第129話:「ペンは剣よりも」
[星暦1000年4月10日]
ヘリオポリスの町の中央を流れるギデロン川の河川敷きで花見とバーベキューが行われた。
軍は公休日で、久しぶりにただの友人に戻っての宴は、とても楽しいものだった。
今日はマリアンも来ていた。彼女の場合はかなりフレキシブルな職場なので、代執行人へのインタビューという名目で来ていたのだ。
「代執行人。戦争はいつになると見ておられまふか?」
マリアンはすでに、だいぶ「出来上がって」いるようで、呂律が回っていなかった。
「マリアン、それ仕事で聞いてるの?」
エリカが心配そうに尋ねる。
「わたひがお義兄ひゃんをエージェント、と呼ぶのは仕事の時だけなのれふ。」
尊は、木陰を提供する河川敷の桜の枝を見ながら、自分が養子として引き取られた時、記念樹として実家に植えられた桜の樹を思い出していた。今年も、綺麗に咲いたのだろうか。
「マリアン、庭に植えた桜の樹を覚えていますか?」
「もちろんれふ。ストーさんから、メールで写真が送られてきたれふ。見まふかー?うちは、半分らめになりまつたが、桜の樹は無事らったのれふ。らいぶ修理もすんできたろれふ」
幾つかの画像を見る。懐かしい光景だった。あれから7年、桜の樹と写るストーさんも少し老けたように見えた。マクベイン家は町の中心から大分離れていたので、家に損傷はあったものの中の人たちに損害はなかったようだった。
マクベイン家の面々は、先月の末ごろメンフィスに一旦戻った。町は首都機能を移転し、貴族たちが大挙して出ていったのですっかり寂れてしまったようだった。
それで、尊の係累として自分たちが害が見に及ぶこともないだろうと見たのだろう。
また、政治の中心はルクソールやヘリオポリスに移り、かえって戦争の危機が薄くなったメンフィスにとどまるのが安全だと考えたのだ。置いていかれたマリアンは広い家で再び独り暮らしに戻ってしまい、淋しいのだろう。
「戦争はさけられません。もう間もなく大戦力を持ってここに現れるでしょう。」
ルクソールに新たに潜んだ諜報部隊から逐一報告が来て、それを分析するのが尊の今の仕事である。
新しい大統領、それに伴う新しい内閣。彼らを昆虫サイズのドローンで盗聴を重ね、情報を分析しているからこそのこれまでの勝利である。彼らの今回にかける気力はこれまで比べるべくもなく、強固であった。今度の戦いではどちらの側にも多くの犠牲が出るだろう。尊はどんな苦境に陥っても、冷静に判断できるだろうか?
恐らく航空戦力を中心にした戦力編成になるだろう。臨時大統領のトトメスは、若い頃はパイロットとして空戦騎士団を指揮していたし、退役後、親の爵位を継いで政界に進むまで民間の航空会社でパイロットの教導をしていた。
宴会がお開きになった時、皆で写真を撮った。その一枚も尊の家のリビングに飾られている。この笑顔の一つも失ってはならない。そう決意したのである。
[星暦10004月15日]
その後間もなく、テラノイド僭称政府討伐軍がヘリオポリスに進軍することが発表された。無論、発表と同時に出発である。尊の分析通りスフィンクス級の空中戦艦、空中空母を含む大艦隊である。
それに占領用兵力として5士団10万人のアマレク人兵士が投入される。どちらも異例中の異例であった。もともと、宇宙空間で使う兵器を惑星上で使用するのは不文律で自粛するものだが、明文化されているわけでもなく、しかも"国内"問題の解決のためと正当化されていた。また、白兵戦が予想される戦地にアマレク人が兵士として送り出されるのは、初のことであった。
もはや、奴隷たちをとり戻すというよりは、一都市ごと殲滅して思い知らせる、というかなり強硬な姿勢へと変わっていったのであった。
尊は「ハッキング」によって、という言葉を多用してトート(アマレク政府のメインスーパーコンピューター)自体をすべて自分の権限下に置いていることを未だに隠蔽していた。まだ、スフィア国民の大半がアマレク人の支配下にあり、大虐殺をする、と脅されては困るからであった。
このアマレク軍の作戦名は「血に染まる月 (ブラッディ・ムーン)」と発表された。
軍の進発式は新都ルクソールの宇宙港アレクサンドリアⅣで行われた。表向きは軍事演習ということになっている。
作戦は宇宙港を制圧し、占領軍を降下させる第一陣。第2陣は敵戦力を引き付ける空戦騎士団の空戦機竜による近接戦闘によって防空網に穴を開け、ミサイルや艦砲射撃でさらに打撃を加え、爆撃によって町を破壊する。
無論そうするという発表はないが、投入される戦力を分析すればおのずと明白になるものだ。単純な作戦だが、今までなぜこうしなかったのか、という声もあった。
「俺に言わせるとだなあ。」
電話でグレッグがマリアンに答える。
「まあ、相手がここまで強えとは思ってもみなかったんだろうよ。猫だと思ったら虎の子だったってことさ。そこまでやって他所様に笑われたくなかったんだろうよ。もうそれだけ必死なのさ、お偉いさんは。」
グレッグはそう言ってから、マリアンに新聞社の方から帰還命令が出ていることを伝えた。
「もう遅いです。」
マリアンの即答ぶりに驚きながらもグレッグは
「だよな。他の社はとっくに引き上げているからな、今さら査証も出ないしな。すまない。もう少し俺が上に強く言うべきだった。」
と詫びた。
「違うんです。……ここで、歴史が動く瞬間を見たいんです。ジャーナリストとして。」
マリアンの答えにグレッグは頭を掻いた。いつの間にか立派なことを言うようになって。
「まあ、お前さんはエージェントの義妹だからな。そのアドバンテージがあることを忘れるなよ。若けえやつはコネってやつを嫌がるかもしれんが、言っちゃなんだが立派な武器だ。上手に使い倒してこい。絶対、無茶すんじゃねえぞ。ペンは『剣よりも強い』が『銃よりは弱い』。忘れんな。」
訳のわからぬ励ましでマリアンを 笑わせてグレッグは通信を切った。




