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はるかかなたのエクソダス3 ~インディペンデンス・デイ  作者: 風庭悠
第17章:第7の災厄;「街は雹にて滅ぶ」
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第127話:義父の肖像

アルコールのせいで、早く目覚めてしまった尊がテラスに出ると、義父のリーバイが一人、椅子に腰かけていた。


「義父さん、隣に座ってもいいですか?」

夏の日の朝はすがすがしかった。尊もテラスのベンチに腰をかける。

「ゼロス、ここは高原だから、夏はいいね。」

「ええ、そのかわり、冬は厳しいですよ。」

何気ない会話から、元養父子の会話は始まった。ゼロスは自分の行動が養父の社会的な英邁を無に帰せしめてしまったこともあり、あまり、深い話題へと進みたいとは思わなかったのだ。


「ゼロス、以前私が君の生まれた施設についての資料を渡したことがあったね。」

「ええ。」

尊は忘れるはずもなかった。彼が覚醒するきっかけになったからだ。


「義父さんはなぜ私をマクベイン家にひきとったのですか?」

それは、尊がどうしても確認したいことだった。

リーバイは少し考えてから言った。


「少し恥ずかしい思い出なんだ。ビールを一杯頼んでもいいかな?」

同じ義父でも飲んだくれのローレンと違い、朝から酒を飲む姿など見たことがないリーバイのリクエストにr尊は少し驚いた。


「はい、どうぞ。」

そこに、タイミングよくアーニャが酒とつまみをもって現れた。義父だけでなく、尊の分も用意してあった。

「アーニャ、私は……。」

尊が断ろうとしたが、アーニャは尊の横に座ると、二人の酌を始めた。


「ゼロス、アーニャさんはほんとうに、お前には勿体無いほどの嫁さんだね。」

そう言ってからリーバイは上機嫌で話を切り出した。


 それは今から数十年も前のこと、リーバイが子供の頃に遡る。


 リーバイの淡い初恋の相手は、彼につけられたテラノイドのメイドであった。『マリカ』という名の女性で歳は親と同じほどであったが、ホムンクルスであったため、見た目だけなら30歳前後で通じるであろう、それは美しい女性であった。


 彼女は幼いリーバイにとって母であり姉であり、それ以上の存在であった。彼は家事をするマリカの後を一日中ついて回るほどであった。彼女はよくそんな幼い彼を

「あらあら。」

といいながら抱き上げ、ほおずりしてくれたものであった。


彼は幼心に彼女を慕い、愛していた。


 しかし、かれが中等部に上がる頃、マリカは病気がちになる。いわゆる活動限界(寿命)が近づいていたのである。あと5年もしないうちに彼女は急速に年老い、死に至るはずであった。

 彼女は習慣に倣い、安楽死による殺処分を受けることになった。しかし、リーバイは彼女を死ぬまで面倒を見ることを主張していた。彼は、そうして彼女に幼いころに受けた恩を返したい、と願っていたのだ。


 数か月の間、リーバイは学業の合間を縫って、献身的に彼女の介護をしていた。彼女の美貌はみるみるうちに失われていったが、彼は意に介さなかった。彼女はすまなそうに彼に微笑みかけ、

「ありがとう、リーバイ坊ちゃま……」

と力のない声で礼を言うのであった。


 しかし、ある日彼が学校から帰宅し、彼女の小さな部屋を訪れると、そこにはすでに彼女の姿はなかった。彼が両親にマリカの所在を尋ねると、彼女は息を引き取ったため、すでに業者に引き渡して遺体を処分した、と告げられた。アマレク人にととっては壊れた大型家電の買い替えのような感覚なのだ。リーバイの感覚の方が特殊なのである。


 実際は、彼女が動物のように屠殺されたのは明らかであった。彼は泣いた。死に目に会えないどころか、別れすら告げることができなかったのだから。


 リーバイは呆然と彼女の伏していた枕もとで立ち尽くしていたが、枕の下にメモが挟んであることに気付く。そこには、とても汚い字で「親愛なるリーバイ、さよなら。私は幸せ。全部、あなたのおかげ。(Dear Levi,Im Happy.All wiz you)」

