第125話:祭りの後、後の祭り
「我が同胞であるスフィア王国の臣民の皆さん、第7の災厄は執行されました。至急メンフィスに戻り、災害に遭われた人々の救助をお願いいたします。」
翌朝、尊の呼び掛けに答えて、キャンプ場から、付近の農奴村から人々の波がメンフィスへと向かう。町の外から人々はあの災厄が降り注ぐのを見ていた。テラノイドの中でも、尊の言葉に従わない者たちも少なからずいたからだ。
町に残った家族や友人の安否が気になって、いてもたってもいられない者たちも多い。原則的に休日でも、上流・中上流家庭に奴隷養子として入っていたものたちも多いだろう。彼らはアマレク人家庭の"家族"として共に町に残っていた。その数は5万人を越える。彼らの安否もわからない。
町に戻ったテラノイドたちも衝撃を受けていた。あれほどの偉容を誇るアマレクの首都メンフィスが跡形もなく崩壊していたのである。絨毯爆撃を受けたかのような惨状であった。それぞれ分隊に別れ、救援作業に入った。
「しかし、どうやって敵のコンピューターに入り込んだんだ?」
ジョシュアが尋ねる。
「からくりは簡単です。第6の災厄の時、戦場における生体コンピューターを全停止させましたが、あの災厄の本質はコンピューターの機能を停止することではなく、コンピューターに対する支配権を返してもらったのです。スフィア全土の生体コンピューターをね。」
尊はあまり気がのらない様子で答えた。
「つまり、アマレク人の持つコンピューターはアマレク人に従っているふりをしているだけってこと?」
ジョシュアが尋ねる。
「そうですね。正確に言うと私たちがアマレク人よりも上位の命令者になったということです。この手は最初の交渉の時にホテルを脱出するさいに使った手ですが、これを大規模にやった、ということです。これは最高機密ですから口外なさらないでくださいね。私はアーニャにさえ言ってませんから。」
最後は皆を和ませる冗談のつもりだったのだが、今一つ受けが悪かった。
「アーニャはそんなことはしないよ。」
エリカに真顔で言われてしまう。
バラクは尊のいつもと違った様子に少し心配そうだ。
「それで、今度の件で士師は一人で悪者になるおつもりですか。」
今回は日付を含めて警告をしたことを忘れるべきではない、自分でストレスを抱え込むべきではない、と諌めた。
「確かにそうですね。しかし私は、彼らが決して逃げられない状況へと追い込んだのも事実ですから。」
(…そう、どちらが悪いのかを決めるのは私ではない。)
尊は心の中で呟く。戦争で100人殺せば見方からは英雄として讃えられ、敵からは悪魔と謗りをうけるだろう。常に善悪は立場によって変わる。天地の創造者以外に絶対善を語る資格は誰一人として持ってはいないのだ。
「……これで終わってくれたらいいのですが。」
尊としては、ここでアマレクにギブアップしてもらえばという希望があった。しかしその一方で、ここで終わると少なくともアマレクの側にはテラノイドに対する憎しみが半永久的に残るという虞れがあった。それは両国民の間で将来にわたり、悲劇を何度でも繰り返す火種となるに違いなかった。
「とりあえず、アモン・クレメンス氏個人に宛てて、救援物資を、またルイス・ラザフォード氏にあてて、救援活動用の重機などを届けてください。」
ジョシュアがその任務を指揮することになった。
「彼らがここで妥協しない、と決めれば再度決戦を挑んで来るでしょう。……そして、そうなる可能性は高い。きっと、これまでとは違い、はるかに高まった士気と本気で全力で私たちを潰しにかかってくるでしょう。ですから、準備と訓練に集中してください。今度は"討伐"ではなく"戦争"をしに来るはずですから。」
皆がうなずく。ここでカレブが挙手する。カンファレンスで特に意見を求められない限り滅多に発言しないカレブが珍しく発言を求めたのである。
「どうしました、カレブ? 発言をどうぞ。」
尊が促すと、カレブは軽く咳払いをしてから皆を見回した。
「今回の件で僕達はすべての精神的負担をゼロス一人に押し付けてしまった。確かに多くの民間人が犠牲になった。これが罪である、というのなら僕達全員が等しくそれを負うべきだろう。よって士師に2週間の休暇をとってもらう。今の精神状態で指揮はとても任せられない。賛成の者は挙手を。」
「賛成」
全員が手を挙げる。
尊はやれやれ、といった表情を浮かべて俯く。
「ありがとう、皆。今回は甘えさせてもらいます。指揮はバラクとカレブに委ねます。私よりスパルタ式ですからって私を恨むのは無しですからね。生産、準備はバラク、訓練、教導はカレブの指示に従ってください。」
ひょんなことから休暇になってしまった。
一方、アマレク側はさらに大変であった。建国記念祭を首都ごと破壊され、面目も丸つぶれであった。ただ、アマレクは貴族や企業による連合国家であり、完全な一極集中の中央集権国家とは違うため、再生は容易ではないものの不可能ではなかった。
非常事態法によって召集された爵位を持つ貴族たち、さらに民間企業のCEOを務める準爵位保持者が議会に集められる。被害の報告がなされるが余りの天文学的数値に怒りを通り越して茫然となっていたものも少なくなかった。死者は200万人。軌道エレベーターは残ったものの、宇宙港が完全に崩壊したため、メンフィスを首都として放棄し、第二の都市ルクソールへの遷都を決めた。
全ての責任は死去したラムセス6世クレメンス大統領にあるとし、その死去によって罪は償われた、と裁定された。
大統領は逃げず、道連れにされたのは殆ど高齢の者たちであった。それで、なるべく若者たちに累を及ぼさないよう取り計らっていたのである。また、貴重な文化財や資産などは地下シェルターに避難させ、無事であった。まさか、"宇宙港落とし"という手までは読めなかったが、何らかの都市攻撃を予想していたのであろう。自らの死をもって国を守ろうとした故前大統領をみな偲んだ。
数多くの貴族も死んだため、数百家の家督の相続と襲爵が承認された。警備責任者のアモン・クレメンスに関しては、この災害を防ぐことは不可能ながら、与えられた権限を最大に生かして職務を全うした、ということで咎めなし、とされた。とりわけ、国賓に死傷者を出さずに守りきったことは高く評価された。ただ、責任を誰かが取ることは必要で、アモンは今持つ男爵の爵位を返上し、公的機関への無償奉仕を言い渡され、勤務先が定まるまで謹慎、ということになった。
ただ、これは彼を罰するというよりは別の狙いがある。
そして、臨時大統領として、トトメス11世・グレゴリウス公爵が指名された。彼は大貴族の中でも、クレメンスと双璧をなす名家であり、大統領を多数輩出しており、文治のクレメンス家に対して武断的な家柄である。彼は常々、ラムセスの対テラノイド対策を手緩いと批判しており、今回の報復は強硬策に出るだろう。とみられていた。
前大統領を初めとする今回の被害者の国葬を執り行うことも定められ、今回の議会は散会となった。




