そして、アヌビスは追い討ちをかけようと間合いをつめるが、垂直に上に飛んだ尊に交わされた。尊は練っていたエネルギー弾をアヌビスに浴びせる。
「これで5%なのか………互角だな。」
国の行く末を賭けた戦いに皆固唾を飲んで見守っていた。
アヌビスが手首を突き出し、拳を下に下げると銃口が現れる。そこから黒い弾丸が迸る。尊は翼で体を覆い、それを防ぐ。そこに間合いを詰めたアヌビスが強烈なキックを入れる。尊は加速してキックの威力を減殺し、見事に着地すした。しかし、被弾した部分から黒い光が煙のようにたなびいていた。
今度は距離を置いた尊が翼から鋭い羽を飛ばす。アヌビスは避けたものの足首あたりに当たったのか、白い光が煙のように漏れ出す。
二人ともエネルギー弾を作ると互いに向けて打ち合った。彼らの中間地点で激しく発光して対消滅する。
「アモンさん、手加減モードではラチが空きません。少し河岸を変えませんか?」
その時、銃弾が尊のマスクを襲う。コロッセオにから見えるビルのに潜んでいたスナイパーが狙撃したのだ。しかし、黒い光がスナイパーを彼が潜むビルの上層階ごと消滅させる。撃ったのはアヌビスであった。
「邪魔はしないでいただこう。」
二人は空中に舞い上がる。もはや、誰もこの戦いをつぶさに見ることはできない。
尊が手を上に挙げると杖が現れる。尊はそれを構えた。一方アヌビスは大鎌を顕現させる。いよいよお互いに本気モードに入っていく。空中で杖とデスサイズが激突する。黒い光と白い光が激しく飛び散る。
「尊くん。君の機体はなんと呼べばイよかったのだったかな?」
大鎌と杖を交錯させながらアモンが尋ねた。
「これは機体ではないのですよ。これは私そのもの、誰から受け継いだものでも、また誰かに引き継がれるものではないからです。これは第4の熾天使『ラファエル』であり、天空と癒しを司るものです。ただ、私を憎み、敵対するものはこう呼びます。空中の権威の支配者『べリアル』と。」
大鎌をアヌビスが振るうと黒い光がブーメランのように尊を襲う。尊も次々とそれをかわし、大槍と化した杖で斬撃を繰り出す。しかし、ブーメランのように戻ってきた黒い光が尊の背中に突き刺さる。尊は地上へと墜落していった。
「もらった。」
アヌビスは墜落する尊に止めを刺そうと加速する。しかし、加速したアヌビスを白い光が貫いたのだ。尊の杖が伸びている。肩口から腰にかけて貫通している。
激痛を感じたアヌビスを尊の重力磁場が縛り上げる。決着は着いた。アヌビスは渾身の力を込め、エネルギー弾を尊にぶつけるが簡単に弾かれてしまった。
尊の翼は6枚になっていた。
「6枚羽……」
朦朧とする意識の中でアモンは呟いた。
「すみません。熾天使の翼は6枚なんです。」
「これまで手加減、されていたのか。」
アモンは絶望と恥辱と激痛で呻く。
「ええ、いつぞやのお返しですよ。」
尊は穏やかに言う。
「止めをさしたまえ。君の勝ちだ。」
アモンは覚悟を決めて目を瞑る。
すると痛みが引いていく。驚いたアモンが目を開けると傷口が塞がっていく。
「自分で言うのは恥ずかしいのですが、私は癒しのセラフなんです。私はあなたを殺しはしません。ただ、上位の被造物としてアヌビスの装着を生涯禁じます。宜しいですね。」
アモンは少し笑った。テラノイドもアマレクも同じ先住民の兵器を発掘して使っている。先住民の知恵の守護者である熾天使が最強であるのは当然だった。
「私の脳に『四つの生き物』の一つが直接インストールされているのです。これらを引き渡せないには、それなりの理由があるのですよ。」
尊が驚愕の事実をアモンに告げる。クレメンス家の悲願は成就されることはないのだ。
「なぜ俺にそれを話す?」
アモンは尋ねた。
「あなたは希望なんです。私たちにも、アマレクにとってもね。だからその火種を消してはいけないのです。」
アモンの4枚の翼が彼を包むともとの人間の状態に戻る。アモンはそのまま意識を失った。人間がケルブを身にまとうのは精神力を異常に消耗させるのだ。
尊が気を失ったままのアモンを抱いててVIPルームに戻って来ると、室内のお偉方はパニックになっていた。
「このゲームはみなさんの敗けです。……御心配なく、彼は気を失っているだけです。」
顔を恐怖にひきつらせたSPたちが尊に向けて拳銃を構える。
「およしなさい。そんなおもちゃでは通じませんよ。もうゲームは終わったのです。もはや争う必要はないのです。」
6枚の翼が尊を包むともとの人間の状態に戻った。尊は座席に気を失ったアモンを横たえる。
「みなさん、クレメンス家の次の代、つまりアモンさんの息子が成人するまでこの『アヌビス』は封印させていただきました。これが第10の、そして最後に執行された災厄です。つまり、『あなたの初子は地に斃されるのです。』」
腰をぬかして床にしりもちをついているアマレク政府の閣僚の面々に尊は元の穏やかな表情で語った。
「それでは、戦後処理をはじめましょうか?……まあ、こんなところで、というわけにもいきません。間を取ってフェニキア連邦の都市ティルスで行うことにしましょう。日時は追ってお知らせします。」




