第131話:開かれた戦端
[星暦1000年 4月19日]
戦闘は地上と宇宙でほぼ同時に始まる。
「敵艦隊接近、距離およそ10,000km。」
オペレーターの報告に、宇宙港デジマの管制室でシモンがおどけてみせる。
「さーて、食前酒は特上のシャンパンといきますか。惑星防御砲発射用意。目標は敵旗艦。」
「閣下、まさかコルク栓だけで「おもてなし」とおっしゃられるおつもりですか? 間もなく7,500Km」
副官のツッコミもなかなかのものだ。
「惑星防御砲照準セット。目標、敵旗艦」
「目標、敵旗艦」
「射て」
シモンの号令に合わせて反物質弾が撃たれる。レールガンで亜高速で打ち出された砲弾は惑星の引力の影響で徐々に加速する。やがて弾頭はアマレク艦隊の中央で炸裂した。相当の距離があるが爆発光が周囲に広がる。もともとは惑星に近づく小惑星を破壊するための兵器である。よって、連発は効かない。今日射てるのはあと2発である。
「宇宙港アレクサンドリアⅠ(デジマのアマレク名)距離5,000。」
オペレーターの報告に討伐艦隊司令が声をあげる。
「揚陸部隊、防御ホルス隊配置につけ。敵レールガンに注意。バリア展開用意」
かつてはアマレクも使っていた港である。だいたいの勝手は分かっている。
「敵レールガン発射しました。」
オペレーターが悲鳴をあげる。
「きたか……。うろたえるな。直撃を避けるため、艦隊運動C、心配するな。訓練どおりやれれば問題ない。」
さすがに司令は落ち着いている。
「狙いはこの艦だ。」
「分かるのですか?」
「遠くから狙うんだ。的はでかいほうがいい。艦前面にバリア集中。ミサイル防御艦を前に出せ。着弾と共に艦隊運動C-2。味方同士でぶつけんなよ。」
「来ます 。」
「総員、衝撃に備えよ」
着弾と共に激しく光が明滅する。艦隊運動で全方向に散開する。激しく艦が揺れる。シートベルトをしていなければ床や壁に叩きつけられていたことだろう。
「損傷率7%。防御艦大破。幸い、我が艦の損傷は軽微です。分析でました。ジェドエフラー公の時と同じ、反物質弾と思われます。」
オペレーターの報告に司令がおどけて口笛を吹く。
「ずいぶんと手の込んだ前菜だな。よし、大技だけに連続はないぞ。艦隊運動C-3。もとの配置に戻れ。進軍を再開する。」
スフィア側も微弱な揺れを観測した。
「空気がないとあまり衝撃波とかこないね。」
シモンも戦闘が始まったという実感がわかないのだろう。ただ、成層圏上にあるため、微弱な振動は免れない。
「敵被弾の模様。ただ、侵入スピードに変化無し」
「2射目は引きつけてからだ。エリカさん、それまでに防御部隊の展開をよろしくお願いします。」
エリカが主天使アスタロットに乗って指示を出す。
「皆、敵は数で押してくるよ。訓練どおり2マンセル(二人一組)で、無理はしないでやっていこう。散開!!」
強襲揚陸艦が宇宙港の壁面への取り付きを防ぐため、持ち場に付く。
一方、地上ではアマレクの空中艦隊がヘルモン山を越えてやってくる。今回、尊の「積乱雲バリア」は使えない。
「ミサイル射て!」
カレブの号令に応じてミサイルの撃ち合いになる。
距離が詰まって来ると、飛行型兵器の応酬が始まる。
「出だしは互角ですね。」
副官の言葉にカレブも頷く。
「始めはな。……ただ、このまま続くと、こちらがじり貧だな。」
「まあ、物量こそが正義ですからね。」
一方、宇宙では。
敵宇宙艦隊から、ホルス部隊に守られた強襲揚陸艦が突出する。
「あれに取り付かれたらやばいよ。」
エリカが檄を飛ばす。
「第二射、来ます。」
強襲揚陸部隊の展開の際、隙となるタイミングを見計らい、シモンが第二射を放つ。
向こうもアストラルバリアを展開して被害を食い止める。第一射であちらも感覚を身に付けたのだろう。回避行動も見事であった。
「敵部隊突出します。」
「突出する敵部隊先頭に照準合わせて、ミサイル発射。」
シモンも応戦を命じる。ここからは乱戦だ。
「敵の艦砲射撃来ます。」
宇宙でも地上でも一進一退の攻防が繰り広げられる。しかし、物量の差が段々深刻化する。地上にせよ宇宙港にせよ、スフィア側の防御ラインはジリジリと下がって行く。
「ジョシュアがよくやってくれている。」
戦況を見つめながらバラクがつぶやく。彼が率いる地上部隊はヒットアンドアウェイを繰り返しながら、相手の出鼻をくじいている。
「あれはもはやセンスでしょう。」
参謀部のスタッフも感心する。
しかし、バラクが当人を褒めると予想外の答えが帰って来た。
「いや……ゼロスが何とかするから、なんとかそれまで持ちこたえろ!……って言ってますけど。」
今回の戦いの特徴であった。
尊の災厄の発動「まで」持ちこたえろ、というスフィア側と、それ「まで」に何とかしろというアマレク軍。戦場に姿はなくても、この戦いの中心は尊であった。
未明の開戦から8時間、春の太陽は力強く輝く。一旦小康状態に陥った戦場は交代で食事を取った。
都市防御砲が旗艦に照準を定めている以上、アマレク側もうかつには踏み込んではこれない。だからこそ宇宙港を制圧し、都市中枢に踏み込まねばならない。
そして、テラノイド側の兵力を分断させるための作戦である。ゆえに、今回の戦闘は宇宙空間で戦っているほうが主力といえた。
「宇宙港が気になるのか?」
バラクは後ろにいる副官であるニックに声をかける。"親友"のシモンのことが心配になるのだろう。そわそわとした感じは微笑ましいが、今は集中が肝心だ。
「いえ」
気が削がれていたことを注意されたことに気付き、ニックは姿勢を正した。
モニターは地上側も、宇宙側のあらゆる地点から撮られた動画とそれを分析して可視化する参謀部渾身のの勢力図が写し出されている。
地の利を活かして拮抗する地上側と違い、宇宙港側はやや劣勢であった。
「やはり配分を誤ったか……」
バラクは時計に目をやる。ここは早く尊の災厄(取って置き)に頼るしかないのだ。
「総員、ラティーナ(網膜モニター)を開いてください。」
尊の声で通信が入る。
「来たか。」
皆の表情が明るさを取り戻した。
「総員、防御ラインまで下がれ、敵の突出に注意しつつ後退。」
カレブが命ずる。
一方、宇宙港では何隻かの揚陸艦が取り付き、攻防が続いていたが、エリカは一旦、盾としていたアステロイドリング(宇宙港の回りに防御用に小型の小惑星が張られている。土星のリングのようなもの)まで後退する。
ラティーナを開くと、モニターに真っ白な聖衣を身にまとった4人の青年が現れた。