とだけ書かれていた。ろくな教育も受けていなかった彼女が、やっとの思いでつづったのであろう。


 彼は泣き崩れた。彼はこの世の不条理を呪った。以来、彼は社会に潜む悪や矛盾を告発するジャーナリストを目指したが、その夢はかなわなかった。


 彼は大学を卒業し、弁護士の資格も得たが、両親の希望通り、役所勤めを選んだ。


そんなあるとき、彼はホムンクルス生産施設の仕事に携わることになった。リーバイはそこで様々なことを知った。自分の国民がしてはいけないことに手を染めている、そのことに彼は衝撃を受けた。しかし、それを知ったところで、無理にそれを変えようとするほど彼は若くもなかったのである。


 そのころ、「マリカの弟」を名乗る男からリーバイに連絡コンタクトがあった。「姉の恩人」に頼みがある、といわれてリーバイは疑問を抱きつつも会った。ホムンクルスに家族、という概念はなかったからである。彼はリーバイのにホムンクルスの男の子を「奴隷養子」として預かって欲しい、と頼まれたのだ。


「この子は、マリカと同じ配合の子供なんです。そして、この子には『世界を変える』という運命があります。」

人工培養奴隷ホムンクルスのノウハウにある程度通じたリーバイは理解できた。同じ母体から採られた卵子を使ったということなのだろう。それにしても、

「世界を変える?」

その言葉をもう一度相手に投げ返した。


「ええ、テラノイドの救世主となるのです。」

男はしれっと答えた。

「へえ。」

あまりの突拍子もない発言にリーバイは苦笑する。


「君は、僕の家がクレメンス家の分家であることを知っているよね?」

「ええ。」

「私がこの子を殺すとは思わないのかね?」

「ぜんぜん。」


「ただ、この子は殺せないようになっています。誰にもね。特別な仕掛けがなされているのですよ。ただ、あなたはマリカにとてもよくしてくださった。だから、この子にもよくしてくださるだろう、まあ、奴隷という弱者のカン、ですよ。」

男の言葉は間違ってはいなかった。法律家という性が、自分をそう見させているのだろうか。


「なぜ、アマレク人に預けようとするのだね?」

「まあ、奴隷の生活、というものを体感してもらうということと、そして、憎んでほしくはないのです。アマレク人のことを。支配と被支配。搾取、といってもそれがすべてではありません。アマレクが完全な悪、ということもないのです。彼に秘められた力はあまりにも強大でね。なるべく、穏やかな人格でいてほしいんですよ。」


「わかった。引き受けよう。この子を育てるのがマリカへの『贖罪』であるというのなら。私は彼女に報いてやりたい。」

リーバイはそう決断した。これが社会への復讐になるとは思わなかったが、これもまた何かの縁だろうと思ったのだ。手続きに必要な書類は自分の権限でどうにでもなるものだった。


「ありがとうございます。あなたから大切なものを奪った輩に対する『断罪』でもあります。」

男はリーバイと握手を交わすと、にやりとしながらそう言った。


リーバイは男の子にゼロス、と名付けた。標準語で「0番目の」という意味であり、決して成就することのない、ノーカウントの初恋の賜物だったからだ。


「義父さん、ありがとうございます。私を育ててくださって。その、後悔はなかったのですか?」

尊は尋ねた。


「いや、おかげでわたしは、そして私の家族も命拾いしたよ。君はどこで育っても、この事件(第7の災厄のこと)は避けられなかっただろう。お前の罪は、親である私の罪でもある。まあ、法律家としてはダメな言い方かもしれんが。

 だから、すべてを一人で背負いこむな。隣にいるお前の伴侶パートナーにあまえたっていいんだ。俺はお前のおかげで今、生きている。母さんも、マリアンも。だから、ありがとう、ゼロス。」


 尊は泣いてしまった。ずっと手を握っていてくれたアーニャに抱きしめられながら、声を出さずに。

リーバイはテラスからリビングに戻ると、ドアを閉じ、カーテンを引いた。

 息子に癒しの時を与えるかのように。






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