第128話;戦争への序曲
故ラムセス13世クレメンス大統領の国葬が新しく首都となったルクソールで厳かに執り行われた。葬儀委員長は臨時大統領のトトメス・グレゴリウスが務めた。その他、大統領官邸前広場で巻き込まれた12,000人の列席者も含められ、小さいながらもその一人一人の写真パネルも、巨大なラムセスの肖像写真の下にモザイクのようにはめこまれ、それだけでも壮観である。
護国官以外の公職を全て解かれたアモンは、国葬の雑務に駆り出されることもなく、十分に家族を失った哀しみにくれることができた。
遺影に花を手向ける列が延々と続き、故人を惜しむ民衆の多さはアモンにとって慰めともいえた。様々な大貴族たちや、星内外の来賓たちが、次々と壇上に立って故人の遺徳を称えた。遺族を代表して弔辞に答えたのはアモンの兄のカーメスであった。
会場はすすり泣く声、また泣き女たちによる慟哭によって、より深い哀しみに包まれていた。
(父は、何を望んでいたのだろうか? 平和だろうか、勝利だろうか?)
アモンは歴史の転換点に立っているのだろうか、と考えていた。テラノイドたちは身体的拘束の有無に関わらずアマレクの奴隷であった。工場や鉱山で働かされるもの、農場で働かされるもの、たとえ自由民であっても、流通は全てアマレクが握っているため、造り出したもの全てはただ同然に買い上げられていた。
それがおよそ400年も続くと、テラノイドは同等の人間ではなく人の形をした獣にすぎず、家畜として使役し、導かねばならない、という考え方が常識であった。多くの民衆は生まれてこの方、それを一度たりとも疑ったことはなかっただろう。
しかし、400年の奴隷生活に甘んじる者がいる一方、ずっと牙を研ぎ続け、解放の機会をいわば『虎視眈々』と狙っていたものたちもいた。しかし、彼らは基本的に弱者であり、アマレク人に勝つことなどあり得ないはずだった。そう、永遠に。
そして、ついに現れたのが、あのゼロス・マクベイン……いや、不知火尊であった。彼はその身にこの惑星の先住民「ケルビム」の力、フォークリーチャーの一つを宿している。アマレク人はこれを欲してこの惑星に植民したのだ。
全宇宙でワープ航法を超える速度で移動するアストラルドライブ。それを可能にしたシステムは全銀河で使われているが、その仕組みは未だに解明されていない。その鍵をもっているのがフォークリーチャーだ。
ナノマシンを自在に操り、天候制御からゲノム型設計図を使った医療技術までこなし、重力子と電子を自在に入れ換えてしまう仕組み。そして、そのゲノム設計図を使って動植物の性質を余すところなく再現する技術。そしてそれはアストラル装甲(重力子シールド)を持つ無敵の兵器を作ることができるはずだ。
これらの技術を司り、さらに研究を究めるためのアプリケーション。これがフォークリーチャーなのである。それは現在、テラノイドたちが独り占めしている万神殿に納められているはずである。その場所をどうにか突き止め、それを奪わねばならないのだ。
これが、本星での際立った地位を擲ってまで、辺境の植民星まで移り住んだクレメンス家の悲願であった。そして、おそらく、あの不知火尊がその鍵の在りかに繋がっているはずである。
そして、その話を聞きつけ、ともにやって来たのがグレゴリウス家なのである。
大統領による弔辞(の名を借りた演説)が始まろうとしていた。
「親愛なる国民諸君。諸君の敬愛して止まぬクレメンス大統領は亡くなった。」
トトメスはラムセスの人となりやエピソードを語った。互いに旧知の間柄であったこともあり、息子のアモンでさえ、初めて聞くエピソードもあった。
そして、徐々に彼の演説に熱がこもってきた。
「彼は非業の死を遂げた。彼と共に多くの者たちが(死を意味する)"太陽の船"の客となった。そうだ、彼らは無惨にも殺されたのだ!」
トトメスは尊の悪逆を非難する。
「我々は今、何をすべきか? 今やいやしむべき奴隷どもは悪魔に魂を売り渡し、卑劣にも人外の法を用いて、我々の親を友を子どもたちを無惨に殺したのである。今、我々は手をこまねいている時だろうか。このままやつらに捕らえられ奴隷とされるに任せるべき時だろうか。
考えてみたまえ、小さな子どもを質量兵器によって潰して、焼いて殺すような連中が、我々のように慈愛を持って我々を扱ってくれるだろうか?
私は断言しよう。女は毎日のようになぶられ、犯され、鎖に繋がれることのなる。あなたの愛する、そのいたいけな幼ごに至るまでだ。私は断言しよう。男たちは自慢の逸物を切り落とされ、睾丸を砕かれ、鎖に繋がれて昼も夜もなく働かされるであろう。疲れて手を止めてみたまえ。わずかな休憩を求めてみたまえ。その時、それが君たちの人生が終わる時だ。」
いくらなんでも酷い表現だ 。さすがにアモンも聞いていて気分が悪くなっていた。
「我々は自由を守らねばならない。そして生き続ける権利を買わねばならない。それは君たちの血と汗によってのみ、諸君の鋼のような硬い意思によってのみ買うことができる。
我らがアマレクに栄光あれ! 諸君は座して死を待つや? それとも自由を手にしたいのか? 彼らは敵である。彼らに死を持って報いようではないか?
諸君、やがて時がたち太陽の船に乗った同胞たちは諸君らの子孫として再びこのちに降り立った時、ここに何を見るだろうか。奴隷になった同胞たちだろうか。それとも、自由の民であろうか? さあ、立ち上がって戦おうではないか? テラノイドの血によってあの月を深紅に染めてやろうではないか!
諸君、一歩前にでよ! 立ち止まるな! 一歩前にでよ!諸君の不屈の魂に栄光あれ!」
トトメスの演説は厭戦気分になっていた国民を煽るものだった。そこから、マスコミを使って大々的なキャンペーンをうつ。世論が戦争に傾くまでそれほど時間はかからなかった。
これまでは貴族だけが戦い、負けた情報は非公開であった。また、すべての災厄はテラノイドとは切り離して報道されていた。
しかし、今回は違う。あまりにも多くの一般市民が巻き込まれてしまった。一般市民の中でさえ、戦争もやむ無し、という論調は日ごとに増え、ついに多数派になっていくのである。
それによって、アマレク人とテラノイドの間にさらに軋轢がみられるようになった。奴隷の虐待数は増え続け、逃亡奴隷の数も増えている。一方、テラノイドにとって、アマレク人に対する畏れも減っていった。そのため、虐待に対して暴力で対抗するもの出始め、ニュースには「恩知らず」など罵り、相互の批判はますます離反を進めていった。
憎しみの連鎖がはじまろうとしていたのである。




