第130話:血に染まる月
[星暦1000年 4月16日]
「今度は大艦隊で演習ですか。我々もずいぶんと過大評価されるようになりましたね。」
バラクは皮肉を吐き出す。皆笑う。
「あんな気合いの入った演習もそうはないでしょうね。いつから演習と書いて"ホンバン"と読むようになったんだ?」
ジョシュアもおどけて見せた。明らかに行き先はこちらなのだ。
「あいつらが現れたら驚いてみせなきゃならんのかな?」
カレブも皮肉を言う。
「まあ、私達も大分戦いに馴れて来ましたからね。皆さん十分に歴戦の兵たち、ですよ。」
尊も口を開く。ただ、あの数はこちらの心胆をさむからしめるには十分であった。
「聞いてのとおり、今回は空中戦です。陸上と同じで数と質が物を言います、というか、相手が言わせてくるわけです。」
「この展開は士師は読めていたのですか?」
ラザロの問いに尊は答えた。
「そうですね、もともとクレメンス派とグレゴリウス派の政治的勢力争いは、アマレクの陸軍と空軍の対立の延長戦上にあるものと見られてますからね。政権が変われば戦法も変わります。もっともヘリオポリスに私達が入ってすぐにこんな大規模な攻撃をやられていたら危なかったかもしれませんね。」
皆のひきつった反応を見て尊はにやっと笑う。
「では作戦を説明します。まあ、作戦と言ってもこちらは受け身なので、余り考えようが無いのですが。エリカの空戦隊とシモンのヌーゼリアル軍、そしてボウマン副司令の師団で空港を守って下さい。いつもは念のための配置でしたが、今回は主戦場になりますから心してかかってくださいね。」
今回は、宇宙港のネーヅクジョイヤも当然標的になる。故郷へ帰るための縁を守る、というヌーゼリアル人の部隊は士気が上がっているようである。部隊といっても100人にも満たないが、良く訓練にも耐え、優秀な若者が多い。
エリカも護衛任務から空戦隊長なって二度目の戦いだが後詰めで終わった先回と違い、今回は気を引き締めて取りかからねばならないだろう。
「司令はバラクにお任せします。戦場が二つになるので、大局を見て指揮をお願いします。」
バラクが頷く。
「都市防空司令はカレブ。敵はミサイルや空戦機竜で、都市中枢を狙ってきますので柔軟な指揮をお願いします。」
「了解です。」
カレブが敬礼する。
「地上部隊はジョシュア。敵のミサイルのキャリーなどを防御する地上戦力をお願いします。」
「任されたぜ」
ジョシュアは胸を叩いた。すっかり逞しくなり、大人の余裕が出てきた。
「諜報はラザロ。撹乱もよろしく。」
ラザロも頷く。
「で、士師あんたは?」
「私は第8の災厄に集中します。C3(大脳皮質コンピューター)のフル稼働案件ですからね。」
皆の耳目が尊に集まる。
「今回の戦いが、恐らくこのヘリオポリスでの最終戦となるでしょう。兵力はこちらが圧倒的に不利です。しかし、彼らが戦っているのは私達ではありません。この惑星と戦っているのです。第8の災厄の内容ですか?
……秘密です。と、言いたいところですがヒントを出しましょう。イナゴにはイナゴに相応しい報いが下されるでしょう。敵は十分に兵力を展開してから最後通諜を出そうとするでしょう。残念ながらそうはいきません。戦端を切るのはわたしたちです。」
アマレク側も緊張感たっぷりであった。これほどの軍事行動は数世紀ぶりであった。また、戦意を高揚しようと尊を悪魔のように呼ばわっていたが、かえって、アマレク人の兵士たちに不安感をもたせていた。ただ、いつまでも奴隷たちに良いようにされるわけにもいかなかった。しかし、国防は騎士団に任せていて、国軍として動いていなかったので、積まれた経験をフィードバックしたり共有したりすることが出来ていなかった。
[星暦1000年 4月18日]
「敵、通信ドローンが近づいています。点滅光で通信回線の開放を要求」
「開け」
回線を開くと敵将不知火尊が現れた。艦橋内に罵声が上がる。
動画の尊は手を振って話を切り出す。
「これは録画された映像です。会話はできません。」
罵声がやみ、失笑が漏れる。
「貴国の艦隊は当初発表された宙域を逸脱し我が国の管轄宙域に侵入しつつあります。これ以上の接近は侵略行為と見なし排除の対象となります。ご注意ください。」
映像はそこで切れた。
空中母艦も多数の空中護衛艦や空戦機竜を引き連れて進んでくる。初めて見るような大艦隊だ。こちらのも尊からの警告が届く。どちらも警告には従わないという意思を見せるため、破壊された。
その知らせを受けた尊は
「さあ、皆さん、始めましょう。」
そういうとアーニャを伴って軍本部の地下へと降りて行った。そこには、尊専用のメンテナンスルームがある。神殿から派遣されたスタッフとアーニャだけが入室を許可されている。部屋には色々な配線の繋がれたカプセルがあり、そこに尊は入って横たわる。
尊が一旦目を瞑り、目を開くとキング・アーサーの王座の間であった。もちろん、現実の世界ではなく、電脳空間である。久しぶりにフォークリーチャーがそこに揃った。
「お帰り。」
アーサーと他の3人が口々に挨拶をかわす。
「それでは始めるか。……第8の災厄を。」
アーサーを中央に4人は4隅の座にすわると手を広げる。
その周囲にエメラルドグリーンのリングが広がった。




